2007年9月15日土曜日

ガワー(Erasmus H.M.Gower)の伝習

副題「重箱の隅」(^^;

 「蝦夷地質学」の参「ガワー(Erasmus H.M.Gower)」の(1)で,ガワーがおこなった伝習について,少しふれましたが,どうもシックリこないので.

 ガワーの伝習項目に「小銃調練」・「分離学・測量学」・「伊太里亜語学」が挙げられていました.
 そこで「『分離学』というのはたぶん金属製錬法のことであろうし,『測量学』は地質図学・(地質)測量学に近いものであろうか」と書いてしまいました.
 ガワーが「鉱山学等も熟練致し居…」から続く文書なので,それに関連したものという前提でした.しかし,高橋輝和「シーボルトと宇田川榕庵」を読んでいたら,「日本初の化学書」という節で,「chemieという言葉が入って来るまではオランダ語のscheikundeが用いられて,『分析術』とか『分離術』と訳されていました.」とありました.つまり,ガワーの「分離学」は今の「化学」である可能性がたかいのではないかと思い始めたわけです.そうすると,ガワーの伝習はガワーの専門である「鉱山学」関係の伝習ということではなく,箱館奉行サイドの要望にそった基礎的な科目というということになるのでしょうか.
 そうなると,「測量学」も「地質図学・(地質)測量学」ではなく,普通の地理的な測量学なのかもしれません(それにしても,「伊太里亜語学」はどういう位置付けなんだろう).

 蛇足しておきます.
 「化学では分析・分離だけではなく,合成も問題になることから,榕庵は新しい名称を採用したと考えられています.彼の『舎密』という名称は明治になっても使われ…(中略)….しかし,この名称はその後,一八五〇年代に中国で作られた『化学』に取って代わられました.」(高橋輝和「シーボルトと宇田川榕庵」より)

2007年9月10日月曜日

新・博物館法

 久しぶりに,小樽にいってきました.
 小樽博物館のTさんと話をしていたら,新・博物館法の話題になりました.博物館のことはもう忘れようとしていたのですが,やっぱり気になるものです.
 以前,学芸員関係のMLで流されていたのを見たのです.第一印象は「くだらない」でした.新・博物館法は都道府県立レベルの学芸員がたくさんいる大博物館のことしか念頭にないようでした.

 よ〜く考えてみると,日本の博物館では,学芸員が一人しかいないような町村立の博物館が圧倒的多数を占めているのです.それなのに,新・博物館法は都道府県に一つ二つしかないような,したがって圧倒的に少数の学芸員が日本の博物館の将来を決めようとしているのです.

 なんだか,ほかの世界(たとえば政治とか)ととっても良くにてますね.
 圧倒的に少数の人間が,圧倒的に多数の人間の将来を決めてゆく.な〜ンか変ですね.