2013年2月17日日曜日
Scaphitesの展開(Ⅸ)
1980年,アルゼンチンの地質学者ブラスコ=デ=ヌロほかによって「アルゲントスカファイテス[genus: Argentoscaphites Blasco De Nullo, Nullo, et Proserpio, 1980]」が提唱されています.
「アルゲント・[Argento-]」は,ラテン語で「銀」を意味する「アルゲントゥム[argentum]」を語根化したもの.
したがって,「アルゲント・スカファイテス」は「銀のスカファイテス」という意味.
これは,標本が銀色だったからということではなく,産地がアルゼンチンだからつけられた名前でしょう.
それでは,「アルゼンチン」の由来を一節.
日本では「ラプラタ川」と呼ばれているアルゼンチンを流れる川.これはスペイン語で「リオ・デ・ラ・プラタ(Río de la Plata)」といいます.意味は「銀の川」.スペイン人はこの川の上流に「銀の鉱床」があると信じていたからついた名です.
もちろん,スペイン人がここを目指したのは,銀を強奪するため.
アルゼンチンがスペインから独立したときに,その圧政の記憶を消すために,スペイン語からラテン語の「銀= argentum」に置き換え,女性形・形容詞語尾の「・イーナ[-ina]」を足してできたのがargent-ina = Argentinaという国名です.
これを英語化したのが,Argentineというわけ.
「アルゲンティーナ[argent-ina]」は形容詞ですから,男性形も中性形もあります.順に「アルゲンティーヌス[argent-inus]」,「アルゲンティーヌム[argent-inum]」.形容詞で使われるときには,もともとは「銀からなる,銀に関係する」という意味ですが,もちろん,「アルゼンチンの」という意味でも使われます.
さて,種名として用いることができる「銀の」というラテン語形容詞はいくつかあります.
まずは,「~状の」という形容詞語尾「・アートゥス[-atus]」を合成した「アルゲンタートゥス[argent-atus]」=「銀のような」.これは男性形で,女性形は「アルゲンタータ[argentata]」,中性形は「アルゲンタートゥム[argentatum]」になります.
次に,「~製の」を意味する形容詞語尾「・エウス[-eus]」を合成した「アルゲンテウス[argent-eus]」=「銀製の,銀白色の」.これは男性形.女性形は「アルゲンテア[argent-ea]」,中性形は「アルゲンテウム[argent-eum]」です.
「~産の」を意味する「・エンシス[-ensis]」をつけて,「アルゲンチネンシス[argentinensis]」という種名も使われているようです.
この話,ここで一応終了
2013年2月13日水曜日
Scaphitesの展開(Ⅷ)
1953年には,スパス氏がインドスカファイテス[Indoscaphites Spath, 1953]という属名を提唱しています.
これも,もちろん,スカファイテスの仲間.
インド・[Indo-]は,もちろん,英語でインディア[India]のこと.
ギリシャ語では「インドス[Ίνδός]」=「インダス川」,「インドの」であり,これからラテン語のインドゥス [Indus]になり,インディア[India]は,Ind- =「インダスの」という語根に《所属・関係》,《状態》,《国名》,《病気》を表す接尾辞[-ia]を合成したもので,Ind-iaとなり「インダスの大地」という意味になります.
英語はこれを借りたものですね.
ラテン語のインドゥス [Indus]は「インダス川」を示す名詞です(複数形はインディー[Indi];なお,この複数形は「インド人たち」もあらわします)が,「インドの」という形容詞でもあります(系統的な勉強をしたわけではありませんが,こうなると,ラテン語に本当に「名詞」とか「形容詞」とかの区別があるんだろうかと悩む;とくに形容詞なのに,この場合頭文字は大文字ですからねえ).
形容詞の変化は「インドウス[Indus],インダ[Inda],インドゥム[Indum](順に,男性形,女性形,中性形)」.
「インドの」をあらわす形容詞では,別に「インディクス[Indicus],インディカ[Indica],インディクム[Indicum]」(順に,男,女,中)」というのもあります.
明瞭に「インド産の」という意味を持たせたければ,「・エンシス[-ensis]」という形容詞語尾を合成して 「インデンシス[Ind-ensis],インデンシス[Ind-ensis],インデンセ[Ind-ense]」ができますが,これはあまり使われないようです.
理由は不明ですが,たぶん,元の意味が「インダス川の」ですから,あまりにも範囲が広すぎるのが原因かと考えます.どちらかというと,「・エンシス」はローカルな地名に使われた方がしっくりきますね.
たとえば,「日本(産)の」を考えた場合,「ヤポネンシス[japon-ensis]」より「ヤポニクス[japon-icus]」のしっくりきますよね.逆に,「夕張(産)の」ならば「ユバリクス[yubar-icus]」よりも「ユバレンシス[yubar-ensis]」のほうがしっくりきます.
もっとも,命名は個人のセンスに負うところが多いですから,「それは違う」といわれたら,反論のしようも無いですけど(こんなことを説明しているギリシャ語ラテン語の解説書って,ないですからね).
さて,「インド・」がついた学名ってのはたくさんあります.その中のいくつかを紹介しましょう.
まずは,中新世の北米・アフリカ・ユーラシアにいた「インダルクトス[genus Indarctos Pilgrim, 1913]」.
これは,「インドゥ・[Ind-]<[Ίνδός]」+「アルクトス[-arctos]<[ἄρκτος]」という合成語で,「インドの」+「クマ」という意味.
インドの恐龍ならば,「インドサウルス[genus Indosaurus Huene et Matley, 1933]」.これは,後期白亜紀のインドに実在した恐龍.
もう一つ,「インドスークス[genus Indosuchus Huene et Matley, 1933]」と恐龍が産出してますが,こちらは「インドのワニ」という意味.ですが,ワニの仲間ではなく,獣脚類に属する立派な恐龍の一つです.
「スークス[suchus]」はラテン語化したもので,もとはギリシャ語の「ソウーコス[σοῦχος]」.こちらは,エジプトのある地方に住む「ワニ」を示す言葉だったらしいのですが,いつの間にか「ワニ一般」をしめすようになったみたいです.
同時代の「インドケラス[genus Indoceras Noetling, 1897]」は,パキスタン産のアンモナイト.記載された頃のパキスタンは,まだインドと分離していなかったからでしょうね.
これはもちろん,「インドの角」という意味でした.
2013年2月8日金曜日
Scaphitesの展開(Ⅶ)
1953年には,ライト[Wright, C. W.]氏がプテロスカファイテス[Pteroscaphites Wright, 1953]という属名を提唱しています.もちろん,スカファイテスの仲間.
接頭語「プテル・/プテロ・[pter-/ptero-]」は,ギリシャ語の「プテロン[πτερόν]」=「羽,翼」をラテン語合成前綴化したもの.
翼竜の「プテラノドン[Pteranodon Marsh, 1876]」で有名ですね.ほかにも,たくさんの動物・植物の学名に使われている語根です.
ちなみに,「プテラノドン」は「プテル・[pter-]」+「・アノドン[-anodon]」の合成語で, 元はギリシャ語の「プテロン [πτερόν]」+「アノドーン[ἀνόδων]」=「翼」+「歯無し」という構造.つまり,「翼があって,歯が無い」ということです.
話を戻しますと,プテロスカファイテスは,図を見ればわかるように,殻の開口部にヒラヒラのフランジを持っていますね.これを「翼」と表現したのでしょう.
だから,プテロスカファイテスは「翼をもったスカファイテス」ということ.
なお,模式種は「スカプイテース・アウリクラートゥス[Scaphites auriculatus Cobban, 1952]」として記載されました.
種名「アウリクラートゥス[auriculatus]」は,ラテン語の「アウリクラ[auricula]」=「耳朶;耳」に「・アートゥス[-atus]」=「~を持った」という形容詞化語尾をつけたもの.つまり,「耳たぶを持った」という意味です.
ですから,もともとは,「耳たぶを持ったスカファイテス」という意味の学名でしたが,ライト氏が別属として,プテロスカファイテスを設定し「プテロスカプイテース・アウリクラートゥス[Pterocaphites auriculatus (Cobban, 1952)]」が成立しました.そこで,「耳たぶを持った,翼のスカファイテス」となった訳です.意味が二重になってしまいましたね.
2013年2月7日木曜日
Scaphitesの展開(Ⅵ)
1952年には,コバン氏[William A. Cobban]が,クリオスカファイテス[Clioscaphites]という属名を提唱しています.
この「クリオ・」という接頭辞の意味は,定かではありません.
考えられるのは,ギリシャ神話に出てくるオーケアヌスの娘の一人,クレイオー[Κλειώ](=歴史のミューズ神と云われる)です.これは,ラテン語化して「クリーオー[Clio]」になるわけです.
クリオスカファイテスは,図のように非常にキレイな形態をしています.しかし,なぜ「歴史のミューズ神」に結びつけられたのかは…,謎です.
これが正しいとすれば,ラテン語的には「クリーオー・スカプァイテス」と発音することになります.
このクリーオーは,あのクリオーネ(バッカルコーンで有名(^^;)の語源とも云われています.
ただし,「クリーオー[Clio]」がどうやったら「クリオーネ[Clione]」に変化するのかは謎です.説明が見つかりません.
辞典類には,この例は載っていないので,単なる俗説なのかもしれません(原著に記述はありませんでした).
ちなみに,「バッカルコーン」は《英》buccal-coneのことで,buccalは《ラ語》の「ブッカ[bucca]」=「頬」から,coneは《ラ語》の「コーヌス[conus](元は《ギ語》のコーノス[κῶνος])」=「松笠;円錐体」から借用した言葉です.
2013年2月4日月曜日
Scaphitesの展開(Ⅴ)
1947年には,スカファイテス群の先祖形と思われるエーオースカファイテス[Eoscaphites Breistroffer, 1947]が記載されています.「発見されています」と書きたいところですが,発見から記載までは「間」があるのが当たり前.研究には時間がかかるんです.
「研究なくして知識なし[No study !, no knowledge !]」(私の造語です(^^;)というわけです.
形から見ると,とてもスカファイテス群には見えませんが(あとから記載された方, 1d, eは別),たぶん,アンモナイトの分類に重要であるとされる縫合線の形が共通しているんでしょう.
さて,「エーオー・」は,ギリシャ語のエーオース[ἠώς]=「曉の女神;朝焼け,曙光」のことで,「始めの,新しい」という意味で使われる接頭辞です.しばしば「エオ・」と使われますが「エーオー・」が正しい.
この「エーオー・」は,日本語では始新世と訳されている地質時代のエーオ・シーン[Eocene]にも使われています.
エーオース(Ἠώς from Wikipedia)
アンモナイトでは,ほかにもエーオー・グンナリテス[Eogunnarites Wright et Matsumoto, 1954],エーオー・マドゥラシテス[Eomadrasites Matsumoto, 1955],エーオー・ラーエボセラス[Eorhaeboceras Alabushev, 1989]などに使用されています.
日本では,順に「エオグンナライテス」,「エオマドラサイテス(エオマドラシテス)」,「エオラエボセラス」と表記するのが一般的ですかね.
恐龍でも,エーオーブロントサウルス[Eobrontosaurus Bakker, 1998]とか,エーオーケラトプス[Eoceratops Lambe, 1915],エーオーラムビア[Eolambia Kirkland, 1998],エーオーラプトル[Eoraptor Sereno et al., 1993]など,祖先形と思われるものに使うのが一般的です.
[続く]
2013年2月3日日曜日
Scaphitesの展開(Ⅳ)
1927年には,リーサイド氏[John B. Reeside, Jr.]が,スカファイテスの仲間として,デスモスカファイテス[Desmoscaphites]という属名を提唱しています.もちろん,ラテン語的には「デスモ・スカプァイテス」と発音します.
「デスモ・」はギリシャ語のデスモス[δεσμός]から.デスモスは「紐,帯」などの「縛るもの,束ねるもの」を意味する言葉です.これが,“罪人を縛るもの”から>「投獄」や「ドアの鍵」という意味になったりもします.一方で,「束ねたモノ」>「束」も意味するようになります.
スケッチの標本は一部欠けているようですが,「束ねたモノ」のように見えますかね?
同じアンモナイトでは,デスモセラス[Desmoceras Zittel, 1885]や,デスモフィライテス[Desmophyllites Spath, 1929]にも使われています.
「デスモセラス」は「デスモ・ケラス」,「デスモフィライテス」は「デスモ・プィライテス」がラテン語的発音.
「デスモ・」をつかった学名では,新生代の海生哺乳類「デスモスチルス[Desmostylus]」が日本では有名ですね.
「デスモ・スチルス」は,ギリシャ語の[δεσμός]+[στῦλος]=「束の」+「柱」という合成語をラテン語綴り化したもの.図はマーシュ氏が1888年に,最初に記載した時のデスモスチルスの歯のスケッチです.「束ねた柱」の様でしょう?
マーシュ氏は,このときはカイギュウの仲間と考えていました.
[続く]
2013年2月2日土曜日
Scaphitesの展開(Ⅲ)
1911年には,ノワク氏[Jan Nowak]がスカファイテスの仲間として,アカントスカファイテス[Acanthoscaphites]とホプロスカファイテス[Hoploscaphites]という属名を提唱しています.
「アカント・」は,ギリシャ語のアカンタ[ἄκανθα]=「棘,針」をラテン語化して接頭辞としたもの.
「ホプロ・」もギリシャ語で,ホプロン[ὅπλον]はもともと「道具の類」を意味する言葉でしたが,転じて「楯」などの防具,さらにその「防具で身を固めた兵士」を意味するようになりますが,一方で,攻撃用の「武器」なども意味します.
アカントスカファイテスは確かに棘をもっていますし,ホプロスカファイテスは硬そうに(?)見えます(かね?(^^;).
アカントも,ホプロも,化石の名前によく使われる表現ですので,憶えておくとよいかも.
たとえば,「アカント・」では,アンモナイトの仲間に有名なアカントケラス[Acanthoceras Neumayr, 1875]に使われています.棘,ありますね.
ほかにも,デボン紀後期に現れた両生類のアカントステガ[Acanthostega Jarvik, 1952]や,恐竜のアカントプォリス[Acanthopholis Huxley, 1867]にも使われています.
アカントステガの頭骨と全身.後頭部の棘がわかりますか?
2013年1月31日木曜日
Scaphitesの展開(Ⅱ)
1871年になって,ミーク氏[Fielding B. Meek (1817-1876)]が,スカファイテスに似たディスコスカファイテス[Discoscaphites]という属を提唱しています.ミークは米国の地質学者であり古生物学者だった人.たくさんのアンモナイトを記載しています.
ディスコスカファイテスは,ギリシャ語のディスコス[δίσκος]=「円盤」をラテン語化(ディスクス[discus])し,接頭辞「ディスコ・[disco-]」としたもの.
スケッチを見てもらうとわかりますが,確かに「円盤形のスカファイテス」ですね.
ラテン語化したディスクスは,さらに英語化してディスカス[discus]になっていますので,なじみ深いかと.
アンモナイトの仲間では,有名はパキディスクス[Pachydiscus]が,この語を使っています.意味は「厚い円盤」.円盤投げの円盤にそっくりですね.北海道でも,大型のこの仲間が化石として産出します.
パキディスクスは,1884年にチッテル氏[Karl A. von Zittel (1839-1904)]によって提案された属名です.チッテル氏は独逸の古生物学者で,古生物に関する教科書をたくさん書いています.
パキディスクスについては,後日また詳しくやる予定.
ディスコサウルス[Discosaurus Leidy, 1851]という属名も提唱されています.
「・サウルス」がついていますけど,こちらは海棲爬虫類.
しかも,米国・アラバマ州産の部分的な尾椎から創設されたもので,一部はエラスモサウルスの仲間と考えられ,残りは新属新種とするにはあまりにも部分的すぎると云うことで,「ノーメン・ドゥビウム[nomen dubium]」=「疑わしい名前」とされ,属名自体も「ノーメン・バーヌム[nomen vanum]」=「意味のない名前」として,使用されていません.残念.
2013年1月30日水曜日
Scaphitesの展開(Ⅰ)
スカファイテス(もしくはスカフィテス)[Scaphites]というアンモナイトがあります.
数字の「6」みたいな形をしている不思議なヤツです.
なにが不思議って,この形からは,こいつの人生は「ここで終わり」ってことが想像されてしまうからです.アンモナイトは開口部から軟体部が出ていて生活しているはずです.そうすると,軟体部が最初の巻いた殻の部分にぶつかっているはずですから,これ以上成長できないわけです.
だから,彼の人生はこれでお終い!.
まったく,生き物の世界というのは不思議なことがありすぎます.
+++
さて,このスカファイテスから,学名についての雑学を探ってみたいと思います.
その前に,スカファイテスを最初に記載した人ですが,ジェームス=パーキンソン[James Parkinson (1755 - 1824)]といいます.Parkinsonは英国の薬学者で外科医,博物学者で政治活動家でもありました.
要するに,当時の知的階級というヤツですね.
パーキンソン氏は「パーキンソン病」の発見者でもあります.
なお,この学名は日本では「スカファイテス」と表記されるのが一般的なようですが,もとは「舵手」を意味するギリシャ語[σκαφ_ίτης]ですから,「スカプイテース」となるのが正しいはずです.
なお,英語的には「スカ・ファイ・テス」と発音しているようです.つまり,現在の日本で使われているのは,カタカナ化英語ということですね.
ギリシャ語のスカプイテース(=舵手)ですが,なぜこの名前が選ばれたのかは,パーキンソンの原著にも書いてありませんので不明です.
ちょっと探ってみます.
ギリシャ語の「スカプェー[σκάφη]」は「えぐり掘られたもの」という意味で,小舟(たぶん丸木舟)を意味します.これに接尾辞「・イテース[-ιτης]」=「《化石.鉱物.塩類.製品.身体の部分の属性》などを示す」が合成されたものですから,スカプイテースは「小舟の舵手」だったのだろうことが推測できます.
しかし,たぶんですが,パーキンソンはそうではなく,「えぐり掘られたもの」に「石(化石)」を意味する語尾をつけて合成語をつくったのだろうと想像します.
6の字型の内側が「えぐり掘られたように」見えるからです.
パーキンソンは模式種を指定していません.ま,昔のことですから,記載もいい加減だったんでしょう.
1813年になって,サービィ[Sowerby, J.]が模式種[Scaphites equalis]を指定しているようです.
種名[equalis]は意味不明.たぶん,ラテン語の[aequalis]=「等しい」なのでしょうけど,「等しいスカファイテス」って意味不明.
まあ,そんなことも,間々あります.
[続く]
2010年10月20日水曜日
アモンナイトに関するノート
本棚付近が乱雑になってきたので,整理していたら,むかしやっていた「アモンナイト*分類に関するノート」がたくさんでてきました.
博物館に勤めるようになってから,まもなくでしたが,大学の先輩から電話があって,「アンモナイトに関する普及書を書いてみないか」と誘われたのでした.いっしゅん食指が動きました.「博物館に勤めたら,当然そういう仕事ができるんだろう」と期待していたからです.
でもその頃はすでに,就職した“博物館”が博物館としての機能をもっていず,「普通の博物館として存在する」までにも,相当時間がかかるだろうと思い始めていたころでしたから,「残念だけど…」と,断ってしまいました.
それでも,いつかはそんなことができるようになるだろうと,あきらめきれずに,密かに空き時間を見ては,書きためていたノートでした.その博物館は長頸竜化石の発見を発端としてつくられた博物館でしたから,当然,同時代の古生物である「アモンナイト」も大量に“保管”されていました.
「収蔵」といわずに「保管」としたのは,分類・整理もされずに「ただおかれて」いただけだったからです.採取地や採取者も判然としない「化石」が乱雑に積み上げられていたのでした(ただの納骨堂ですね).(ちなみに,研究もせずに,発見された資料を展示しているだけの博物館を「墓標型博物館」といいます.「~~文学館」とか「~~記念館」ってのは,たいていその典型です)
これを「博物館に収蔵されている」といえるようにするまでには,実際に仕事を始められるようになってからも,3~4年かかりました.実際にというのは,なにせ,「収蔵品の整理・管理は博物館(=学芸員)の仕事である」ということを館長をはじめ教育長など役場の人たちは,まるで理解してなかったから,できなかったのです.
学芸員の仕事といえば,図書館長と町史編纂室長を兼ねている博物館長の雑用係と考えられていました.だから,本来の博物館(=学芸員)の仕事である収蔵品の研究や整理,それからそれが進んでゆけば,当然考えられてくる系統的な資料の収集なんてことは,当初は夢のような状態でした.
化石の採集に山に入っていたら,役場では「学芸員は遊んでばかりいる」と噂になっていたのにはビックリしました(誰が噂の元かは見当がつきますね.同様に,化石の整理のために論文を読んでいたら「学芸員は研究ばかりしている=役場職員としての仕事をしていない」といわれたものです:しょうがないので,こういうことは,ほとんど自宅で夜にやりましたね).
あ,また血圧があがってきた((^^;).
話を戻します.
そんな中で書きためたものですから(いまから見れば非常に中途半端なものですが,書き込みをみると必死なようすがわかります(^^;),棄てるに棄てられず,とりあえず,いま,PDF化しています(役に立つ日が来るんだろうか.もう,すでに「日暮れて路遠し」の状態だというのに(^^;).
そんな中に,松本達郎九州大学名誉教授からきた手紙が入っていました.あるアモンナイトを調べているときに,どうしても記載論文がみつからず,直接,松本名誉教授に問い合わせたときの返事です.
それには,「それはnomen nudum**で,そのまま使っており,すべてわたしの責任です」と書かれてありました(やべ!,逆鱗に触れたかな(^^;:だれも,若いころは怖いもの知らずなモンですね).
その後,博物館を訪れたアモンナイトの研究者の一人は,「アモンナイト分類の再編成を早急に行わなければならないのだが,M教授存命のうちは不可能だろう」といってました(理由はご想像ください).
松本名誉教授は,昨年なくなられましたが,アモンナイトの分類が整理改訂されるとは思っていません.なぜなら,時代が変わって地質学が滅びたから,生層序学(とくに大型化石による)なんて,もう学問のうちに入ってませんし,地層の時代を知りたければ,微化石か物理化学的手段で行われるのが科学的(現代的)と思われているからです.
したがって,いま,正当な職場についているアモンナイト研究者なんて存在するのかどうか….いたとして,アモンナイト分類の再検討なんていう研究が,研究として認められるはずはないと思われますしね.
よっく,考えてほしいのですが,アマチュアでアモンナイトに興味を持っている人は,まだ,たくさんいますし,子どもたちが最初に科学に興味を持つのは,化石を集めるとか,鉱物を集めるとか,昆虫を集めるとか…,そういう「博物学的」行為からなのです.
科学技術立国をめざすなら,最先端科学を優遇するのもいいのかもしれませんが,まず,基盤をしっかりさせないとね.そんなんだから,たくさんのひとたちが,科学の世界からはじき出されて,どんどん増殖している疑似科学やオカルトの餌食になってしまうのですね.
IT長者になりたがる子らより,何げない自然の不思議に気がついて,目を輝かせている子どもたちのほうが好きですね.
「飛び出せ!科学くん」エライッ!
田中,ガンバレ!
しょこたん,ガンバレ!!((^^;)
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* アモンナイト:一般的には「アンモナイト」と表記されていますが,これは“和製”英語(もしくはただの日本語).Ammoniteですから,「アッモーン・アイト」が本当ですが,英語では「アモナイ」,もしくは「アモンナイト」のほうがより正確なのです.
** nomen nudum:記載無しで使われている学名.本来あり得ない事態ですが,科学的でない事情により,しばしば「ある」ことでもあります.
2010年1月21日木曜日
Puzosia の展開
北海道産の著名なアモンナイトの一つにPuzosiaというのがあります.
この一つの学名 Puzosia から,どんなことがわかるか,まあ,一種の情報サーフィンですね.やってみたいと思います.なお,話のベースは,以下の本からスタートし,つねに,この本にもどることで構成されています.
Wright, C. W., Callomon, J. H. & Howarth, M. K., 1996, Ammonoidea.
Treatise on invertebrate paleontology, Part L, Mollusca 4, Vol. 4, Cretaceous Ammonoidea. Geol. Soc. America, Inc. & Univ. Kansas, Kansas, 362 pp.
まずは,正式な学名から.
● Puzosia Bayle, 1878
これは,属名です.最初のPuzosiaは属名.二番目は記載者で,三番目がその記載年です.
まずは,記載者であるBayleさんについて.
Bayleさんがどういう人であるかなどということは,これまでの状況では,まず,入手不可能な情報でした.数少ない,日本で入手できる地学史(地質学史)の本を開いても,Bayleという人の名が出てくることは,まず,ありません.
科学史(地学史・地質学史)はまだ幼稚で,かなり特殊な立場の科学者のことしか扱っていないというのが事実のようです.
ありがたいことに,我々は,いまインターネットを利用することができます.ま,ほとんどガラクタ情報ばかりですが(私のブログも含めて(^^;),か細いながらも,必要な情報にアクセスすることが可能です.かなりのテクニックが必要ですし,見つけた情報が正確なものかどうか,クロスチェックする必要もありますけどね.
細かい経緯は抜きにして(^^;.
Bayle = Emile Bayle (1819-1895):仏国の地質学者・古生物学者.パリ鉱山学校・鉱物学教授,仏自然史博物館,古生物学委員長.
情報元が,仏語なので,この程度にしかなりません(私は,フランス語がわからないので).ま,いいでしょ.
話を戻します.
さて,属名Puzosiaについて,みてみましょう.
Puzosia = Puzos-ia =「Puzos」+「に属する」
と,分解することができます.
Puzosとはなんでしょう?
Puzosについては,よくわかりません.しかし,いろいろ調べてみると,Scaphites (アモンナイト)についての論文を書いていることがわかり,その言語が仏語なので,仏国人・古生物学者であろうことが推測されます.
前出のBayleさんのことを考えても,フランス人は古生物学や地質学に対して,相当の貢献をしているようなんですが,地学史上では,かなり不等な扱いを受けているように見受けられます.なにか,英国人の業績ばかりが目立つように仕向けられている気がします.
見なおしが,進んでいる最中なんでしょうけど,近代地質学が英国から始まったという伝説が,いまだに横行してますよね.科学史家には,がんばっていただきたいものです(特にフランス語ができる方に).
ま,フランス人は自国語でしか論文を書かないのも,原因の一つなんですけどね.
さて,Puzosia Bayle, 1878の模式種は,Ammonites planulatus J. de C. Sowerby, 1827.
蛇足しておけば,模式種とは「属」を定義するときに,著者がその属の「典型的な種」として選定したものをいいます.
●J. de C. Sowerby
まずは,記載者のJ. de C. Sowerbyから.
J. de C. Sowerby = James De Carle Sowerby (1787 - 1871) : 英国の博物学者.
父親のJames Sowerby (1757 - 1822)も博物学者で,こちらもアモンナイトの記載を残していますね.アモンナイトとの関わりはわかりませんが,J. de C.の兄弟である,George Brettingham Sowerby I (1788–1854)とCharles Edward Sowerby (1795–1842)も博物学者.
博物学者一家ということですね.うらやましい限りです.
もっとも,この時代,知識人はみな博物学者なので,「博物学者」という「くくり」には,あまり意味がないかもしれません.
● Ammonites
続いて,属名のAmmonites.
Ammonites = Ammon-ites=「Ammon(の)」+「化石」
「Ammon(アッモーン)」は,ギリシャ語では「アムーン[Ἄμμων]」.エジプトの主神「Amun」のことです.エジプトではなんと呼んでいたのかは,定かではありません.
Ammonは「羊」の形で表されることも多く,人間の形で表されるときも,巻いた「角(つの)」をもって表現されています.Googleで「Ammon」を画像検索してみてください.
この「巻いた角」が典型的な「アモンナイト」の形に重なっているわけです.なお,アモンナイトは日本では“アンモナイト”と表記されていますが,これは何語でもない単なるカタカナ語もしくは俗語.語源からいけば「アッモーンアイト」.英語でも「アモナイ」.決して「アンモナイト」ではありません.
ここでは,「アモンナイト」と表記することとします.
● 種名 planulatus
planulatus = plan-ula-atus =「平らな」+《縮小語》+《形容詞化》=「小さな平板状の」
と,いうふうに分解できます.なお,plan-の語源=[πέλανος]は「丸いケーキ」を意味していますので,「平板」よりも「円盤」をイメージした方がよいかもしれません.なにしろ,アモンナイトの中では小さな円盤状をしているように見えるのがAmmonites planulatusだったわけです(ま.ほとんどのアモンナイトが「小さな円盤状」ですけどね).
当初は,みな属名Ammonitesですんでいたのですが,博物学者の記載が進むうちに,形態分類がおこなわれ,それぞれに新しい属名がつけられてゆきました.その一つが,Puzosiaというわけですね.
● Puzosia
Puzosia属は,白亜紀を通して,全世界的に繁栄していたようです.なぜって,化石がそういうふうに産出しているからです.
そのため,Puzosia属を細分しようという試みがなされ,以下の四つの亜属が提唱されています.
Puzosia ( Puzosia )
Puzosia ( Anapuzosia ) Matsumoto, 1954
Puzosia ( Bhimaites ) Matsumoto, 1954
Puzosia ( Mesopuzosia ) Matsumoto, 1954
すべて,記載者はMatsumotoさんですね.
Matumotoは,昨年亡くなられた松本達郎(1913 - 2009)・九州大学名誉教授のこと.
●Puzosia ( Puzosia )
Puzosia ( Puzosia ) はMatsumotoceras Hoepen, 1968として提唱されたことがありますが,P. ( Puzosia )のままでいいという判断ですね.
MatsumotocerasのMatsumotoはもちろん松本達郎氏のこと.松本氏のアモンナイト研究に対する貢献を表して,命名されたものです.しかし,意味を考えるとMatsumoto-ceras =「松本(の)」+「角(つの)」ですから,松本氏には「角があったんかいな?」ということになり,こういう合成語は「失礼」と考える人たちも多いです.
ただ,アモンナイト関係に限らず,けっこう多いですね.この手の合成語は.
命名者のHoepenはE. C. N. van Hoepen のこと.ただし,van Hoepenの詳細は不明.書かれた論文からは,オランダ人かと思われますが,何とも.
● Puzosia ( Anapuzosia ) Matsumoto, 1954
Anapuzosia = ana-puzosia=「類似した」+「puzosia」
なるほど.「類似したpuzosia」という意味ですか.
なお,Matsumoto (1938)に一度,Anapuzosiaという名が出ていますが,これは「nom. nud.」= nomen nudum =「裸の名」=「記載のない学名」.Matsumoto (1954)になって,やっと正式に記載されたということです.
こういうことはよくあることのようですが,やるべきではないですね.ほかの研究者が混乱してしまいます.
Puzosia ( Anapuzosia ) の模式種が,[Puzosia buenaventura Anderson, 1938]です.
ここで,buenaventuraはSan Buenaventura, California (USA)の都市の名を採ったようですね.
記載者のAndersonはFrank M. Anderson (1863 - 1945)(不詳:米国の古生物学者)のこと.著者は著作を見る限りでは,北米太平洋岸,とくにカリフォルニア付近の白亜系から第三系にかけての層序の研究を専門としていたようです.
●Puzosia ( Bhimaites ) Matsumoto, 1954
Bhimaites = Bhima-ites=「Bhima」+「の化石」
Bhimaとは,インドの叙事詩「マハーバーラタ」に登場する英雄のことで,怪力の持ち主とされています.化石に,実在の人物の名ではなく,伝説に登場する人物(神or悪魔)の名を採るのはよくあることです.ちなみに,模式標本はインド産.
模式種は[Ammonites bhima Stoliczka, 1865].と,すると,亜属の名は,種名を格上げしたということになりますか.
●Puzosia ( Mesopuzosia ) Matsumoto, 1954
Mesopuzosia = meso-puzosia=「中間の」+「puzosia」
どういう意味で「中間」なのかは,よくわかりませんが,palaeo-, meso-, neo-とか,ortho-, meta-, para-などのように,お互いに関連をもたせたような命名はよく使われる方法ですね.
この模式種はM. pacifica Matsumoto, 1954.こちらも,1938年に[nom. nud.]で初出し,1954になって正式に記載されたもの.
種名pacifica (パーキフィカ)は pacificus (パーキ・フィクス)=「平和をつくる.平和な」の《女性形》.ここでは,「太平洋の」という意味でしょう.模式標本は日本産ですが,この仲間と考えられるものは,オーストリア・アンゴラ・マダガスカル・南インド・アラスカ・カリフォルニア・ベネズエラからも産出しているようです.
● Pteropuzosia Matsumoto, 1988
模式種をP. kawashitai Matsumoto, 1988として立てられたPteropuzosia Matsumoto, 1988は,Puzosia ( Mesopuzosia ) のシノニム(同物異名)とされています.たぶん,性的二形と考えられているのでしょう.
Pteropuzosia = ptero-puzosia=「翼状の」+「puzosia」
この実物は見たことはありませんが,記載によると,軟体部が入っている部分が膨れあがり,「翼状の」出っ張りがあるとか.一般にこういうのは雌のアモンナイトと考えられていますね.部屋が異様に膨張しているのは子供を産むためだとか.こういうのを「性的二形」といいます.
なんか,「落ち」がありませんが,何とかまとめましょう.
このネタ本のWright, C. W.ほか(1996)には,Mesopuzosiaの典型的な例として,Puzosia ( Mesopuzosia ) yubarensis (Jimbo)の写真がでています.yubarensis はもちろん,夕張にちなんだ名で,「夕張産の」という意味.
我々地質屋には,夕張市の再生を期待し,支持しているものが多いのですが,この学名からもわかるように,夕張は地質学的にも重要な地域だからです.
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