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2010年4月25日日曜日

Segisaurus の展開

 
 学名辞典(恐龍編)いじり(その11)です.

 Segisaurus halli Camp, 1936 という恐龍がいます.

 模式標本は頭骨を欠く,不完全な後-頭骨部[postcranial]だといいます.
 それでも,現在のところ,標本の存在意義,学名の有効性を疑うような話は出ていないようですから,よっぽど特徴的な骨格標本なのかもしれません.

 属名に使われているSegi-は北米アリゾナ州にあるという「セギ渓谷[Segi canyon]」からとったもの(う~ん,あまり特徴的ではないのかな?).

 種名のHalliは人名Hallを形容詞化したもの.
 HallはAnsel F. Hallという人物らしく,A. F. Hallは国立公園管理局・教育森林管理部門[the Division of Education and Forestry, National Park Service]の部長だとか.なにか,恐竜探査プロジェクトがあったらしく,その代表らしいのですが,記録が見つからないので,「らしい」ばかりです.

 属名,種名,合わせて,「Hall氏のセギ渓谷の龍」もしくは「Hall氏のセギサウルス」という意味になります(う~~ん,なんとセンスのない!&あまり特徴的ではないのかな?).

 著者であるCampのフルネームはCharles Lewis Camp.生没年月日は1893.3.12-1975.8.14.彼は米国の古生物学者で,たくさんの脊椎動物を記載しています.

 あまり広がりませんでしたね.
 

2010年3月28日日曜日

Velocipes の展開

 
 学名辞典(恐龍編)いじり(その10)です.

 Velocipes gürichi Huene, 1932 という恐龍がいました.

 「いました」というのは,現在,分類学上では,この標本は無視されているからです.
 標本は,左足の腓骨(脛の骨の細い方)の近位部分だけ.

 それで,Velocipesと名付けるというのは! いろんな意味で,すごいですね((^^;).

 Velocipesのveloci-は,《ラテン語》のvelox (ウェーロークス)=「速やかな」の《合成前綴》veloc(i)-です.後半の-pesは《ラテン語》のpes (ペース)=「足」.
 合わせて,「速やかな足」という意味.(腓骨の一部でねえ….しつこいな(^^;)


 種名のgürichiは人名Gürichの形容詞化で「G. J. E. Gürichに属する」という意味ですが,めんどくさいので「G. J. E. Gürichの」と略しておきます.
 G. J. E. Gürichとは,Georg Julius Ernst Gürich (1859.9.25-1938.8.?)のことで,ドイツの地質学者で,古生物学者でした.

 さて,原著ではgürichiになっていますが,[ü]の使用はNG.ICZN (32-c-i)により,自動的に[ue]に訂正されます.したがって,gürichiはguerichi.

 著者のHuene については「Halticosaurus の展開」を参照してください.


 あとは推測のみ.
 標本の産地はシレジア地方(ポーランド-チェコ国境あたり)ということです.時代はヒットラー政権下で,Gürichはドイツの支配下にあったポーランドの古生界の研究で有名ということですから,標本はGürichが発見したものかもしれませんね.

 

2010年3月26日金曜日

Triassolestes の展開

 
 学名辞典(恐龍編)いじり(その9)です.

 Triassolestes Reig, 1963 という恐龍がいました.
 「いました」というのは,「過去に住んでいた」という意味ではなくて….おや?前回とおなじ書き出しだなあ((^^;)

 じつは,こちらも,現在では,恐龍だとは考えられていません.
 それで,まあ,Spinosuchusとおんなじで,情報収集が極端に困難になります.ま,判ることだけ.

Triassolestes Reig, 1963
Triassolestes romeri Reig, 1963

 標本は,アルゼンチンの三畳系であるイスキグアラスト累層[Ischigualasto Fm.]から産出してます.それで,ついた属名がTriassolestes = Triasso-lestes=「三畳紀(系)の」+「強盗」.

●Trias - Triassic
 ドイツを中心に北西ヨーロッパに分布する,ある地層が注目されました.その地層は,だいたいどこへ行っても「コイパー[Keuper]」,「ムシェルカルク[Muschelkalk]」,「ブントザントシュタイン[Buntsandstein]」の三層がセットで現れます.

上部:「コイパー[Keuper]」:雑色の泥岩・砂岩・泥灰岩・ドロマイト・石膏・硬石膏などからなる.
中部:「ムシェルカルク[Muschelkalk]」:石灰岩相を主体とする.
下部:「ブントザントシュタイン[Buntsandstein]」:雑色の砂岩・泥岩・礫岩からなる.

 要するに,中部が海成相で,上下の地層が陸生相を示していることが判りますね.三相のセットが特徴的なところから,Friedrich Von Alberti (1834)が,このセットに「トリアス[Trias]」と名付けました.
 のちに,このセット(地層自体)のことを「Trias-System」と呼び,この地層が堆積した期間(=時代)を「Trias-Period」と呼ぶことが,世界的に統一されてゆきます.
 英語に訳されたものが,それぞれ,「Triassic system」と「Triassic period」(いつの間にか,《名詞》だったものが,《形容詞》+《名詞》のセットになってますね).

 さて,その語源は….
 「3の数」もしくは「三つ」を意味するギリシャ語が「トゥリアス[τριάς],トゥリアドゥス[τριάδος]」.これをラテン語化したものが「トゥリアス[trias],トゥリアディス[triadis]」.

 もともとは,地層という「もの」を示す言葉でしたが,それが,「時代」をも表すようになったため,[-system], [-period]という言葉を付加して区別していたわけですね.そのため,《数詞》が《名詞》を経由して,《形容詞》になってしまったわけです.
 ところで,ラテン語の「三つの」という形容詞には「トゥレース[tres],トゥリア[tria]」があります.そこで,本来は「トゥリ・レーステース[Tri-lestes]」になるべきなのですが,これでは「三つの強盗」になってしまいます.

 「トゥリアス[trias]」に「もの」の意味をかぶせてしまったため,本来の意味が出せなくなってしまったわけですね.
 そこで,なにが起こったかというと,「Triassic」という《英語》をラテン語の語根化し(強引ですね),「triass-, triasso-」で「三畳紀(系)の」という意味を持たしてしまったのです.

 triassは《英語》であって,《ラテン語》じゃあ,ありませんよ~~(だから,当然,ラテン語の辞書には,載っていません).《ギリシャ語》でもない.

●lestes 
 lestesは《ラテン語》ではありません.
 lestesは《ギリシャ語》の「レーステース[ληστής]」=「強盗」を,ラテン語綴りに変えたもの.従って,ラテン語辞書には載っていません.

 したがって,Triassolestesは《ラテン語化英語》+《ギリシャ語》の合成語で,まったくルール無視の《合成語》だということになります.
 なぜなら,原則は《ラ語》同志,もしくは《ギ語》同志の間でおこなわれ,《ラ語》同志の場合は[-i-]で連結し,《ギ語》同志の場合は[-o-]でおこなわれる,と辞書に書いてあります.

 これかそれか,現在は,Triassolestes Reigという学名は使われていません.
 Triassolestes Reig, 1963はTrialestes Bonaparte, 1982に置き換えられているようなのですが,残念ながら,この経緯は分かりません(もちろん,Bonaparte (1982)が入手できないから(-_-;).

●Trialestes
 ところで,結果は《ギ語》+《ギ語》でルールどおりになりました.
 しかし,どう見ても,意味は「三人の強盗」ですけどね~~~((^^;).

 

2010年3月25日木曜日

Spinosuchus の展開

 
 学名辞典(恐龍編)いじり(その8)です.

 Spinosuchus という恐龍がいました.
 「いました」というのは,「過去に住んでいた」という意味ではなくて(それもありますが,(^^;),一時期,恐龍類と考えられていたのですが,現在は「爬虫類のなかの別のグループ」とされているという意味です.
 恐龍を含む爬虫類やその周辺を含めて,分類体系は,現在,グチャグチャになっていますので,詳しい説明は私にはできません.申し訳ない.自称恐龍博士たちがいっぱいいるのに,体系立てて説明できる人がいないというのは,自称恐龍博士はやはり自称だけなのですかね~~((^^;).
 日本にも,「恐龍」を記載した人は,何人も出ているのですけれどね~.


 話を戻しましょう.
 Spinosuchus は恐龍ではないので,これ以上説明しません.といえば,終わりですが,私は「恐龍博士」ではないので,もう少し追求することにします((^^;).

Spinosuchus Huene, 1932
Spinosuchus caseanus Huene, 1932
 
 Spinosuchus の標本は1921年にE. C. Caseが発見したとされています.
 E. C. Case (1871-1953)はUSA*の古生物学者.標本は,頸椎から仙椎までの一連の脊椎で22個あったとされています.発見はテキサスのクロスビー郡に分布する上部三畳系のドッカム累層[Dockum Fm.]から.CaseはこれをCoelophysisの椎体と考え,1922年にCoelophysis sp.として記載したそうです(「そうです」というのは,原著が入手できないので,確認ができないからです).

 ところが,von Huene**が,この一連の脊椎にCoelophysisとは思えない特徴を見いだします.それは,異様に膨らんだ神経棘.神経棘のことを[neural spine]といいますので,von Hueneのつけた属名がSpinosuchus = Spino-suchus***=「棘の」+「ワニ」.
 そして,最初に記載したCaseに敬意を表して,種名をcaseanusと名付けます.

 [-anus]は《場所》《時》《人名》《国民》《固有名詞》の形容詞化語尾.単数男性ですから[-i]をつけて,caseiでもいいはずです.というよりは,それが普通のはずと思いますが,こうなっています.もちろん,ICZNでは[-anus]の使用は許されていますが,[-ii], [-i]のほうが望ましいと明記されてます(ICZN D-16).
 こういうルール(文法?)について,ラテン語かギリシャ語の専門家がわかりやすい本を書いてくれないかなぁ,と,思いますが,それができる人がいるのか,それ自体が疑問.なにせ,日本にはまともな「羅和辞書」,「希和辞書」もないのが現状.残念.

 さて,属の語尾[-suchus]についてですが,なぜ,suchus=「ワニ」としたのかは判りません.
 脊椎しか産出していないので,脊椎の特徴が何かしら,-saurusとつけるのをためらわしたと想像することもできます.もちろん,この時点ではSpinosaurus Stromer, 1915がすでに提唱されていますので,-saurusの使用はできませんでしたけどね.でも,-saurosでも,-sauravusでも,-sauroidesでもよかったわけで,やはり,-suchusを選んだのは,それなりの理由があるんだと思います.
 
 これかそれか,のちに,Spinosuchusは恐龍類ではないと判断されてしまいます.そうなると,Spinosuchusについて語る人は,ほとんどいなくなってしまいます.だから,これ以上の情報はありません.
 詳しいことは,いくつかの原著論文に当たってみるのがはやいのですが,私の環境では,それはほとんど不可能なので,あきらめてください.
 べつに,検閲やら隠匿やらをしなくても,流通困難な情報というものはあるんです.
 私は,図書館やら,学会やら,それを統括する政府組織やらのサボタージュだと思ってますけどね.なぜなら,現状「著作権」という言葉は,原著者のためにあるのではなくて,流通させる企業のためにある言葉ですからね(このことは,別の機会に…).


* USA:常識的には「アメリカ合衆国」と書くべきでしょうけど,これ明らかに誤訳なので,使いたくない.the United States of Americaですから,「アメリカ合州国」が正しい.

** von Huene:von Hueneについては「Halticosaurus の展開」を参照のこと.

*** suchus:suchus については「Dolichosuchus の展開」を参照のこと.
 

2010年3月7日日曜日

Saltopus の展開

 
 学名辞典(恐龍編)いじり(その7)です.

 Saltopus elginensis Huene, 1910という恐龍がいます.

 Saltopusはsalto-pusと分けられる《ラテン語》の合成語で,「踊る」+「足」という意味です.

 saltoは,じつは日本語化しています.
 体操競技で有名な技「ムーンサルト」は「moon-salto」と綴ります.これは和製英語とされてますが,和製ラテン語でもあります.moonは英語で,saltoはラテン語ですからね(salto=「踊る」は,salio =「跳ぶ」から派生したそうです).
 
 より正確にラテン語化するとすれば,luna=「月」の語根[lun-]に,saltoの名詞形であるsaltusを合成して,「ルーン・サルトゥス[lun-saltus]」ですかね.

+++


 語源的にはまったく関係がないようなんですが,似た言葉に「鮭」=《英語》「salmon」<《ラテン語》「サルモー[salmo]」と,「塩」=《英語》「salt」<《ラテン語》「サール[sal]」があります.

 秋に,川に溢れるようにやってきて飛び跳ねる(=salio, salto)鮭(=salmo).一挙にやってくるので,獲ったあと保存には「塩(= sal)漬け」にするしかない鮭.
 なんか関係があるような気がします.

+++



 種名の elginensis は,産地であるスコットランドの地名[Elgin]の《形容詞化》で「Elgin産の」という意味.この標本はElgin地域の上部三畳系(後期三畳紀)の地層から産出しています.

 なお,時計のメーカーとして著名なエルジン[Elgin]は,USA,イリノイ州のエルジン市にあったことから付いた名前です.たぶん,エルジン市の開基者がスコットランドのElgin出身だったんでしょうね.

 

2010年3月1日月曜日

Lukousaurus の展開

 
 学名辞典(恐龍編)いじり(その6)です.

 Lukousaurus yini Young, 1948という恐龍がいます.

 LukousaurusはLukou-saurusの合成語で,Lukouは漢字で「蘆溝」.そう,あの「蘆溝橋事件」の蘆溝橋のある蘆溝ですね.
 蘆溝橋事件が起きたのが1937年.日本の敗戦が1945年.Lukousaurus が記載された1948年といえば,極東軍事裁判の判決が出た年です.この年,朝鮮半島は南北に分かれ,大韓民国と朝鮮民主主義人民共和国が成立しています.翌1949年には中華人民共和国が成立し,蒋介石の「中華民国」は台湾へと脱出します.さらに,1950年,朝鮮戦争勃発.
 こんな激動の時代にも,中国では,恐龍化石の記載なんて,浮世離れしたことがおこなわれていたんですねえ.

 さて,種名のyiniはyin-iという合成語で,[-i]は人名について形容詞化する語尾です.従って,「Yin氏の(に属する)」という意味です.Yin氏というのは不詳ですが,どうやら,中国地質調査所所長であった「尹」という人物らしいのですが,「名」の方は見いだせませんでした.


 記載者のYoungは中国人古生物学者の楊鍾健[Young Chung-Chien]のこと.なお,文献によっては,楊鍾健[Yang Zhongjian]となっているものもありますが,後者は,中華人民共和国成立後に一般化したピンイン表記というもので,現代の中国語は,みなこの方法で表します.

 しかし,学問の世界では,最初に使った名前を使い続けるのが常識で,こういうことは,国策が関係していようが,なんだろうが,あってはいけません.
 同様なことで,女性の日本人研究者で,結婚後,論文用の名を変える人がいるそうですが,信じられないことです.そんな事情は,他の研究者には無関係なことですし,そのことにこだわっていると混乱を助長するだけなので,名前の表記を変えたら,別人と見なしてもいいことになっています.というよりは,まあ,そうせざるを得ないのですね.

 もっとも,ピンイン表記はあくまでピンイン表記(つまり中国語)なのであって,欧文表記ではないので,英語で論文を書いたら,名前はピンイン表記ではなく,欧文表記を使うべきですね.
 

2010年2月28日日曜日

Dolichosuchus の展開

 
 学名辞典(恐龍編)いじり(その5)です.

 Dolichosuchus Huene, 1932という恐龍の属があります.
 模式種はDolichosuchus cristatus Huene, 1932

 属名のDolichosuchusはdolicho+suchusの合成語.意味は「長い+ワニ」です.
 
 dolicho-は《ギリシャ語》の「ドリコス[δολιχός]」=「長い」が《合成前綴化》したもの.
 ところが,-suchusは「ギリシャ語辞典」には(もちろんラテン語辞典にも)載っていない言葉です.
 科学用語・語源辞典には,「σοῦχος(エジプトのある地方に住む『ワニ』の名)」としかありません.説明不足としか,いいようがないですね.
 「エジプトのある地方」で《ギリシャ語》が使われていたというのでしょうかね.たぶん,「エジプトのある地方」で使われていた言葉(何語だか不明ですが)を《ギリシャ語》で記録されていたものを科学用語化(ラテン語化)した言葉なのだと思われます.が,しかし,「ソウーコス[σοῦχος]」という《ギリシャ語綴》を《ラテン語綴化》したら,-soucusもしくは-soucosになると思われ,むしろ,英語訛りの方が強く出ているのではないかと思わせます(つまり,ごく最近,英語圏の人間が創りあげた言葉である可能性が高い).

 語源および経緯は不明ですが,-such(-us)とか-such(-ia)は「ワニ」を意味する(元々は「ある種のワニ」を示していると考えるのが自然ですが,科学用語の語源となった時点で「ワニ一般」を示す言葉に変化した)とせざるを得ません.

 種名のcristatusは「鶏冠,とさか」を意味する《ラテン語》のcrista, cristaeの《形容詞》cristatus = crist-atus=「鶏冠状の」をそのまま使用しています.

 属名と種名を合わせて,「鶏冠状の長いワニ」という意味です.
 今回は「鶏冠状のDolichosuchus」という意味は採択できませんね.なぜなら,一属一種ですし,標本は「左足の脛骨[tibia]」のみなので,常識的にはnomina dubiaで,今後もこの属に所属するとされる種は出ないだろうからです.

 しかし,「一本の脛骨」で「鶏冠状」とはどういう意味なのでしょうね.

 記載者のHueneはFriedrich von Huene (1875.3.22 - 1969.4.4)のことで,von Hueneと記されることもあります.Hueneについては「Halticosaurus の展開」も参照のこと.

+++


 なお,どこかで書いたかもしれませんが,「竜」ではなく,「龍」の字を採用してます.「竜」の字と「龍」の字の関係は混沌としているようですが,どれかの説を採用しているというのではなく,単なる趣味の問題です.
 もちろん,最近の辞典類では「龍」の字を無視する傾向が出ているのも,「龍」の字を採用する理由の一つではあります.
 

2010年2月23日火曜日

Coelophysis の展開

 
 学名辞典(恐竜編)いじり(その4)です.

 Coelophysis Cope, 1889 という恐龍の属があります.
 模式種はCoelophysis bauri (Cope, 1887).

 Coelophysis bauri (Cope, 1887)はもともと,Coelurus bauri Cope, 1887として記載されたものです.このとき,CopeはCoelurus longicollis Cope, 1887も一緒に記載しています.

Coelurus Marsh, 1879
Coelurus bauri Cope, 1887
Coelurus longicollis Cope, 1887

++++


 属の記載者であるMarshとは,Othniel Charles Marsh (1831-1899)のことで,米国の古生物学者で特に恐龍の研究で有名ですね.

 ここで,Coelurusとは,coel-urusという合成語で,意味は「空洞の」+「尾」です.
 種名のbauriはbaur-iで,人名「Baur」の《形容詞化》で,「Baurに属する」という意味.この「Baur」はGeorg Baur (1859 - 1898)のことで,米国の古生物学者でした.種名を人名の形容詞化で表すことは,新種の命名ではよくあることです.「Baur氏が発見した」とか,「化石の発見に功績があった」とか,あるいは単に記載者が尊敬する人物であるとかなど,理由は様々です.普通は「Baur氏の」と訳し,属名と結びつけて,「Baur氏のCoelurus」となります.
 もうひとつの,longicollisはlongi-collisという合成語で,意味は「長い」+「丘」.標本は頸椎のみというので,その一部に「長い丘状」に見える部分があったのでしょう.

++++


 おなじ年,CopeはTanystrophaeus willistoni Cope,1887を記載し,そのときに,Coelurus bauri Cope, 1887とCoelurus longicollis Cope, 1887をTanystrophaeus Cope,1887に属するとしました.

Tanystrophaeus Cope,1887
Tanystrophaeus willistoni Cope,1887
Tanystrophaeus bauri (Cope, 1887)
Tanystrophaeus longicollis (Cope, 1887)

++++


 Tanystrophaeusは,tany-strophaeusという合成語で,「長く伸びた」+「蝶番」という意味.標本は腸骨のみといいますから,その腸骨は「長く伸びた蝶番」のように見えるのでしょう.種名のwillistoniはSamuel W. Williston (1851- 1918)に献げられたもの.Willistonは米国の教育者であり,古生物学者でした.

++++


 1889年に,Copeは上記三種をCoelophysis Cope, 1889に属するとしましたが,このときは模式種が設定されていませんでした(のちに,Hay, 1930がC. bauri Cope, 1887を模式種に設定).

 この時点では,以下のように整理されます.
Coelophysis Cope, 1889
Coelophysis bauri (Cope, 1887) [type species]
Coelophysis longicollis Cope, 1887
Coelophysis willistoni (Cope,1887)

 ところが,C. longicollis Cope, 1887標本は頸椎一個のみ.C. willistoni (Cope,1887)標本は腸骨のみ.この二つは,現在ではnomina dubia(nomen dubium「=疑わしい名前」の複数形)と見なされます.

 従って,生き残ったのは以下.
Coelophysis Cope, 1889
Coelophysis bauri (Cope, 1887) [type species]

++++


 属名のCoelophysisはcoelo-physisの合成語で,二つで「空洞の」+「膨らみ」という意味.属名+種名で「Baur氏のCoelophysis」となりました.
 Coelophysisは日本語では「コエロフィシス」と表記されるのが普通ですが,英語では「シールゥ・オ・フィエ・シス」と発音するのは普通です.ここでは全角文字は大きな声で,半角文字は小さな声で発音してみてください.
 なお,ラテン語では「コエーロ・プュシス」と発音するのが一番近いと思います.してみると,日本語表記の「コエロフィシス」って一体何なんでしょうね.

++++


 一方,Podokesaurus holyokensis Talbot, 1911は,Colbert (1964)の再検討によって,Coelophysis Cope, 1889に編入され,Coelophysis holyokensis (Talbot, 1911)とされます.

++++



 Podokesaurusはpodoke-saurusの合成語で,「足の素速い」+「龍」という意味.種名のholyokensisはUSA,マサチューセッツ州にあるHolyoke山の《形容詞化》で「Holyoke山産の」という意味.[-ensis]は地名につけられて,産地を示す種名によく用いられます.

++++


 従って,以下.
Coelophysis Cope, 1889
Coelophysis bauri (Cope, 1887) [type species]
Coelophysis holyokensis (Talbot, 1911)


 ただし現在では,Podokesaurus Talbot, 1911は有効性が認められていて,Podokesaurus holyokensis Talbot, 1911独立していると見なされるのが普通です.


 う~む.なかなか整理が大変.
 古生物学者は,いい加減と見るか,厳密と見るかはあなた次第.

 

2010年2月14日日曜日

Avipes の展開

 
 学名辞典(恐竜編)いじり(その3)です.

 Avipes Huene, 1932 という恐龍がいます.
 模式種はAvipes dillstedtianus Huene, 1932.
 

 Avipesは[avi]+[pes]の合成語です.
 aviは《ラ語》「avis(アウィス)《女》avis, avis」の 語根で「鳥の」という意味.元は《サンスクリット語》らしい(つまり,《ギ語》ではない)ですが,サンスクリット語まではフォローできないので,悪しからず.

 pes (ペース)も《ラ語》で「《男》pes, pedis」=「足」.こちらも元は《サンスクリット語》らしいですね.

 合わせて,この属名は「鳥の足」という意味.もちろん,「鳥の足」に似ているという指摘でしょう.「『恐龍』と『鳥』は非常に近い関係にある」という指摘は,最近始まったモンではないことが,よくわかる学名です.


 種名dillstedtianusは,dillstedt-ianusという合成語です.
 Dillstedtは,ドイツのチューリンゲン[Thueringen]地方にある地名らしいです.もちろん,この化石の産地なのでしょう.-ianusは《場所》《時》《人名》《国民》《固有名詞》につけて《形容詞化》する《接尾辞》です.合わせて,「Dillstedt産の」という意味.伝統どおりの《形容詞形》の種名です.

 「属名」+「種名」で,「Dillstedt産の『鳥の足』」.属名と種名を合わせる場合は,「属名」は訳さない方が自然ですね.従って,「Dillstedt産のAvipes」.
 これは,典型的な学名の形式で,聞いただけで重要な情報を提供してくれます.「佐藤さんの『蝦夷龍』(Yezosaurus satoi:でっち上げの学名です(^^;)」なんて学名は,いかにセンスがないか,理解できると思います.

 ところで,「Dillstedt産のAvipes」以外に,別の産地から「Avipes」が出たという話は未見です.それもそのはず,どうやら,標本は名前どおりに足の部分しか産出していない模様.現在のように,恐龍化石の標本が充実してくると,この程度の標本は間違いなく「nomen dubium」(=疑わしい名前)として扱われるようになっています.
 もちろん,現在では足の一部の化石で,「属-種」を定義することは不可能というのが常識です.


 記載者のHueneについては,「Halticosaurus の展開」を参照してください.

 

2010年1月26日火曜日

Procompsognathus の展開

 
 学名辞典(恐竜編)いじり(その2)です.

Procompsognathus Fraas, 1913

 属名 Procompsognathus は pro-Compsognathus=「先行する」+「コムプソグナトゥス(属)」と分解できます.Compsognathus のことは,ひとまず置いておきます.
 
 記載者の Fraas は,Eberhard Fraas (1862-1915)のこと.ドイツの地質学者・古生物学者です.

 Procompsognathus に属するとされる種は模式種のProcompsognathus triassicus Fraas, 1913一種のみ.
 triassicusはラテン語の「3の数」をあらわす[trias, triadis]を英語化したTriassic=「三畳(紀,系)の」を,さらにラテン語化して triassic-us《ラテン語形容詞化》もしくは,triass-icus《形容詞化》としたもの.どちらにしても「三畳系(紀)からの」という意味になります.

 なお,厳密にいうと,Triassicは《形容詞》なので,言葉に意味を持たせるためには,Triassic system=「三畳系」(地層そのもの),もしくはTriassic period =「三畳紀」(三畳系が堆積した時代)としてセットで使う必要があります.なので,和訳とはちょっとした“ねじれ”があり,一対一で対応しているわけではありません.しかし,英語の方は熟語として扱えば問題ありませんね.
 問題は,英語という言語の癖なのか《形容詞》をそのまま《名詞》として使っていることがあることにあります.この場合,the Triassicが「時代」を表しているのか,「地層」を表しているのかは,文章の前後関係によるしかなく,これは曖昧です.単語だけでは訳せない場合が出てきます.


 話が前後しますが,この学名辞典(恐竜編)の恐龍データの元本は,Steel (1969, 70)で,この分類に従っています.もちろん,新しい分類も提案されており,その文献類も所有しているのですが,そちらは膨大すぎて,ちょっと手に負えないところがあるので,古い文献の方を使っています.

 Steel (1970)では,Pterospondylus Jaekel, 1913がProcompsognathus Fraas, 1913 の同物異名[junior synonym]として挙げられています.

● Pterospondylus Jaekel, 1913
 
 属名 Pterospondylus は ptero-spondyl-us=「翼状の」+「脊椎の」+「属するもの」と分解できます.「翼状の脊椎骨」ってどんなんだろうと考えてしまいますが,じつは,標本は一個の胸椎のみ.Steel (1970)はProcompsognathusの同物異名と考えていますが,最近では「一個の脊椎」などという標本は研究対象としては扱われず,nomen dubium(=疑わしい学名)として扱われています.

 Jaekel は Otto M. J. Jaekel (1863.2.21 - 1929.3.6)のこと.彼は,ドイツの古生物学者で地質学者.独・グライフスヴァルト大学教授を勤め,1912年にドイツ古生物学会を創立しています.

 記載当時の模式種は Pterospondylus trielbae Jaekel, 1913.
 種名のtrielbaeは地名が元になっているようなのですが,いまのところ不詳です.


 話を戻して,Procompsognathus の元になっている Compsognathus のこと

● Compsognathus Wagner, 1861

 ここで,Compsognathus は Compsognathus Wagner, 1861のこと.
 属名 Compsognathus はcompso-gnath-us=「繊細な」+「顎の」+「に属するもの」という意味.-gnath-us の《接尾辞》-usの解釈は,辞典類にもまともな説明が見つからず,まだ納得いかないのですが,仮にこうしてあります(-saur-us参照).

 記載者の Wagner は,J. A. Wagner (Johann Andreas Wagner: 1797.3.21 - 1861.11.17)で,独国の動物学者,古脊椎動物学者のこと.

 Compsognathus Wagner, 1861には,以下の一種が属することになっています.
 もちろんこれは,模式種ですね.

Compsognathus longipes Wagner, 1861

 longipes は「ロンギ・ペース[longi-pes]」 に分解でき,=「長い」+「足(柄)」という意味.
 属名と合わせて,「長い足のCompsognathus(=繊細な顎)」.
 学名から,どんな恐龍なのかイメージできましたか?

 

2010年1月24日日曜日

Halticosaurus の展開

 
 学名辞典(恐竜編)いじり(その1)です.

●Halticosaurus Huene, 1908

 属名 Halticosaurus は haltico-saurus =「跳ぶ」+「龍」と分解できます.

 haltico- は ギリシャ語の「アルティコス[αλτικος]」=「よく跳ぶ,素早い」の発音をラテン語ふうに綴った halticos を語根化したもの.
 saurusはギリシャ語の「サウーロス[σαῦρος]」=「トカゲ」の発音をラテン語ふうに綴った sauros を語根化したsaur-に,《接尾辞》-us=「~の.~(に)属する.~(に)関係する」を合成したもの.直にいえば,-saur-us=「トカゲに属するもの」になりますが,めんどくさいので意訳して-saurus=「龍」に統一します.略字である「竜」を使わないのは趣味の問題です.

 命名者の Huene は,Friedrich von Huene (1875-1969):ドイツの古生物学者です.
 von Hueneとなっている場合もあります.von は「~からの」という意味で,出身地を表しています.出身地を「姓」としているわけです.フランス語の de と同じ用法ですね.
 日本人には「ピン」ときませんが,日本でもその昔,武士以外に「姓」をもつ人が少なかったとき,たとえば,よく知られている「宮本武蔵」は,じつは「宮本」村の「武蔵(たけぞう)」でした.元は百姓だったので,「姓」がなく,武士になったときに,出身地を「姓」にしたのです.
 しかし,ドイツやフランスの場合は,身分が卑しくて「姓」がなかったのではなくて,どうも「その土地の支配者の家系」ということらしいです.


 Halticosaurus Huene, 1908には,以下の種が属するとされたことがあります.

Halticosaurus longotarsus Huene, 1908
Halticosaurus orbitoangulatus Huene, 1932
Halticosaurus liliensterni Huene, 1934

 以下,順に情報サーフィンしてみましょう.


● Halticosaurus longotarsus Huene, 1908

 H. longotarsus Huene, 1908 は,もちろん模式種.
 longotarsus は,long-o-tarsus=「長い」+《結合文字:の》+「足根骨」と分解できます.[-o-]は語根同志を結合する場合の音合わせの役割を果たします.
 《結合文字》には,-i-と-o-があって,前者はラテン語同志の結合に,後者はギリシャ語同志(正確には,ギリシャ語をラテン語ふうに綴ったもの)の結合に用いられます.原則はラテン語同志,ギリシャ語同志が合成されるべきなんですが,まま,そうでないものもあります.

 たとえば,この場合,long-はラテン語longusの語根.tarsusはギリシャ語「タルソス[ταρσός]」をラテン語ふうに綴ったものですから,「ラテン語」+「ギリシャ語」になり,原則を満たしていません.しかし,「タルソス」はtarsosと綴られるべきなので,tarsusはラテン語化していると主張することも可能です.実際,ラテン語なのか,ギリシャ語のラテン語ふう綴りなのか,ラテン語化しているのかの判断は,辞書を見てもよくわからないことの方が多いようです.
 で,まあ,百歩譲って,両方ともラテン語語根と考えても,《結合文字》に[-o-]を使っています.原則に従えば,longitarsusになるべきなんですが….
 もしくは,《ギ》+《ギ》にして,dolicho-tarsosが正解.

 学名は,属と種の「性」を合わせるなんて,日本人にはさっぱりわからないことには熱心なんですが,こういう根本的なことが「グチャ」だったりします.
 もっとも,一度公表された“名前”は,「性の不一致」((^^;)で語尾が修正されることはありますが,こういう矛盾は無視されて,印刷物通りに使用しますので,文句をいってもしょうがない((^^;).

 属名と種名を合わせれば,「長い足根骨のHalticosaurus(=跳ぶ龍)」という意味になります.
 奥深いでしょ((^^;).


●Halticosaurus orbitoangulatus Huene, 1932

 orbitoangulatus はorbito-angulatus =「眼窩の」+「角(かど)のある」に分解されます.
 属名と合わせれば,「角のある眼窩のHalticosaurus」という意味ですか.よっぽど,眼窩周囲の骨に特徴があるのかと思ったら,どうやら,このあたりの部分しか産出していない模様.


●Halticosaurus liliensterni Huene, 1934

 liliensterniはlilienstern-iと分解され,「Lilienstern氏に属する(の)」という意味です.
 語尾の-iは,人名から合成語をつけるときの《接尾辞》.ほかにもルールがありますが,それは,それが出てきたときにしましょう.
 Liliensternは「フォン=リリエンステルン[Hugo Rühle von Lilienstern]」 (1882-1946) :独国の古生物学者のこと.

 化石の名に,人名を用いるのは間々あることです.
 本来は,上記のように,産出した化石の特徴を表している言葉が優先的に用いられます.標本と密接に関係してますからね.しかし,同一属で,すでに数種が記載されている場合なんか,「形の特徴」なんて,たいていすでに使われていますから,その次によく使われるのが,産地名.
 地名は,小地名から国名もしくは大陸名までたくさんありますから,たいていここで終わってしまいますね.

 人名をつけるのは,標本自体との関連性も薄くなり,じつは優先順位なんかから行けば最後の方で,どうにも「つけるべき名前がないとき」ぐらいなんですが,「人名」だけに目立ちます.
 そのせいかどうか,日本の化石マニアの間では「化石の発見者は,名前をつけてもらえる権利がある」という伝説があります(意図的に振りまいているのかも).もっとも,研究者の側でも「(名前をつけてあげるから)化石を提供してよ」と持ちかける人たちもいて,どっちもどっちというところ.

 これは,周囲にトラブルをまき散らす悪習に近いのですが(実例をいくつも見聞しています),「伝説」というものは,伝説なだけに,なかなか元を絶ちがたいものです.
 

2010年1月16日土曜日

学名辞典(恐竜編)

 
 ようやっと,ここ数ヶ月夢中になってつくっていた「学名辞典(恐竜編)」が完成!,とまでは行きませんが,実用レベルに達してきました.

 20世紀までに記載された恐竜名(属も種も)は,ほぼ網羅したはずです.
 でも,属名はともかく,種名の方は意味不明のものも多々あるので,それはまだ「不詳」として放置してあります.

 もしばらく「いじっ」たら,オンラインソフトウェアとして公開しようかな?などと考えてます(と,いってもその方法を知らないな(^^;).

 しばらく「いじる」というのは,当初の目的は「学名に市民権を与える」なので,眼にする頻度が多いと思われる日本産の哺乳類や鳥類ぐらいは「引けば意味がわかる」ぐらいにしたいからです.
 ただ,このさいでも,一つの辞書にまとめておくべきか,「恐竜辞典」,「哺乳類辞典」,「鳥類辞典」などと分けておくべきか,それすらも方針が立っていません.
 Logophileの辞書エディタが,辞書の分離や合併に対応していれば,あまり考えることなくできるんですが,前にも書いたようにこのエディタはあまり強力ではないからです.無意識に登録した単語を消していることもあるようです.単語「削除ボタン」にアラートがなく,間違えて押すとそのまま消えてしまうんです.一遍やってしまうと,後戻りがきかない=アンドゥもないんですね.


 さて,これまで,辞典造りをやってきて,気付いたことを幾つか.

 第一にいえることは,日本におけるラテン語環境・ギリシャ語環境が実に情けない状態だということです.簡単にいえば,まず,まともな「羅和辞典」・「ギ和辞典」がない.

 ちょっと失礼ないい方だったかな.
 言い直せば,学名の意味を知るための「羅和辞典」・「ギ和辞典」は存在しないわけです.
 それで,聖書やら特殊な古典やらに出てくる単語しかでてないような,しかも「単語」の成り立ちがわかるようなものではなく,単なる「単語帳」のような辞書しかなく,これを使うしかないのが現状.
 それも,価格的に安ければ,「しようがない」でも使いますが,思わずコストパフォーマンスを考えてしまうような値段(^^;.「羅英」・「ギ英」がダメ元で買える様な値段なのに比して…,彼我の文化程度の違いを思わず考えてしまう環境です.

 当初,けっこう役に立ったのが,大槻真一郎の「独-日-英 科学用語 語源辞典 ラテン語編」と「ギリシャ語編」.この中に出てくる《合成前綴》,《合成後綴》という概念は便利でした.合成語の多い学名の理解には,便利この上ない概念ですね.でも,ほかの辞書にはこういう概念はないですし,この辞書内でも,扱いが統一されていない=筋が通っていないことが,使い続けているとわかります.
 だいたい,《前綴》,《後綴》というけど,その間に使われているのは《なに綴》なんだ?《間綴》?

 使い続けていてわかるもうひとつのことは,第一にボキャ数が足りない.
 特に「ギリシャ語編」は,これで辞典?お金取る気?と思わせるほどのボキャ数.
 見出し単語および説明に出てくる単語の選定に偏りがある.著者はたぶん植物学の専門家なのだろうということが推測できます.植物学用語と医学用語はかなり些末なところまででていますが,動物や(もちろん古生物も)現代科学技術用語もおざなり.看板に「科学用語」とありますが,どうもね.
 使いこなしてくると,不満が出てきます.
 「~を参照せよ」みたいな記号があるので見てみると,それは見出し単語として存在しなかったりもする.辞典として熟成しているとは言い難いところがあるというとこですか.

 ま,文句はありますが,一番役に立った辞書であることも事実です(値段分役に立っているかというと,それは疑問).もっとも,ターゲットが医学関係者のようなので,高くて当たり前なのかも.PC翻訳ソフトでも,医学用はバカ高いですモンね.

 なお,似たようなもので,「医語関連 ローマ字化ギリシャ語集」(松下正幸著,栄光堂刊)というのがありますが,ほとんど役に立ちませんでした.なぜかというと,ギリシャ語からラテン語化するときの過程が問題なのに,最初から《ギ語》を使わずにローマナイズした単語を見出し語に使っているからです.
 内容も,ただの単語帳です.
 源語である《ギ語》からどのような過程をたどって《ラ語》,さらに現代(科学)用語になっているかが示されてないと,見出し語にない単語は,まるで理解不能になります.

 一例ですが,「変化のある」という意味のギリシャ語に「ポイキロス[ποικίλος]」というのがあります.これがラテン語化したときにはpoecilos, poecilus, poicilus, poicilos, poekilus, poekilosというようなバリエーションが見いだされます.
 ちなみに,前出「医語関連…」には「poikilos」しか載っていません.
 これでは,使い物にならない.

 もうひとつ,「科学英語 語源小辞典」(前田滋・井上尚英編)というのを入手しましたが,こちらも,源語である「ギリシャ語」を無視しているので,「医語関連…」とほとんど変わりがありません.ただし,こちらは「語根」を重視しているので,かなり応用がききます.
 源語である「ギリシャ語」から解説してもらえれば,もっと理解しやすい辞典になったと思います.

 致命的なのは,「小辞典」であること.なんといっても,ボキャ数が….
 もっと致命的なのは,「小辞典」といいながら,A5サイズであること.A5サイズは,辞書として引くには,日本人の手には大きすぎることがわかっていない.とにかく引きにくい.


 すべての辞典にいえることですが,ラテン語は単語の変化があきれるくらいあるのに,省略が多すぎること.初学者が誤解・混乱するような記述が多すぎて,学ぶこと自体がいやになりそう.
 ラテン語に熟達しているなら辞書を引くこともないはずですが,ラテン語に熟達していなければ,引けない辞書が多すぎますね.
 一番気になるのが,辞典ごとに見出し語の選択や意味にいたるまで,「相違」が矛盾といっていいほどあり,辞書自体が「熟成」していない,という気にさせます.