2010年1月24日日曜日

Halticosaurus の展開

 
 学名辞典(恐竜編)いじり(その1)です.

Halticosaurus Huene, 1908

 属名 Halticosaurus は haltico-saurus =「跳ぶ」+「龍」と分解できます.

 haltico- は ギリシャ語の「アルティコス[αλτικος]」=「よく跳ぶ,素早い」の発音をラテン語ふうに綴った halticos を語根化したもの.
 saurusはギリシャ語の「サウーロス[σαῦρος]」=「トカゲ」の発音をラテン語ふうに綴った sauros を語根化したsaur-に,《接尾辞》-us=「~の.~(に)属する.~(に)関係する」を合成したもの.直にいえば,-saur-us=「トカゲに属するもの」になりますが,めんどくさいので意訳して-saurus=「龍」に統一します.略字である「竜」を使わないのは趣味の問題です.

 命名者の Huene は,Friedrich von Huene (1875-1969):ドイツの古生物学者です.
 von Hueneとなっている場合もあります.von は「~からの」という意味で,出身地を表しています.出身地を「姓」としているわけです.フランス語の de と同じ用法ですね.
 日本人には「ピン」ときませんが,日本でもその昔,武士以外に「姓」をもつ人が少なかったとき,たとえば,よく知られている「宮本武蔵」は,じつは「宮本」村の「武蔵(たけぞう)」でした.元は百姓だったので,「姓」がなく,武士になったときに,出身地を「姓」にしたのです.
 しかし,ドイツやフランスの場合は,身分が卑しくて「姓」がなかったのではなくて,どうも「その土地の支配者の家系」ということらしいです.


 Halticosaurus Huene, 1908には,以下の種が属するとされたことがあります.

Halticosaurus longotarsus Huene, 1908
Halticosaurus orbitoangulatus Huene, 1932
Halticosaurus liliensterni Huene, 1934

 以下,順に情報サーフィンしてみましょう.


Halticosaurus longotarsus Huene, 1908

 H. longotarsus Huene, 1908 は,もちろん模式種.
 longotarsus は,long-o-tarsus=「長い」+《結合文字:の》+「足根骨」と分解できます.[-o-]は語根同志を結合する場合の音合わせの役割を果たします.
 《結合文字》には,-i-と-o-があって,前者はラテン語同志の結合に,後者はギリシャ語同志(正確には,ギリシャ語をラテン語ふうに綴ったもの)の結合に用いられます.原則はラテン語同志,ギリシャ語同志が合成されるべきなんですが,まま,そうでないものもあります.

 たとえば,この場合,long-はラテン語longusの語根.tarsusはギリシャ語「タルソス[ταρσός]」をラテン語ふうに綴ったものですから,「ラテン語」+「ギリシャ語」になり,原則を満たしていません.しかし,「タルソス」はtarsosと綴られるべきなので,tarsusはラテン語化していると主張することも可能です.実際,ラテン語なのか,ギリシャ語のラテン語ふう綴りなのか,ラテン語化しているのかの判断は,辞書を見てもよくわからないことの方が多いようです.
 で,まあ,百歩譲って,両方ともラテン語語根と考えても,《結合文字》に[-o-]を使っています.原則に従えば,longitarsusになるべきなんですが….
 もしくは,《ギ》+《ギ》にして,dolicho-tarsosが正解.

 学名は,属と種の「性」を合わせるなんて,日本人にはさっぱりわからないことには熱心なんですが,こういう根本的なことが「グチャ」だったりします.
 もっとも,一度公表された“名前”は,「性の不一致」((^^;)で語尾が修正されることはありますが,こういう矛盾は無視されて,印刷物通りに使用しますので,文句をいってもしょうがない((^^;).

 属名と種名を合わせれば,「長い足根骨のHalticosaurus(=跳ぶ龍)」という意味になります.
 奥深いでしょ((^^;).


Halticosaurus orbitoangulatus Huene, 1932

 orbitoangulatus はorbito-angulatus =「眼窩の」+「角(かど)のある」に分解されます.
 属名と合わせれば,「角のある眼窩のHalticosaurus」という意味ですか.よっぽど,眼窩周囲の骨に特徴があるのかと思ったら,どうやら,このあたりの部分しか産出していない模様.


Halticosaurus liliensterni Huene, 1934

 liliensterniはlilienstern-iと分解され,「Lilienstern氏に属する(の)」という意味です.
 語尾の-iは,人名から合成語をつけるときの《接尾辞》.ほかにもルールがありますが,それは,それが出てきたときにしましょう.
 Liliensternは「フォン=リリエンステルン[Hugo Rühle von Lilienstern]」 (1882-1946) :独国の古生物学者のこと.

 化石の名に,人名を用いるのは間々あることです.
 本来は,上記のように,産出した化石の特徴を表している言葉が優先的に用いられます.標本と密接に関係してますからね.しかし,同一属で,すでに数種が記載されている場合なんか,「形の特徴」なんて,たいていすでに使われていますから,その次によく使われるのが,産地名.
 地名は,小地名から国名もしくは大陸名までたくさんありますから,たいていここで終わってしまいますね.

 人名をつけるのは,標本自体との関連性も薄くなり,じつは優先順位なんかから行けば最後の方で,どうにも「つけるべき名前がないとき」ぐらいなんですが,「人名」だけに目立ちます.
 そのせいかどうか,日本の化石マニアの間では「化石の発見者は,名前をつけてもらえる権利がある」という伝説があります(意図的に振りまいているのかも).もっとも,研究者の側でも「(名前をつけてあげるから)化石を提供してよ」と持ちかける人たちもいて,どっちもどっちというところ.

 これは,周囲にトラブルをまき散らす悪習に近いのですが(実例をいくつも見聞しています),「伝説」というものは,伝説なだけに,なかなか元を絶ちがたいものです.
 

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