2019年12月29日日曜日

大千軒岳の金山

 全くひさびさの更新となります.

 前回ご案内の通り,「勝手にジオパーク」を構築中だったのですが,途中で「まぼろしの鷹栖石灰岩」について,ブログで全く紹介していなかったことに気付き,ついでに「北海道の石灰岩研究史」をまとめはじめたら,意外に時間がかかってしまいました.現在も進行中.
 まあ,急がば回れといいますから,しようがないですね.
 ということで古い文献を読んでいたら,ブログに補足しておかなければならない記述を見つけましたので,とりあえず紹介しておきます.

澤田鶴松(1930)北海道有用鉱産物調査(第二報:渡島支庁管内松前郡西半部)より.

「本地域の多くの河川は過去に於て,砂金採取の繰返されし事は事實なるも現今之を顧る者なし。然れども,尚ほ未採掘地たる河床、海濱、及び其他海蝕段丘上に着目する時は將來も亦望みなきにあらざるべし。乃ち、本地域地質の六〇パーセント以上を占むる古生層中には石英脈縦横に走り、其大なるものには脈幅一米に餘るあり。該石英脈は含金極めて微量なれば、之を直接採掘し、山金を得る事は望み尠し。然れども、本地域の河床或は海濱に産する砂金の源は此硬き白色石英脈なる事明なり。
 昭和三年準地方費道路開鑿の際、大澤村大字荒谷村の鱸の澤に於て、一女工夫五十四匁の砂金塊を拾得せる由。かゝる大塊の産出の極めて稀なるは勿論なれど、之が爲めに當地方は大いに砂金採掘熱を當時煽れりと云ふ。」

 これはなんのことかというと,もちろん「大千軒岳金山(松前金山)」に関する記述です.
 いわゆる松前古生層(現在なんと呼んでいるかは,勉強不足で知りません(^^;)中には最大1mあまりの石英脈が認められ,現在は金はきわめて微量(「ある」ということ)ではあるが,これから風化削剥・運搬された砂金が漂砂鉱床としてあったものだろう,という記述です.
 また,1928(昭和3)年の道路開削の際,女性工夫が54匁(約200g)の金塊を拾い,ゴールドラッシュが再来した,と書かれているのです.