2019年8月3日土曜日

お休み中

 
しばらくブログの更新が滞っておりますが,体調不良とかではありませんのでご安心を.だれも心配なんかしてないか.(^^;;

じつは,下記HPの構築中なので,ブログの方はしばしお休みです.
まだ,見ていただくほどには完成しておりませんが,おいおい充実させてゆくつもりでおります.



2019年6月28日金曜日

北海道地質学史に関する文献集(おわり)

 
 これまで示してきたように,26編程度の報告を読めば,だれでも“北海道地質学史”の研究者になれることがわかる.すでにもう,事実の概略は示されているのである(それにしては,いまだに学会発表なんかで“あらすじ”とかやってる“研究者”が見受けられるが).
 もっとも,各報告に載せられた「引用文献」については,すでに入手不可能なものや,(わたしを含めた)一般人にはアクセス不可能な資料もあるので,このあたりは大都市在住者か大学関係者でなければ,「だれでも」というわけにはいかないだろうけど(半分愚痴である:(^^;;).

 そういうことはさておき,全体を通して眺めてみて気のついた点をいくつか.

第一に,これから地質学史(とくに北海道について)の概略について述べるなんて,学会発表や報告はナンセンスであること.
第二に,事実を羅列するのは,すでにナンセンスであり,全体としてどういう発展を遂げてきたのか(歴史的流れ)とか,時代に反応して進んできた地質学史(社会地質学的見方)など,「見方」を考察すべきであること.
第三に,以上のことから「概論」の時代は過ぎたので,「細部」のこと,ひとりの地質家の生き様であるとか,一つの地質現象についての解明の道筋とか,が語られるべきであると思われること.

さいごに,地質家(大学教授や公的研究機関の諸先生だけでなく)は,もっと自分がやってきたこと,歩いてきた路を語るべきだということ.最先端の学問についてのみではなく,地道な調査と「失敗」の記録を,残しておくべきだろうと….

 

北海道地質学史に関する文献集(26)

 
鈴木 理(2014~2015)日本地質学の軌跡

 鈴木(2014~2015)は「日本地質学の軌跡」という表題で,地質調査所と地質学に関する歴史を,地質学者の生き様や学者層の拡大に注目しながら,26回にまとめるという予定で連載を開始した.しかし,2015年の第6話にとどまったまま,以降は未発表のままである.

第1話:和田維四郎と小藤文次郎:14歳,運命の外国語選択
第2話:和田維四郎と小藤文次郎:東京大学地質学専攻と内務省地質課の誕生.
第3話:原田豊吉:帝国大学理科大学と農商務省地質局の星.
第4話:巨智部忠承と神保小虎:日清戦争と地質学.
第5話:高峰譲吉と高山甚太郎:地質調査所からの広がり.
第6話:井上禧之助と小川琢治:日露戦争下の地質調査.


 たしかに,数人の地質学者について詳細にその人生に迫っている.しかし,表題が「日本地質学の軌跡」というわりには,東大と地質調査所の歴史ばかり目立つのは,まだ6話しか進んでいないからだろうか.それとも,日本の地質学といえば,東大と(国立)地質調査所しかないと考えているのだろうか.残念だが,北海道の地質学の話は出て来そうもない.

 

2019年6月27日木曜日

北海道地質学史に関する文献集(25)

 
佐藤博之(1985)百年史の一こま

佐藤博之(1985a)百年史の一こま(1)地質調査所初期の地磁気観測.
佐藤博之(1985b)百年史の一こま(2)博覧会と地質調査所.
佐藤博之(1985c)百年史の一こま(3)ライマンとナウマン.

 百年史の一こま(1)のテーマは「地質調査所初期の地磁気観測」であるので,あまり関係がない.
 (2)「博覧会と地質調査所」には,明治6年のウィーン万国博覧会に出品された資料に関連して,開拓史勤務の白野夏雲についての言及がわずかにある.
 また,1877(明治10)年の第一回内国勧業博覧会に関して,地質調査所から内務省地理寮諸務課に転入した白野夏雲の収集した「土石と木材」が出品され,これらについての記述もわずかにある.また,末尾に夏雲の次男である白野己巳郎についても言及されている.

 (3)「ライマンとナウマン」では,いわずと知れた北海道地質学の大恩人=ライマン氏について詳述されている.
 ライマンとナウマンを対比させながら地質調査史を語っている.ライマンについてはたくさんの弟子たちが語っているのだが,ナウマンを語る弟子が一人もいないことが印象的だった.
 また,二人とも日本の地質学にとっては大恩人であることは明らかなのだが,両人が去ったあと,東大や匿名の連中が二人の業績を抹消しようという動きがあったことも注目される.もちろん,明治政府の軍国主義化に伴う,第二の「尊皇攘夷」であったと考えられるだろう.

 下に引用した引用文献だけでも,概略は理解できると思う.

文献
坂市太郎(1918)北海道の開発と石炭鉱業.日本鉱業会誌,no.403, p.14-22.
一一一一(1892a)北海道石狩炭田の炭量.日本鉱業会誌,vol.8, p.534-535.
一一一一(1892b)北海道ノ炭鉱ニ就テ.東京地学協会報告,vol.14, no.11, p.3-25.
団 琢磨(1926)思い出す事どもー其頃の三池と筑豊一.石炭時報,vol.1, p.599-608.
北海道総務部文書課(1978)ベンジャミン・S・ライマン.開拓に尽した人びと.vol.2, p.125-142. 理論社.
井黒弥太郎(1968)榎本武揚伝.みやま書房,札幌,418+10p.
今井 功(1966)黎明期の日本地質学.地下の科学シリーズ,ラティス,193p.
今津健治(1979)山内徳三郎「ベンジャミン・スミス・ライマン氏小伝」.エネルギ一氏研究,no.10, p.90-97.
石原初太郎(1898)伊豆半島第三紀層論.地質学雑誌,vol.5, p.273-286.
伊藤弥次郎(1927)鉱山局の思い出.石炭時報,vol.2, p.358-361.
Imperial Geological Survey (1893) Imperial Geological Survey of Japan, with a catalogue of articles exhibited by the Geological Survey at the World's Columbian Exposition. 49p.
賀田貞一略伝(1915)日本鉱業会誌,no.370.
加藤鉄之助(1914)大正博覧会における地理的出品物に就て.地学雑誌,vol.26, p.544-552.
桑田権平(1937)來曼先生小伝.99p.
松井 愈(1953)ライマン(B.S. Lyman)と北海道の炭鉱.一北海道の炭鉱を主にする地質学史に関する考察:その一ー.歴史家,no.1, p.1-13.
中村新太郎(1930a)新訳日本地学論文集集(三)ナウマン博士一トルコ及びメキシコに於ける地質研究(上).地球,vol.14, p.53-58.
一一一一(1930b)新訳日本地学論文集(五)ライマン一日本油田調査第二年報(ー).地球,vol.14, p.191-200.
中島謙造(188920万分の1地質図幅「静岡」説明書.地質調査所,47p.
日本工学会(1930)明治工業史・地学篇,87p.
西山正吾(1920)地質学者ライマン先生小伝.東洋学芸雑誌,vol.37, p.487-490.
小川啄治(1985)伊豆半島石英安山岩略説.地質学雑誌,vol.2, p.444-451.
一一一一(1937)一地理学者の生涯⒀.地理教育,vol.23, p.411-418.
佐川栄次郎(1921)ライマン先生を憶ふ,地質学雑誌,vol.28, p.40-54.
一一一一(1936)ナウマン氏小話 フォッサマグナ 賛川風景.地球,vol.26, p.277-285.
山陰一生(1884)地質調査事業進歩の景況.東洋学芸雑誌,no.35, p.151-154.
佐藤博之(1983)先人を偲ぶ(1).地質ニュース,no.346, p.52-63
沢村孝之助(1972)明治期の伊豆半島調査.杉山隆二(編)「伊豆半島」,東海大学出版会,p.35-39.
島田純一(1926)ライマン先生ー弟子の観た先生一.石炭時報,vol.1, p.270-272.
鈴木 敏(188820万分の1地質図幅「甲府」説明書.地質調査所,128p.
鈴木 醇(1949)北海道鉱業開拓者ライマン先生の業績.北海道鉱山学会誌,vol.5, p.279-289.
徳間貞一・永淵正叙(1941)佐川さんを憶ふ.地質学雑誌,vol.48.
ユネスコ東アジア文化研究センター(1975)資料御雇外国人.小学館,524p.
江原真伍(1962Fossa Magna を中心としてー Naumann 博士の日本島の調査.地学研究,vol.12, p.307-309.
山根新次(1953)日本地質学会創立六十年に寄せて.地質学雑誌,vol.59, p.279-282.

YOKOYAMA, M. (1904) On some Jurassic fossils from Rikuzen. Jour. Coll. Sci. Imp. Univ. Tokyo. vol.18, art. b, p.1-13.

北海道地質学史に関する文献集(24)

 
佐藤博之(1983a)先人を偲ぶ(1)
佐藤博之(1983b)先人を偲ぶ(2)

 この論文は,地質調査所(本庁)の100年史編纂後に,旧所員についてまとめたものである.したがって,すべてが北海道の地質調査史に関係あるというわけではないし,地質調査所には土質試験関連の部所もあったので,これも地質調査とは無関係である.しかし,白野夏雲はじめ数名は,北海道の地質調査史には欠かすことのできない人物であるので,示しておく.

 以下に,章立てと引用文献について示す.章立ては,錯綜しているので分かりにくい.

+++
佐藤(1983a)の章立て

(はじめに)
(はじめに,という章題はないが,内容から緒言であるので,こうしておく)

白野夏雲
(この章の)文献
 神保小虎(1903)我邦に於ける鉱物学の歴史.地質学雑誌 vol. 10, p. 442-450
 一一一一(1905)本邦に於ける地質学の歴史.地質学雑誌 vol. 12, p. 393-405

 なお,白野夏雲に関しては,翌年,白野仁(1984)「白野夏雲」が出版されている.
阿曽沼次郎

坂市太郎及び西山正吾
地質調査所における業績
北海道の石炭開発
神保ー坂論争
鉱山経営者としての坂

(この章の)文献
坂市太郎(1890)神保君ニ質シ併セテ其教ヲ乞フ.地学雑誌 vol. 2 p. 147-148
一一一一(1918)北海道の開発と石炭鉱業.日本鉱業会誌 no. 403, p.14-22.
早坂一郎(1955)LYMANと化石.科学史研究 no. 35, p. 39-41.
井黒弥弥太郎(1968)榎本武揚伝.みやま書房 札幌 418+9p.
今井 功(1966)黎明期の日本地質学.ラティス 東京,194p.
神保小虎(1890)ライマン説を論す.地学雑誌 vol. 2 p. 7-11, 53-54.
一一ーー(1890)右答.地学雑誌 vol. 2 p.148
一一一一(1905)本邦に於ける地質学の歴史.地質学雑誌 vol. 12, p. 393-405.
西山正吾(1920)地質学者ライマン先生小伝.東洋学芸雑誌 vol. 37, p. 487-490.
佐川栄次郎(1921)ライマン氏を憶う.地質学雑誌 vol. 28 p.40-54.
住友石炭鉱業(株)赤平鉱業所(1968)住友赤平開坑三十年.528p.
XYZ生(1927)坂市太郎氏の片鱗.石炭時報 vol. 2 p. 830-832.
山根新次(1962)地質調査所事業の変遷.略史 地質調査所 p.33-38.


+++
佐藤(1983b)の章立て

神足勝記/関野修蔵/鈴木民作
地質調査所発足当時の地形部門
地質調査所の磁気観測
御料局測量課長として
鈴木民作
地形責任者としての関野
(この章の)文献
 土井正民(1978)わが国の19世紀における近代地学思想の伝播とその萌芽.広島大地学研究報告. no.21, 170p.
 藤井陽一郎(1960)工部省測量司による東京府下測量について.科学史研究 no. 54, p. 20-25.
久松将四郎(1956)地質調査のための測量の歴史(1).地学雑誌 vol. 65, p. 89-99.
上條 武(1983)孤高の道しるべー穂高を初縦走した男と日本アルプス測量登山.銀河書房 長野 597p.

長井長義
(この章の)文献
 金尾清造(1960)長井長義伝.長井長義先生顕彰会,465p.
 山下愛子(1962)今日を築いた化学のフロンティアー長井長義をめぐる化学者(2).MOL, vol. 2, no. 5, p. 70-73.
 ー一一一(1965)長井長義についての一考察ーそのエフェドリン研究についてー.科学史研究,no. 76, p. 156-163.

佐川栄次郎
(この章の)文献
 半沢正四郎(1953)東北大学理学部地質学古生物学教室.日本地質学会史 日本地質学会60周年記念 p. 101-104
 田代修一ほか(1953)関係会社の地質調査研究史 三井鉱山株式会社 日本地質学会史 日本地質学会60周年記念 p.175-176
 山根新次・三土知芳(1954)わが国地質調査事業の沿革 東京地学協会,vol. 63, p. 151-165.
 一一一一・徳岡貞一・永淵正叙(1941)故佐川栄次郎君の主なる研究業績 地質学雑誌,vol. 48, p.213-214

杉浦稠三
(この章の)文献
 Fukutomi, T. (1918) Preliminary note on the lavas of Volcano Sambe. Jour. Geol. Soc. Japan, vol. 25, p. 10-23.
 Kōzu, S. and Yoshiki, B. (1029:ママ) Thermo-optic studies of anomite-basaltic hornblende-quartz andesite in association with biotite-common hornblende-quartz andesite, which together from the Volcano Sambe in Japan. Sci. Rep. Tohoku Imp. Univ., ser. 3, vol. 3, p. 177-193.
 住友金属工業六十年小史,社史編さん委員会,昭和32年,315+38p.

えぴろーぐ
荒井郁之助
 (この章の)文献
  星 為蔵(1974)荒井郁之助系図および年譜.百年史編纂ニュース nos. 33-34 気象庁百年史編纂委員会事務局 p.2-8.

高島得三(北海)
 (この章の)文献
  土井正民(1978)前出 神足及び関野の項
  一一一一(1982)高島北海(得三)ー官行生野鉱山に発芽した近代地質学者一 昭和57年度全国地下資源関係学協会合同秋期大会 p. 7-12
  小林貞一(1974)100万分の1日本地質図第2版と揺籃期の日本地質図史.地学雑誌 vol. 88,p.70-77.
  河野通弘(1962)高島北海と「山口県地質図説」.地学研究 vol. 12,p. 310-314.

堀田連太郎

原田鎮治
 (この章の)文献
  原田鎮治君小伝.日本鉱業会誌 vol. 48,1932.

白石直治

吉田彦六郎
 (この章の)文献
  松井悦造(1957)漆の研究.科学史研究 no. 44,p. 10-17.
  柴田雄次(1961)Edward Divers 先生と垪和為昌先生.化学 vol. 16,p. 782-786.
  田中 実(1967)「東京化学会誌」最初の5年.化学と工業 vol.20,p.260-262.
  湯浅光朝(1980)日本の科学技術史100年史(上) 中央公論社 自然選書 東京 258p.

若林平三郎

えぴろーぐのえぴろーぐ
分析関係の人達
 高山甚太郎
 喜多村弥太郎
 肥田密三
 松本 収
 小寺房治郎
 北村彌一郎
 荘司市太郎
 清水省吾

土性関係の人達
 恒藤規隆
 渡辺 朔
 青山 元
 鴨下松次郎
 三成文一郎
 小林房次郎
 伊藤源蔵

 (この章の)文献
  友田清彦(1978)わが国草創期の土性調査事業に関する考察.農村研究 no. 47, p. 24-38.
  一一一一(1980)フェスカ来日前後の土性調査事業とその従事者たち.農村研究 no. 50, p. 113-126.

  農技研80年史編さん委員会(1974)農業技術研究所八十年史.農業技術研究所 724p.

2019年6月24日月曜日

中断中

 
 「北海道地質学史に関する文献集」の続編がストップしてますが,私の体調不良ではありません.融雪後の春の後片付けや庭の整備に加えて,私生活でいろいろ込合っているためです.

 少し余裕が出てきたので,もうすぐ復活させる予定.
 それに,しばらく休んでいたので,いろいろやりたいことが出てきました.
 請うご期待.
 

2019年5月10日金曜日

北海道地質学史に関する文献集(23)


湊 正雄(1982)北大における地質学と北海道.

 北海道大学名誉教授の湊正雄が,北大百年史に書いた「北大における地質学と北海道」である.対象が地質学者ばかりではないので,非常に分かりやすい内容となっている.また,博学多才といわれた湊教授の文章は読むものをとらえて放さない.しかもその時期その時期における研究の成果やその評価も適切である.

 以下に章立てを示しておく.

1 開拓使以前の時代
2 開拓使仮学校の時代
3 札幌農学校の時代
4 東北帝国大学農科大学の時代
5 北海道帝国大学の時代
6 北海道大学の時代

 なお,本論は「北大百年史」という性質上,1970年ころまでの内容となっている.したがって,「6 北海道大学の時代」で描かれた,日本列島に地向斜造山論を当てはめてきた湊-舟橋らの仕事は,現在となっては+α(=プレートテクトニクス論)の上書きが必要である.



2019年5月9日木曜日

北海道地質学史に関する文献集(22)

 
鈴木尉元(1982)地質調査所における石油・天然ガス調査事業の歩み.

 地質調査所がおこなった石油・天然ガス資源調査の歴史について,詳細に述べられている.しかし,その調査史は,時代の波に押し流され,国内だけにも地質調査所内だけにもおさまるものではなく,また,縮小を余儀なくされた時代もあったことが示されている.



 太平洋戦争中には,南方石油の開発に多くの地質家・石油技術者が駆りだされたが,戦況の悪化に伴う国内石油開発へ振り替えるために,まとめて国内に送り返された阿波丸が沈没.500有余名の専門家が死去した.「阿波丸殉難者追悼録」が出版されているとあるが,機会があったら読んでみたいものだ.
 我が師,湊正雄(北大名誉教授)は阿波丸を待たず,一刻も早く日本に帰りたいと危険を顧みず軍艦で帰国したが,皮肉なことに彼は生還した.湊が戦争を嫌い,科学者が軍事研究に与することがないように戦い続けたルーツである.

 敗戦後,深刻なエネルギー危機を迎えた日本は,地質調査所を中心に多くの油田開発を進めた.この報告以降,原油の輸入が可能になった日本は,国内の油田開発をやめて,地質屋の努力は灰燼に帰したが,この時期におこなわれた第三紀層の研究の結果は,いまも燦然と輝いている.

 以下,各章の表題と引用文献を掲げておく.
1.初期の油田調査
2.第一次の油田調査
3.第2次の油田調査まで
4.第2次の油田調査
5.第3次の油田調査まで
6.第3次の油田調査
7.第2次大戦後
8.まとめと今後の課題

参考文献
地質調査所(1887-1903)地質要報
地質調査所(1908-1944)地質調査所報告 No.4-125
地質調査所(1911-1922)鉱物調査報告 No. 1-34
地質調査所(1932)日本地質鉱産誌 453p.
地質調査所(編)(1957)日本鉱産誌 BV-b 主として燃料となる鉱石一石油および可燃性天然ガス 416p. 東京地学協会
地質調査所(1969)地質調査所出版物目録(明治12年̃~昭和43年) 251p.
地質調査所阿波丸殉難者追悼録刊行会(編)(1979)阿波丸殉難者追悼録 245p.
地質調査所八十周年記念出版物編集委員会(1962)懐古録 276p.
千谷好之助(1925)秋田山形及越後地方に於ける油田調査事業と其将来の試掘地域.地学雑 37 538-544
千谷好之助(1930)本邦油田第三紀層の分類と其名称に就きて(摘要).地質雑 37 262ー269
千谷好之助(1934)本邦油田調査事業に就きて 石油技協誌 2 173-18
千谷好之助(1940)討論研究題目「新潟県各油田の地層対比を論じ石油試掘との関係に及ぶ」開会の挨拶 石油技協誌 8 356-369
第三系堆積盆地研究グループ(1974)新潟第三系堆積盆地の形成と発展 層序編 地調報告 No. 250-1 1-319;構造地質・地球化学編 地調報告 No.250-2 1-233
池辺展生(1940)新潟県各油田の地層の対比 石油技協誌 8 361-372
池辺展生(1941)越後油田褶曲運動の現世まで行われていることに就いて 石油技協誌 10 184-185
池辺展生(1961)日本の新生代の研究史 槇山次郎教授記念論文集 339-342
伊木常誠先生追悼録刊行会(1962)伊木常識先生追悼録 197p.
今井 功(1966)慾明期の日本地質学 193p. ラティス
今井 功(1972)年表地質調査所90年史 地質ニュース No.220 185-210
桑田権平(1937)來曼先生小伝 99p.
日本地質学会(1953)日本地質学会史 185p.
OTUKA Y. (1941) Active rock folding in Japan. Proc. Imp. Acad. Japan 17 518-522
大塚弥之助(1942)活動している皺曲構造 地震 14 46-63
佐川栄次郎(1921)故ライマン氏を憶ぶ 地質雑 28 40-54
鈴木尉元・三梨 昻・影山邦夫・小玉喜三郎・島田忠夫・宮下美智夫(1972)地質調査所における戦後の石油・天然ガス調査事業の歩みと今後の課題 地質ニュース No.220 91-101
上床国夫・片山 勝・井尻正二・蔵田延男・大塚弥之助(1941)本邦油田の地質構造の研究(第一報) 石油技協誌 963-157
山根新次・三土知芳(1954)わが国の地質調査事業の沿革 地学雑 63 151-165.

 

2019年5月8日水曜日

北海道地質学史に関する文献集(21)

 
今井 功・鎌谷親善(1982)創立期の地質調査所.

 内容は表題の通り「創立期の地質調査所」の諸事情について詳述されている.
 北海道に関連する事項としては,後の北海道神宮の宮司となった白野夏雲や,地質調査事業が始められた頃の職員の中に,ライマンの弟子であった坂市太郎と西山正吾が加わっていたことが示されている.
 以下に,章の表題について示す.引用文献については,文中か「注」に示されているので,略す.

  地理寮木石課から地理局地質課へ
  ナウマンの「地質測量意見書」
  地質調査事業の準備
  庁舎施設の築造
  地質調査事業の開始
  内務省から農商務省へ
  地質調査所の設立



2019年5月2日木曜日

北海道地質学史に関する文献集(20)

 
今井 功(1972)年表 地質調査所90年史.

 この年表は,表題の通り「地質調査所90年史」についてのまとめであり,北海道の地質調査史とは直接の関連はない.しかし,非常によくまとまっているので,日本の地質調査史を概観するには好適であろう.
 参考文献が提示されているが,北海道の地質調査史とは直接かかわりがないので,省略する.


2019年5月1日水曜日

北海道地質学史に関する文献集(19)

 
曾我部正敏・根本隆文・佐川 昭・大島和雄(1968)石炭地質学の進歩.

 北海道における石炭地質学の歴史についてまとめられている.「まえがき」には石炭地質学の歴史が簡単に述べられている.引用文献は示されていない.


 以下に,章立てを示す.

まえがき
Ⅰ 北海道の炭田
Ⅱ 石炭調査・研究の現状
 (1)層序学・構造地質学的研究
 (2)堆積学・古生物学的研究
  堆積輪廻
  重鉱物分析
  斜層理・漣痕・ソールマーク
  貝化石
  植物化石
  花粉・胞子化石
 (3)炭層に伴う資源の研究
 (4)炭質研究
むすび

 

2019年4月26日金曜日

北海道地質学史に関する文献集(18)


植村癸巳男(1968)鉱物調査をかえりみて~明治・大正時代のスベニール~.

 明治43年から大正13年までおこなわれた北海道についての「鉱物調査事業」について.事業そのものについてではなく,実際の調査の思い出やアシストしてくれたアイヌ民族に対する感謝が述べられている.
 調査の苦労話については,私どもが学生のころにおこなったのと比べて,交通網や宿がよくなったのは別として,野外での作業の苦労は,ほとんど変わらないのでよくわかる.現在はどうなのであろうか.


 さて,この鉱物調査事業の内容については,この報告ではほとんどわからないので,鉱物調査報告のリストを下に示しておく.

鑛物調査報告(Mineral Survey Reports
内容 報告者 出版年月
第1号 明治四十三年度鉱物調査の概要            伊木常誠  明治44.3
第2号 渡島国亀田半島鉱床調査報告             大日方順三 M.44.3
第3号 膽振国勇払郡勇払油田調査報告            小林儀一郎 M.44.3
第4号 日高国沙流川流域調査報告              岡村要蔵  M.44.3
    日高国「ヌカビラ」川流域調査報告          伊木常誠   同
    日高国新冠,静内,三石三郡地方調査報告       岡村要蔵   同
    日高国南部及十勝国広尾郡調査報告          山根新次   同
第5号 胆振国勇払郡鵡川流域調査報告            小林儀一郎 M.44.6
    渡島国濁川油田調査報告               小林儀一郎  同
    日高国門別川,波恵川,慶能舞川及厚別川流域調査報告 伊木常誠   同
    日高国元浦川流域及浦河附近調査報告         伊木常誠   同
    十勝国広尾郡及河西郡地方調査報告          岡村要蔵   同
    石狩国空知川支流「ヤマエ」及「トナシュベツ」調査報告
                              山根新次   同
    附十勝石狩国道筋地質調査報告            山根新次   同
第6号 渡島国及後志国鉱床調査報文             大日方順三 M.44.7
第7号 明治四十四年度鉱物調査の概要            伊木常誠  M.45.3
第8号 後志国及胆振国の硫黄及鉄鉱調査報文         大日方順三 M.45.3
第9号 北見国宗谷炭田予察調査報文             岡村要蔵  M.45.6
    石狩国石狩油田調査報文               小林儀一郎  同
第10号 雨竜留萌炭田地質調査報文              山根新次  T.1.8
    天塩国留萌及苫前地方地質調査報文          山根新次  T.1.8
第11号 北海道北部中央地区地質調査報文           岡村要蔵  T.1.8
    石狩国恵袋別徳富産油地調査報文           小林儀一郎 T.1.8
    石狩国新十津川砂金地調査報文            小林儀一郎 T.1.8
    石狩国浜益郡浜益川流域及浜益郡茂生厚田郡安瀬間地質調査報文
                              小林儀一郎 T.1.8
第12号 後志国及渡島国の鉱床調査報文            大日方順三 T.1.9
    渡島国亀田郡尻岸内村同茅沼郡及胆振国山越郡砂鉄調査報文
                              大日方順三 T.1.9
第13号 明治四十五年大正元年度鉱物調査の概要        伊木常誠  T.2.3
第14号 北見国宗谷郡天塩国天塩郡産油地調査報文       小林儀一郎 T.2.10
    天塩国幌延炭田調査報文               小林儀一郎 T.2.10
第15号 北海道北東部地質調査報文              岡村要蔵  T.2.10
第16号 天塩国遠別及築別地方地質調査報文          渡邊久吉  T.2.10
    石狩国札幌郡定山渓付近地質鉱物調査報告       渡邊久吉  T.2.10
第17号 大正二年度鉱物調査の概要              小林儀一郎 T.3.5
第18号 浦幌炭田調査報文                  小林儀一郎 T.3.9
第19号 北見国宗谷炭田調査報文               渡邊久吉  T.3.9
第20号 北海道網走屈斜路地方地質調査報文          岡村要蔵  T.3.11
    後志国奥尻島地質鉱床調査報文            岡村要蔵  T.3.11
第21号 釧路国白糠舌辛地方地質調査報文           渡邊久吉  T.4.10
第22号 日高国北西部産油地調査報文             岡村要蔵  T.4.10
    胆振国幌別鉱山及白老鉱山調査報文          大日方順三 T.4.10
第23号 知床半島地質調査報文                門倉三能  T.5.10
第24号 石狩国札幌郡定山渓豊羽鉱山附近地質調査報文     小林儀一郎 T.6.10
    天塩国天塩郡天塩,遠別間産油地調査報文       小林儀一郎 T.6.10
    渡島国上磯郡泉沢産油地地質調査報文         小林儀一郎 T.6.10
第25号 釧路国釧路炭田調査報文               門倉三能  T.7.2
第26号 後志国太櫓郡及久遠郡鉱物調査報文          千谷好之助 T.7.3
第27号 釧路国阿寒炭田調査報文               門倉三能  T.7.10
第28号 石狩国空知郡十勝岳附近鉄鉱及硫黄鉱調査報文     納富重雄  T.9.1
    石狩国上川郡美瑛鉄鉱調査報文            納富重雄  T.9.1
    石狩国上川郡鷹栖村鉄鉱調査報文           納富重雄  T.9.1
    北見国常呂郡太茶苗鉄鉱調査報文           納富重雄  T.9.1
    北見国斜里郡斜里砂鉄調査報文            納富重雄  T.9.1
    北見国紋別郡上生田原鉄鉱調査報文          納富重雄  T.9.1
    北見国紋別郡北ノ王金山付近地質調査報文       納富重雄  T.9.1
第29号 胆振国鉄鉱調査報文                 清野信雄  T.9.2
第30号 天塩国留萌炭田及油田調査報文            飯塚保五郎
                              上村癸巳男 T.9.9
第31号 釧路国東部釧路炭田調査報文             飯塚保五郎 T.9.9
第32号 天塩国留萌郡小平蘂川南部炭田調査報文        上村癸巳男 T.11.3
第33号 根室国目梨郡忠類川上流産油地調査報文        六角兵吉  T.11.12
    北見国斜里郡斜里岳付近地質鉱物調査報文       六角兵吉  T.11.12
第34号 天塩国中川郡恩根内産炭地調査報文          鈴木達夫  T.11.12
    石狩国雨竜郡朱鞠内産油地調査報文          鈴木達夫  T.11.12
第35号 天塩国留萌郡小平蘂川北部炭田調査報文        六角兵吉  T.14.8
第36号 天塩国羽幌炭田調査報文               上村癸巳男 T.14.9
第37号 後志国茅沼炭田調査報文               鈴木達夫  S.5.3
    釧路国阿歴内産炭地調査報文             鈴木達夫  S.5.3
    釧路国糸魚沢産炭地調査報文             鈴木達夫  S.5.3


2019年4月24日水曜日

北海道地質学史に関する文献集(17)

北海道地質学史に関する文献集(17)

佐藤博之(1968)北海道の地質はどのように解明されているか.

 戦後の北海道の地質調査について,図幅調査を中心に詳述されている.敗戦前の国土膨張期には,完全に無視されていた北海道の地下資源も,敗戦とともに見直され,基礎的な地質調査の重要性が見直された.
 調査機関としては,(日本)地質調査所に加えて,北海道地下資源調査所が設立され,これに北海道開発庁(実際の調査は地質調査所と地下資源調査所がおこなった)が加わって本格的に始動する.地質家としては,上記職員のほかに,北海道大学と北海道教育大学から,ほかにも東京教育大学,熊本大学,札幌通商産業局などが調査に加わった.
 以下に,この報告の章立てを示す.

   1 5万分の1図幅
   2 20万分の1地質(図幅)
   3 小縮尺地質図
   4 図幅調査のトピック




 「4 図幅調査のトピック」には「新冠川の石灰石鉱床」と「大千軒岳山麓の石炭紀層」が挙げられている.
 「新冠川の石灰石鉱床」は,道路がないために未踏査であった地域が,北海道電力が電源開発のために切り開いた調査歩道が使えるようになり,そこで鈴木守技師(北海道地下資源調査所:当時)が新冠川を踏査中に巨大な石灰岩体を発見したという話題である.本文を引用すれば「人跡もそれまでは未到にひとしかった日高の山中に これだけの地下資源が眠っており それが図幅調査によって発見されたというめずらしい話題である」という.それが,神保小虎が命名した「日高山脈」,人を近づけない「日高山脈」の実体だったわけである.
 もう一つの「大千軒岳山麓の石炭紀層」は,道南の上ノ国村の地質調査中に,また「大千軒岳」図幅調査中に,上ノ国では石灰岩レンズから,大千軒岳付近では知内川の礫状石灰岩及び石灰質礫岩から紡錘虫や珊瑚化石が発見され,これらから石炭系の地層があることが確認されたことである.それまでは,いずれの岩体も時代未詳古生層とされていたので,非常に重要な発見であった.
 どちらも,綿密な地質調査が,どれだけ多くの情報をもたらすかという好例である.
 ところが不思議なことに,上ノ国図幅も大千軒岳図幅も,どちらも出版されずに終わっている.



 

2019年4月21日日曜日

北海道地質学史に関する文献集(16)

 
佐藤・斎藤(1968)本道地質調査事業のあゆみ 第Ⅰ部 北海道の地質調査事業はどのように進められたか.

  1 創成期
  2 油田の開発から大井上図まで
  3 昭和初期から終戦まで

 これ以上に北海道の地質調査史に付け加えることがあるとすれば,些末なほどに詳細なことか,戦後についてだけ,ということになろう.
 北海道の地質調査史は,北海道の歴史そのものと同じ,国家の都合や世相に左右されながら,日本国本土の地質調査史とはまったく別の調査史を歩んでいることがわかる.

 引用文献は,とくに示されていない.


 



北海道地質学史に関する文献集(15)

 
斎藤正雄(1967)北海道の鉄資源.

 本論文は,地質調査所報告第220号に「北海道の鉄資源」としてまとめられたもので,Ⅱ章「総説」のⅡ.2「北海道における鉄資源開発と調査の変遷」に調査史が述べられている.

 鉄資源を基本としてまとめられているので地質調査史として使うには不充分である.しかし,鉄資源調査史としては充分に詳しい.


2019年4月18日木曜日

北海道地質学史に関する文献集(14)

北海道地質学史に関する文献集(14)

今井 功(1966)黎明期の日本地質学.

 前述の今井(1963~1965)「地質調査事業の先覚者たち」を再編集したものである.地質学史に興味がある人には必読の書であるが,すでに絶版で古書店でも入手困難になっている.

 以下に,章立てと参考文献を示しておく.ただし,「Ⅱ章 ライマン」以外は北海道の地質に大きく関わらないので章題だけにし,「Ⅱ章 ライマン」については節題も示す.なお,巻末にある「おもな参考文献:全章にわたるもの」は割愛する.

  目次
  はじめに
  I コワニエ
  II  ライマン
  III 和田維四郎
  IV ナウマン
  V 原田豊吉
  VI 巨智部忠承
  VII 小藤文次郎
  おわりに
  年表
  おもな参考文献

II  ライマン
II-1 生い立ち
II-2 蝦夷地の開拓
II-3 北海道開拓使
II-4 開拓使仮学校
II-5 北海道の地質調査
II-6 全国油田地質調査
II-7 その後のライマン

Ⅱ章 おもな参考文献
B. S. Lyman: A General Report on the Geology of Yesso, 1877
ライマン:北海道地質総論 開拓使 明治11年
B. S. Lyman: A Report of Progress for the First year of the Oil Survey, 1877
B. S. Lyman: A Report of Progress for the Second year of the OilSurvey, 1879
B. S. Lyman: Report of Progress for 1878 and 1879, Geological Survey of Japan, 1878
賀田貞一略伝:日本鉱業会誌 第370号 大正4年
山際永吾小伝:日本鉱業会誌 第385号 大正 年(年数は脱字)
坂市太郎:北海道の開発と石炭鉱業 日本鉱業会誌 第403号 大正7年
佐川栄次郎:ライマン氏を憶ふ 地質学雑誌 第28巻 第328号 大正10年
小野崎五助:桑田知明翁を追悼す 日本鉱業会誌 第614号 昭和11年
桑田権平:来曼先生小伝 昭和12年
斎藤仁:北海道の地下資源調査事業の沿革(一)(ニ)(三) 地下資源 No. 1~No. 3 昭和33ー34年
加茂儀一:榎本武揚 中央公論社 昭和35年
佐々保雄:北海道地質図変遷史(一) 北方文化研究報告 第17輯 昭和37年


 

2019年4月14日日曜日

北海道地質学史に関する文献集(13)

北海道地質学史に関する文献集(13)

佐々保雄(1962)北海道地質図変遷史(一). 
佐々保雄(1964)北海道地質図変遷史(二). 
佐々保雄(1965)北海道地質図変遷史(三).

 北海道における地質学の巨人のひとり・佐々保雄による「北海道地質図変遷史」である.38+36+68頁の大著.

 章立ては以下の通り.

一,諸言
二,北海道の地質調査と地質総図
三,明治初期・北海道開拓使時代の地質図
四,明治中期・北海道庁鉱物調査時代の地質図
五,明治末期ー大正期・地質調査所「鉱物調査」時代の地質図
六,昭和期・北海道工業試験場時代の地質図
七,昭和二〇年以降・第二次大戦後の地質図

 北海道の開拓前夜から第二次世界大戦後,本書発刊当時の1960年代までが網羅され,各地質図を詳述の上,その地質図に対する評価も述べられている.この大業に付け加えることは何もないであろう.

 その緒言を示しておく.
 北海道に関する地質図は、その大小精粗を問わないとすると、明治初葉から今日にいたるまで、公刊されたものがかなりの数に達している。その中、部分図は別として、地質総図(General Geological Map)、すなわち北海道全体を一つにまとめた地質図だけを見ても、決して少い数ではない。総図としての性質上、縮尺は五〇万分台から三〇〇万分の一台の大縮尺のものが多いので、地質の詳細にわたつては描かれていないが、大局的に地質構成がどうなつているかを理解することが出来る。地質総図の目的もまたそこにある。
 しかし、それらを、時代を追つて一つ一つ点検していくと、その間に自ら移り変りがあつて、ある時は多少づつ、ある時は著しく違つて居り、道の地質が次第に明らかになり、今日の知識に近づく過程を現わし、その時々の進歩の跡をとどめていると同時に、当時の日本の地質学界の趨勢をも反映している。言わば、北海道地質調査進捗の歴史の一断面を如実に示している、と言うことができる。
 本文は、この地質総図の主なもの、即ち北海道を主としたものを第一にとり上げ、また日本全体の地質図の中で北海道をまとめてあるもののうち、主要なものをも含め、公刊の順序を追つて挙げて、その大要を述べるとともに、各々の間の変遷を見、どのように北海道の地質が明らかになつて行つたか、を知ろうと試みたものである。

 なお,佐々は北海道の地質調査史を以下の六つに分けて詳述している.

 イ、幕末期ー北海道開拓使以前
 口、明治初期ー北海道開拓使時代
 ハ、明治中期ー北海道庁鉱物調査時代
 二、明治末期・大正期―地質調査所「鉱物調査」時代
 ホ、昭和初期ー北海道工業試験場時代
 へ、昭和二〇年以降ー第二次大戦後時代

 さて,この大著を読んだ感想を一つ.
 地質図は,その当時の学問・学者のレベルによって進化・変遷するものである.神保小虎が先頭に立って引き起こしたライマン地質学へ批判は,視野狭窄の戯言でしかないことがよくわかる.これら帝大地質学者たちの戯言は,もちろん,薩長土肥の明治政府が進めた“ネオ尊皇攘夷”への忖度だったのかも知れないが.