2012年7月31日火曜日

アイヌの伝説と砕屑岩脈


知人岬の神橋

「釧路市の知人岬(シレトミサキ)に,海の中へ突き出ている二条の水成岩脈があって,干潮のときにはそれがこわれた橋の杭のように見えた.これは昔はカムイ・ルイカ(神の橋)といって,海の神様であるレブンカムイ(鯱)が,陸の神様のところへ会いに行くとき,ここを通って行くためにつくった橋であるという」
「北海道の口碑伝説」(北海道庁編)より


「水成岩脈」というのは,地質学用語としては,ほとんど「死語」です.「地学事典」にも載っていませんね.
もともとは,neptunian dike (Strickland, 1840)の和訳として使われていたようです.
詳しい経緯は判りませんが,dike(=岩脈)といえば,通常 igneous dike(=火成岩脈)であるのに対し,そのdike rock (=脈岩)がclastic rock(=砕屑岩)からできているので特別な言葉として造語されたものでしょう.
あるいは,その昔,「岩石は火が造ったものである」=「plutonism(=火成論)」という説と「岩石は水が造ったものである」=「neptunism(=水成論)」という説をめぐって論争が繰り広げられた時期があり,この関係でneptunian dikeとして名付けられたものかもしれません.

現在は,「水成岩脈」という言葉は使われず,もっぱら「砕屑岩脈(clastic dyke)」が使われます.
この場合,既にできあがっている地層を切って未固結の砕屑物が侵入してくるわけですが,既存の地層にできた割れ目の下から貫入してできたものを「injection clastic dyke(=貫入砕屑岩脈)」とし,上から侵入してできたものを「neptunian clastic dyke(=ネプチュニアン砕屑岩脈)」として分けることもあるようです.
上から来たか下から来たかで分ける意味があるのか無いのかについては,私には判りません.あしからずご了承ください.

なんにしても,知人岬には巨大な砕屑岩脈があり「橋(あるいは橋脚)のように見えた」.そして,これはアイヌにとって特別な意味を持っていたということです.
しかし,残念なことに,この砕屑岩脈は釧路港の築港工事のとき,一つはハッパでこわされ,もう一つは土の中に埋められてしまったそうです(一説には,地元の人が破片を見つけ出し,地元の神社に奉納したともいわれています).

ちなみに「知人(シレト)」は,アイヌ語が語源で,「シリ・エト°」=「大地の鼻」.すなわち,「岬」のこと(更科源蔵「アイヌ語地名解」より).「知床(シレトコ)」と同じ語源ですね.

この知人岬の砕屑岩脈には,別の伝説もあります.

「義経が阿寒の山にいたとき,ここから十勝の方へ橋をかけようとしたときの,橋杭のあとだとも言う」
「東蝦夷夜話」(大内余庵)より


いわゆる,「義経伝説」のひとつです.
詳しくは判りませんが,アイヌに伝わる「義経」は創世神話の「神」とゴッチャになっていることがあるようで,詳しい検討が必要なようです.
どなたかご存じであれば….


さて,この砕屑岩脈には,まったく別の系統の伝説もあります.
知人岬の神石

「釧路築港が出来る前まで知人岬に,ノッコロカムイ(岬の神)といってうやまっていた二つの神石があった.大昔,世界の初まりに,男と女の二つの星が,人間共に幸福を授ける為に天から天降って,ここに鎮まったと伝えられている.大きい方の石をピンネカムイ(男神)といい,小さい方をマチネカムイ(女神)といって,春の漁期にはこの岩に向って,大漁を祈願する祈願祭が行なわれた」といいます.
「北海道の口碑伝説」(北海道庁編:佐藤直太郎氏輯)より


どっちにしても,アイヌにとっては,特別な意味を持つものだったわけですね(それを和人は壊してしまったわけです).


この知人岬の砕屑岩脈は,知人岬だけにあるわけではなく,付近の興津浜には「春採太郎」と呼ばれる幅4m以上,長さ数キロにわたる砂岩脈が知られています(北大の川村信人氏のブログに詳しい).
これは「北海道地質百選」にも選ばれています.

川村氏によれば,春採太郎だけではなく「次郎」,「三郎」,「四郎」とも呼ぶべき砂岩脈があるそうです.してみると,もっともっとたくさんの岩脈がありそうな….

なお,柴田賢(1958)によれば,この砂岩脈には「(洪積世と云われている)化石破片を含んでいる」そうです.そうであれば,この砂岩脈は,まさしく「上から侵入してきた」「neptunian clastic dyke(=ネプチュニアン砕屑岩脈)」=「水成岩脈」であるわけです.
そうすると,洪積世(洪積世もじつは死語.「更新世」が正しい)には,このあたりには幅4mを越える亀裂が多数できるような事件があったわけで,それは,いったいどのような出来事だったのだろうと恐ろしく思うわけです.まったくイメージが湧きませんが….

アイヌ伝説と地質学


何の気なしに,アイヌの伝説について読んでいたら,膨大な量の地質学的再解釈が必要な記述を見つけました.
たとえば,津波に関する伝説.
太平洋岸を中心に恐ろしい「巨大津波の伝説」が伝わっています.

その多くは,常識を越えた津波の高さ,到達高度・距離が想定されるため「有り得ない」と否定されてきましたが,3.11を経験して以来,「見直し」が起きているようです.
もしかしたら,そのほとんどが「事実だったかもしれない」というわけです.
事実かどうかは,伝説の解釈とそれに見合う堆積物の発見にかかっているわけですが,悲しいことに,私には津波堆積物に関する知識がない.
しかし,誰かがこれを検証していかなくてはならない.そんな気がします(実際進んでいるらしい).

それはそうとして,ほかのアイヌ伝説には,すぐにでも地質学的再解釈が可能な記述がありますので,それを紹介してゆきたいと思います.

2012年7月11日水曜日

最近の学生気質

 
昨日の授業のあと,珍しく学生が話しかけてきました.
うれしかった((^^;).

でも…,
「試験はどのような形式でやるんですか?」
「穴埋め式ですか?」

「…?!」

「大学の試験で「穴埋め式」なんかあるか!」と,いいたかったですが,とどまりました.
だって,そうなのかもしれないからです.

TVの学習塾などのCMでは,「やる気スイッチ」とか,「疑問を育てる」とか,やってますけど,難関(?)を突破して出来上がった大学生は「○×式」と「五択式」が思考回路になっているようにしか思えません.
(そういえば,娘の授業参観で,穴埋め式の授業・板書をやっている先生をたくさん見たなあ)
(試験をクリアーするには,いい方法なのかもしれないけど…,実生活にはまるで役に立たないよ~な)

授業で「地球に関しては,まだ判らないこともある」とか,「どちらにでも解釈できる」とか,「人間の知識には限界がある」とかやると,テキメンに「曖昧で判らない!」とか,「意味不明!」とかいう反応が返ってきます(じつは,帰ってくるだけまだマシなのです.大概は聞いているだけ.飽きると昼寝(^^;).

ほかの授業では,どんなことをやってるのかと心配になります.
ま,所詮,非常勤ですから,大学の方針とやらに関わり合いはないですがね.
しかし,一般市民,普通の国民としては,こんな教育やってたらこの国はダメになるという不安感でいっぱいです.

もうダメなのかもしれないですが.
だって,この“教育”は,もう何世代にもわたって続けられてきて,そういう思考の人たちが,既に日本の中枢にたくさんいることがはっきりしてるからです.

判りやすい授業は,学生をダメにするかもしれない….
考えよう….
 

2012年7月1日日曜日

先日読み終えた本


この間,待ち合わせ時間まで少し間があったので,ブックオフで時間を潰してました.
そこで,ブックオフには場違いな本を発見.つい,買ってしまいました((^^;).


   



興味深い内容でした.
10数年前に,ヒステリックなエコマニアの主張に,ちょっとウンザリだったので,まともなエコロジーの本を探しましたが,当時は,ほとんど見つかりませんでした.
当時は,本当に「生態学」の本か,ヒス・エコマニアの本しか,無かったんですね.

この著者は,私が普段,疑問に思っていることを見事に整理してくれています.
なんかすごく当たり前のことしか書いてないのですが,ヒス・エコマニアが蔓延してるおかげで,逆にすごく新鮮になっているわけですね.
+++

本文中のエピソードを読んでいて,思い出し笑いしました.

それは,ある学校の校長先生が「雑草という植物はない」と演説した話.
あとで,その校長に「植物にお詳しいのですか?」と訊ねたら(博物館の手伝いをさせようと企んだ(^^;),帰ってきた返事が「いえ,まったく知りません」.
「?」

ま,こんなもんさ.
「雑草という植物はない」などというセリフは,目につく植物の和名・学名はほとんどすべて知っている人が言ってこそ「意味がある」んで,かっこよさそうなフレーズだからというだけで使ってはいけませんね.

歪んだ「エコ」を他人に押しつけるエコ・マニアとな~~~んも変わらんですからねえ.

え? 私?
私も,現世植物の名前なんか,ほとんど知りません.
だから,使うフレーズは,「どんな生きものにも,数百万年,数千万年の歴史がある」です((^^;)