2010年1月21日木曜日

Puzosia の展開

 
 北海道産の著名なアモンナイトの一つにPuzosiaというのがあります.

 この一つの学名 Puzosia から,どんなことがわかるか,まあ,一種の情報サーフィンですね.やってみたいと思います.なお,話のベースは,以下の本からスタートし,つねに,この本にもどることで構成されています.

Wright, C. W., Callomon, J. H. & Howarth, M. K., 1996, Ammonoidea.
Treatise on invertebrate paleontology, Part L, Mollusca 4, Vol. 4, Cretaceous Ammonoidea. Geol. Soc. America, Inc. & Univ. Kansas, Kansas, 362 pp.


 まずは,正式な学名から.

Puzosia Bayle, 1878

 これは,属名です.最初のPuzosiaは属名.二番目は記載者で,三番目がその記載年です.

 まずは,記載者であるBayleさんについて.
 Bayleさんがどういう人であるかなどということは,これまでの状況では,まず,入手不可能な情報でした.数少ない,日本で入手できる地学史(地質学史)の本を開いても,Bayleという人の名が出てくることは,まず,ありません.
 科学史(地学史・地質学史)はまだ幼稚で,かなり特殊な立場の科学者のことしか扱っていないというのが事実のようです.

 ありがたいことに,我々は,いまインターネットを利用することができます.ま,ほとんどガラクタ情報ばかりですが(私のブログも含めて(^^;),か細いながらも,必要な情報にアクセスすることが可能です.かなりのテクニックが必要ですし,見つけた情報が正確なものかどうか,クロスチェックする必要もありますけどね.

 細かい経緯は抜きにして(^^;.

Bayle = Emile Bayle (1819-1895):仏国の地質学者・古生物学者.パリ鉱山学校・鉱物学教授,仏自然史博物館,古生物学委員長.

 情報元が,仏語なので,この程度にしかなりません(私は,フランス語がわからないので).ま,いいでしょ.


 話を戻します.
 さて,属名Puzosiaについて,みてみましょう.

Puzosia = Puzos-ia =「Puzos」+「に属する」

 と,分解することができます.
 Puzosとはなんでしょう?
 Puzosについては,よくわかりません.しかし,いろいろ調べてみると,Scaphites (アモンナイト)についての論文を書いていることがわかり,その言語が仏語なので,仏国人・古生物学者であろうことが推測されます.

 前出のBayleさんのことを考えても,フランス人は古生物学や地質学に対して,相当の貢献をしているようなんですが,地学史上では,かなり不等な扱いを受けているように見受けられます.なにか,英国人の業績ばかりが目立つように仕向けられている気がします.
 見なおしが,進んでいる最中なんでしょうけど,近代地質学が英国から始まったという伝説が,いまだに横行してますよね.科学史家には,がんばっていただきたいものです(特にフランス語ができる方に).
 ま,フランス人は自国語でしか論文を書かないのも,原因の一つなんですけどね.

 さて,Puzosia Bayle, 1878の模式種は,Ammonites planulatus J. de C. Sowerby, 1827.

 蛇足しておけば,模式種とは「属」を定義するときに,著者がその属の「典型的な種」として選定したものをいいます.

●J. de C. Sowerby 
 まずは,記載者のJ. de C. Sowerbyから.

J. de C. Sowerby = James De Carle Sowerby (1787 - 1871) : 英国の博物学者.

 父親のJames Sowerby (1757 - 1822)も博物学者で,こちらもアモンナイトの記載を残していますね.アモンナイトとの関わりはわかりませんが,J. de C.の兄弟である,George Brettingham Sowerby I (1788–1854)とCharles Edward Sowerby (1795–1842)も博物学者.
 博物学者一家ということですね.うらやましい限りです.
 もっとも,この時代,知識人はみな博物学者なので,「博物学者」という「くくり」には,あまり意味がないかもしれません.


Ammonites
 続いて,属名のAmmonites
Ammonites = Ammon-ites=「Ammon(の)」+「化石」

 「Ammon(アッモーン)」は,ギリシャ語では「アムーン[Ἄμμων]」.エジプトの主神「Amun」のことです.エジプトではなんと呼んでいたのかは,定かではありません.
 Ammonは「羊」の形で表されることも多く,人間の形で表されるときも,巻いた「角(つの)」をもって表現されています.Googleで「Ammon」を画像検索してみてください.
 この「巻いた角」が典型的な「アモンナイト」の形に重なっているわけです.なお,アモンナイトは日本では“アンモナイト”と表記されていますが,これは何語でもない単なるカタカナ語もしくは俗語.語源からいけば「アッモーンアイト」.英語でも「アモナイ」.決して「アンモナイト」ではありません.
 ここでは,「アモンナイト」と表記することとします.

種名 planulatus
planulatus = plan-ula-atus =「平らな」+《縮小語》+《形容詞化》=「小さな平板状の」

 と,いうふうに分解できます.なお,plan-の語源=[πέλανος]は「丸いケーキ」を意味していますので,「平板」よりも「円盤」をイメージした方がよいかもしれません.なにしろ,アモンナイトの中では小さな円盤状をしているように見えるのがAmmonites planulatusだったわけです(ま.ほとんどのアモンナイトが「小さな円盤状」ですけどね).

 当初は,みな属名Ammonitesですんでいたのですが,博物学者の記載が進むうちに,形態分類がおこなわれ,それぞれに新しい属名がつけられてゆきました.その一つが,Puzosiaというわけですね.

Puzosia
 Puzosia属は,白亜紀を通して,全世界的に繁栄していたようです.なぜって,化石がそういうふうに産出しているからです.
 そのため,Puzosia属を細分しようという試みがなされ,以下の四つの亜属が提唱されています.

Puzosia ( Puzosia )
Puzosia ( Anapuzosia ) Matsumoto, 1954
Puzosia ( Bhimaites ) Matsumoto, 1954
Puzosia ( Mesopuzosia ) Matsumoto, 1954

 すべて,記載者はMatsumotoさんですね.
 Matumotoは,昨年亡くなられた松本達郎(1913 - 2009)・九州大学名誉教授のこと.


Puzosia ( Puzosia )
 Puzosia ( Puzosia ) はMatsumotoceras Hoepen, 1968として提唱されたことがありますが,P. ( Puzosia )のままでいいという判断ですね.
  MatsumotocerasのMatsumotoはもちろん松本達郎氏のこと.松本氏のアモンナイト研究に対する貢献を表して,命名されたものです.しかし,意味を考えるとMatsumoto-ceras =「松本(の)」+「角(つの)」ですから,松本氏には「角があったんかいな?」ということになり,こういう合成語は「失礼」と考える人たちも多いです.
 ただ,アモンナイト関係に限らず,けっこう多いですね.この手の合成語は.
 命名者のHoepenはE. C. N. van Hoepen のこと.ただし,van Hoepenの詳細は不明.書かれた論文からは,オランダ人かと思われますが,何とも.


Puzosia ( Anapuzosia ) Matsumoto, 1954
Anapuzosia = ana-puzosia=「類似した」+「puzosia」

 なるほど.「類似したpuzosia」という意味ですか.

 なお,Matsumoto (1938)に一度,Anapuzosiaという名が出ていますが,これは「nom. nud.」= nomen nudum =「裸の名」=「記載のない学名」.Matsumoto (1954)になって,やっと正式に記載されたということです.
 こういうことはよくあることのようですが,やるべきではないですね.ほかの研究者が混乱してしまいます.

 Puzosia ( Anapuzosia ) の模式種が,[Puzosia buenaventura Anderson, 1938]です. 

 ここで,buenaventuraはSan Buenaventura, California (USA)の都市の名を採ったようですね.
 記載者のAndersonはFrank M. Anderson (1863 - 1945)(不詳:米国の古生物学者)のこと.著者は著作を見る限りでは,北米太平洋岸,とくにカリフォルニア付近の白亜系から第三系にかけての層序の研究を専門としていたようです.

Puzosia ( Bhimaites ) Matsumoto, 1954
Bhimaites = Bhima-ites=「Bhima」+「の化石」

 Bhimaとは,インドの叙事詩「マハーバーラタ」に登場する英雄のことで,怪力の持ち主とされています.化石に,実在の人物の名ではなく,伝説に登場する人物(神or悪魔)の名を採るのはよくあることです.ちなみに,模式標本はインド産.
 模式種は[Ammonites bhima Stoliczka, 1865].と,すると,亜属の名は,種名を格上げしたということになりますか.

Puzosia ( Mesopuzosia ) Matsumoto, 1954
Mesopuzosia = meso-puzosia=「中間の」+「puzosia」

 どういう意味で「中間」なのかは,よくわかりませんが,palaeo-, meso-, neo-とか,ortho-, meta-, para-などのように,お互いに関連をもたせたような命名はよく使われる方法ですね.

 この模式種はM. pacifica Matsumoto, 1954.こちらも,1938年に[nom. nud.]で初出し,1954になって正式に記載されたもの.
 種名pacifica (パーキフィカ)は pacificus (パーキ・フィクス)=「平和をつくる.平和な」の《女性形》.ここでは,「太平洋の」という意味でしょう.模式標本は日本産ですが,この仲間と考えられるものは,オーストリア・アンゴラ・マダガスカル・南インド・アラスカ・カリフォルニア・ベネズエラからも産出しているようです.

Pteropuzosia Matsumoto, 1988
 模式種をP. kawashitai Matsumoto, 1988として立てられたPteropuzosia Matsumoto, 1988は,Puzosia ( Mesopuzosia ) のシノニム(同物異名)とされています.たぶん,性的二形と考えられているのでしょう.

Pteropuzosia = ptero-puzosia=「翼状の」+「puzosia」

 この実物は見たことはありませんが,記載によると,軟体部が入っている部分が膨れあがり,「翼状の」出っ張りがあるとか.一般にこういうのは雌のアモンナイトと考えられていますね.部屋が異様に膨張しているのは子供を産むためだとか.こういうのを「性的二形」といいます.


 なんか,「落ち」がありませんが,何とかまとめましょう.
 このネタ本のWright, C. W.ほか(1996)には,Mesopuzosiaの典型的な例として,Puzosia ( Mesopuzosia ) yubarensis (Jimbo)の写真がでています.yubarensis はもちろん,夕張にちなんだ名で,「夕張産の」という意味.
 我々地質屋には,夕張市の再生を期待し,支持しているものが多いのですが,この学名からもわかるように,夕張は地質学的にも重要な地域だからです.

 

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