2015年2月8日日曜日

大立目謙一郎氏の肖像

 
以前に北大地鉱教室の大先輩である大立目謙一郎氏について紹介しました.
その時は,残念ながら氏の御尊影が見つかっていず,載せられませんでした.

以前に古書店から入手した「鈴木醇=人とその背景=」を眺めていたら,掲載された写真の隅に写っているのを見つけました.

「昭和九年 北大理学部地鉱教室職員」という写真です.
この中で,実際にお目にかかったことがあるのは,石川俊夫先生ぐらいですかね.

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2015年2月6日金曜日

アイヌ民族誌と知里真志保さんの思い出(あとがき)より

 
どうしても,この「あとがき」を公開したくって,かってにコピペします.
築地書館さんご免なさい.

あとがき
(前略)
この書物には私の非力から、アイヌ民族が東北地方や北海道で受けてきた不当な圧制といわれのない差別待遇についての真相が、ほとんど述べられていないことは申しわけない次第です。また知里真志保博士の逝去ののちの、アイヌ学界の動向について、これまた私の無能力から何も述べることができませんでした。しかしながら、アイヌ民族出身の多くの方がたがアイヌ文化についていろいろの出版物を公表しているのは顕著なことがらであるように思われます。

私は希望者に日本語と平行してアイヌ語の教育をする国立の小・中・高校というものができればよいと思っています。いわゆる同化政策の一本槍を、やむをえないと言うのは少数となった民族に対する正しい政治とは思われません。国民のなかにアイヌ語およびアイヌ文化が正しく理解されるのは大切なことだと思われます。
イギリスにおいても、英語のほかにウェールス語の教育は重要なことになってきていると聞きます。さらに朝鮮民族起源の日本人に対しても同様の教育が保証されるべきものであると考えています。

適当な都市や地方を選び、少なくも四つの権威ある民族博物館が建設さるべきものとも考えます。そこで、いわゆる日本人の祖先集団の言語や文化が、本格的に掘り起こされる必要があると思います。縄文人の末裔をはじめ、古南方民族・アイヌ民族・弥生時代に渡来した人びとの子孫集団、さらに近世になってからの、中国や朝鮮からの移住者は、みな近い親類であり、いまでは言語・習慣のうえでたがいに何の相違もなくなっております。たがいに影響し合い差別意識などをもったり、差別的な行為を許すべき何の理由もありません。遠い祖先がどんな系統に属するとしても、人としてまったく平等であることは自明のことであります。民族学や人類学には、それぞれの方法も目的もあるのでしょうが、その基礎には、すべての人びとがたがいに兄弟であり、同じ仲間であり、したがってたがいに幸福に生き続けなければならないという共通の理念がなければなるまいと思います。

人に関する科学は終局において深い人類愛を信条とするものでなければ無意味であるとも思われます。このことを私は強調したいと思うのです。さらに狭く日本国民というわくをはずし、広い視野から、世界のいかなる土地に住む人びとも、われわれの兄弟であるという自覚に到達するような人類学こそが発展させられるべきものでありましょう。したがって戦争がいかに罪ぶかい行為であるかということを確信させるようなものが人についての科学から当然なこととして浮びあがらなければならないものだと私は信じます。
(後略)
              一九八二年七月          湊 正雄


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今から,30数年前の本の「あとがき」ですが,ひとつも実現するどころか,正反対の動きが席巻していることが哀しいかぎりです.

2015年2月5日木曜日

アイヌ民族誌と知里真志保さんの思い出

 
最近は便利なもので,すでに絶版になった書籍がインタネットで簡単に手に入ります.
で,つい買ってしまったのが湊正雄(1982)「アイヌ民族誌と知里真志保さんの思い出」.
以前は,その気で古書店巡りしても,巡り会うことは困難でしたね.




いい本でした.
現代的な,学問的な意味での妥当性については,私には評価できませんが,いくつか謎だったことが理解できたような.

そのひとつは,「おっちゃん(注:湊先生のこと)はストリー・テラーなんだよ」(小M先生談).
湊先生はたくさんの本(専門書も一般読者向けも)を書いてますから,そのことだろうと思っていましたが,どうやら,そうではなかったようです.
湊先生は,数少ない事実から遠くを見通して,ひとつの判りやすいストーリーをつくるのが天才的だったようです.
この本では,アイヌ民族の歴史が判りやすいかたちで示されています.先生の本以降に書かれた本を読んでも,曖昧なところが多くて,アイヌの足跡というのは理解できなかったものです.見方が違うんでしょうね.
ただ,今から三十年以上も前に書かれたストーリーですから,それ以降に集められたデータと調和的なのかどうか,それは私には判りません.
きっと穴だらけ,矛盾だらけなんだろうとは思いますが.


もうひとつは,なぜ北上山地の「古生界の研究」で,すでにエキスパートだった湊先生が「第四紀学」にも手を出したのかということ.

北大地鉱教室では,戦前に千島列島の調査に教室として取り組んだことがあります.その時に湊先生も(最初の調査時は学生だったらしい)参加なされているわけですが,調査を手伝ってくれた千島アイヌたちの人間的なすばらしさに感激して,アイヌ民族に興味を持ったそうです.
そして,当時岩石学講座や鉱床学講座を担当しておられた鈴木醇教授の紹介で,知里真志保氏と面識を持つことになります(昨年の,北大博物館の講演会では「おたがい偏屈同士で友達がいなかったから仲良くなったらしい」などと冗談で言ってしまいました.乞う,お許し:今度機会があれば訂正しときます.(^^;).
そして,日々,アイヌ民族とその歴史について,知里さんと議論を戦わせていたようです(湊先生は「教えられた」と,いっています).

一方,湊先生は知里さんから教えられた情報を元に,自らのルーツを考えることになります.
湊先生は,秋田県出身ですが,自らの容貌から秋田あたりに居た蝦夷の血を強く受け継いでいることを意識したようです.
知里さんは,秋田はおろか沖縄あたりまで,現在のアイヌ民族を成立させたルーツが住んでいたと考えていたそうです.南方から,朝鮮半島から,サハリンから,現代では考えられないほどの機動力をもって日本列島に移動してきた,といった方がいいのでしょうか(現代日本人はハイブリッド民族なのです).
必然,湊先生は知里さんが専門としない地史=第四紀学に引きつけられて,知里さんのアイヌ学を補完しようとしていたのだと考えられます.

そして,湊先生の学問の,もう一方の柱である「古生界の研究」の集大成には,蝦夷・安倍貞任を首魁とする安倍族から「安倍族造山運動」が名付けられたわけです.
あれから,約30年.「地向斜造山運動論」は単なる虚構とみなされ,「安倍族造山運動」は死語になってしまいました.

人の命と同じように,学説も儚いもののようです.
イヤ,ひとつひとつの積み重ねが,少しずつわれわれを取り囲む謎を明らかにしていってるんだと,考えるべきなのでしょう.偽か,正か,ではなく,積み重ねのひとつなんでしょう.
そして,わたしは若い頃に,学問の巨人に会えたことを「幸せ」と考えています.
 

2015年1月24日土曜日

99.9%は仮説

 
かなり以前に買って,少し読んで放置してあった本.
少し時間ができたので読んでみた.なぜ途中で放棄したのかが思い出せました((^^;).



著者は,少し物理学を齧ったことのある「ほら吹き」という感じですね.
科学論でもなんでもない.

だいたい,この表題はなんだろう.主語がないではないか.これを読む人は“科学は”という前提で読むだろうという想定なんだろうけど,洒落臭い.
自然科学が扱うものは「取り決め」であり,仮説ですらない(仮説と言えるのは取り決めの上になりたつ「理論」のこと).
自然に存在するモノのうち,ある部分を切り出して「A」と呼ぶ.それが取り決め.別の部分を「B」と取り決める.そうすると「A」と「B」との関係を議論することができるようになる.
取り決めを壊して「わたしのはAではなくA’です」とあとからバラしても,詐術であることには代わりがない.

著者は,世界地図をひっくり返したモノを示して「これはなんでしょう」と,問う.世界地図をひっくり返したモノにすぎないが,著者はそう思うのは頭が硬くなった人だという.

バカ言うんじゃあない.
地図の上が北であることは「不文律(の取り決め)」である.北が上でない場合は「北をどちらと設定しているか明示」しなければならない.そうでなければ,会話が成立しない(地図にもならない).
「オーストラリアでふつうに売っている世界地図」には,方位が示されていないというのかい?

以下,怪しげな法螺話が続きます.

やり口としては,共通の取り決めの上での議論であるはずのことを,次元を変えてしまって(共通の取り決めを勝手に放棄して)「ほら見ろ違うだろ」という.
買う必要もないし,読むこともお勧めしません((:-p).
 

2015年1月22日木曜日

アンモの地球生命史

 
FBの方にも書いたのですが,あまりに面白いので,残しておこうと.

「アンモの地球生命史」小川隆章


むかし,「大人の童話」で探ってたのと同じ方向ですか.(^^;

もう,紙版は絶版のようですが,Kindle版は販売されているようです.

エンレイソウ属

 
先日,エンレイソウ属(genus Trillium)の話題がFBであり,「学名の意味が怪しい」と発言してしまいました.
理由は,以前調べたら「わからなかった」からです.

ある日本人が著した「植物学ラテン語辞典」には,Trillium=Tres+Lilium,ということで,「三つの」+「ユリ」であると載っているらしいです.詳しくはどう書かれているのかは未見なのでわかりません.
どうやら,その“辞典”では「Trillium」を最初に使用した学者についても,引用はしていないようです.つまり,「植物学ラテン語辞典」の著者の解釈ということらしいです.

しかし,この説が正しいとするとTri-LiliumなのでTrililiumになるはずです.Trilliumにはなりません.
気になったので,調べてみました.
以前調べた時には,ネット上の情報に限界があって,調べられなかったのですが,今回は少し前進.

まず,エンレイソウ属の学名は(genus Trillium)でよろしいようです.
で,Trilliumの原著者は…予想したとおり,リンネでした.
つまり,genus Trillium Linnaeus, 1753ということです.
以前はここで限界でした.今回ネット上の情報をサーフィンしてみると,Linne (1753)がpdf.化されているのが見つかり,そこから画像を拝借しました.

表紙


問題のTrilliumは,その339-340頁に載っています(解像度が悪いのはご勘弁).

p. 339


p. 340


残念ながら,etymologyについては,載ってませんね.
これが,混乱の原因でしょう.だから,「解釈」せざるを得ないのね.
日本では,Trilliumの解釈は,前出の「三つのユリ」説が主のようですが,外国ではスウェーデン語のtrilling(=3)が語源であり,それにラテン語語尾の-iumを付加したものというのが主なのです(つまり,「小さな三/三つのもの」).

しかし,どちらも「解釈」なのに,解釈であることを明言していないようです.
さて,そうなると探索は,ここで行き止まり.

考えられるのは,外国でいわれているスウェーデン語のtrillingのラテン語化(リンネはスウェーデン人)か,誤植かです.ただし,書籍の方ではTRILLIUMというのは複数回でてきますから,単純な誤植ではないと考えるべきでしょうね.

むかし,イチョウの学名が,なぜ Ginkgo であって Ginkyo でないのかを疑問に思った地質学者が,原標本のラベルを調べに外国までおもむいた話を思いだしますが,わたしにはそんな力はありませんので,ここまでですか((^^;).


ところで,リンネ以前はなんと呼ばれていたかというと,Solanum triphyllum (=三葉のナス)のようですね.リンネ分類ではエンレイソウ属はナスの仲間ではなく,ユリの仲間なので属名を創設したということですね.

2014年11月28日金曜日

「先カンブリア-」という言葉

 
カンブリア系(Cambrian)という地層が認識されたのが,1836年.
英国のシジュイック(A. Sedgwick)の造語でした.英国Wales地方の古名「クムブリア(Cumburia)」のバリエーションである「カムブリア(Camburia)」に,英語・形容詞語尾である-anを使ったもの.
この英語・形容詞語尾の-anは,ラテン語の-ānusを借用したもので,この場合は,本来は形容詞ですが,しばしば名詞として用いられるそうです.

したがって,カンブリアンは「形容詞であるとともに,時代・地層・岩石のどれをも表す名詞でもあ」ったわけです.文脈上でわかる時を除いて,これは,しばしば混乱を引き起こしますので,困ったものです.
これを日本語に訳した時には,原語の「カンブリア」に地層を表す「系」か時代を表す「紀」を必ずつけます.原文にCambrianとしか書いてなければ,文脈でもって判断するしかないわけです.


ところで,1845年に,英国のマーチソン(R. I. Murchison)ほかが,カンブリア系の下位にある地層に「アゾイック(Azoic*)」という用語を提唱しています.
「アゾイック(Azoic*)」はギリシャ語のἀ-(否定辞)とζωικός (=動物の,動物に富む)からつくられた言葉.したがって,日本語では「無生代」と訳せます.


さて,J. S. Dana(1872)は北米で,片麻岩のように高度の変成作用をうけた岩石と,それらをおおって変成作用をまったく受けていないか,または弱い変成作用しかうけていない地層を識別しました.
これらは英国地方のアゾイックに相当すると考えられ,それにArchaean (or Arche'an)の名を与えました.Archaeanはギリシャ語のἀρχαῖος (=始原の,古い)に英語・形容詞化語尾-ean (ラテン語・形容詞化語尾-eanusの借用)を加えたもの(ギリシャ語と英語とラテン語がゴッチャになってる⇒品がない言葉:失礼!).
その時に,こういってます.
「Archaean層のどの部分であれ,一つの時代に属しているという生命の証拠がなければ,Archeozoicと呼ぶべきではない(生命の証拠が見いだされれば,Archeozoicと修正されるであろう)」
つまり,-zoicというのは「生命の証拠」に基づくべきで,「アゾイック(生命が居ない時代)」という用語は,言葉そのものが矛盾している,ということですね.
その上で,「動物(この場合は生命)」を示す語根をなくして「アルカエアン(始原の)」という言葉を造ったわけです.
日本の英和辞典ではArchaeanに「始生代」の訳を与えているものがありますが,造語した人が「やってはいけない」と注意書きした間違いを犯しているわけです.
だから,Archaeanは「太古(代/界)」と訳し,Archeozoicを「始生(代/界)」と訳すのが正しいわけです.


ところで,「プレカンブリアン」だれが造った言葉かはわかりません.
しかし,1878年に英国でつくられたようです.そして,1896年に米国のC. R. Van Hiseが「下部カンブリア系よりも古いすべての地層を意味する」と定義しました(松下,1967).

さて,「先カンブリア(系/紀)」という言葉があります.
これは,元はプレカンブリアン(Precambrian)という英語.この場合は,pre-は「『(時間・時代・時期的に)前…』,『(地位,順位が)上位の,すぐれた」の意を表す」(研究社 新英和大6)ですから,困ったことになります.
なぜなら,プレカンブリアンが時代の場合は「カンブリア紀より前の…」ですし,地層の場合は「カンブリア系より上の…」を表してしまうことになります.まったく逆ですね.
実際には,「プレカンブリアン」といった場合には,時代的には「カンブリア紀より前…」を示しますし,地層としても「カンブリア系より下の…」を意味します.不思議なことですが.
だから,地質学では「プレカンブリアン」は常に「時代を示す」ことになってしまいます.だから日本語に訳した時は必ず「先・」なわけですね.「下カンブリア系」という訳語は使われない.


(多分ですが)これは「世界最初の地質図はW. スミスによってつくられた」という伝説を維持したいがためなんではないかと思ったりして(実際には,フランスのキュビエとブロンニアールが,ほぼ同時か先行して地質図作成を行っているようです).
スミスは英国地質図を描く時に「化石による地層同定の法則」を提案しています.世界最初といわれています(実際には,フランスのキュビエとブロンニアールが,ほぼ同時か先行して化石による地層対比を行っているようです(^^;).だから,英国人にとっては,「地層=時代」だったわけですね.

これは,「化石がでる地層」の場合は問題ないわけです.
が,カンブリア系の下には化石のでない地層がまだあり,化石がでないので時代が決まりません.だから「地層でしかなかった」はずなのです.だったら,「サブ・カンブリアン(Subcambrian)」か「ヒュポ・カンブリアン(Hypocambrian)」のはずですが,そうなっていない.不思議です.
それはともかく,カンブリア系の下にある地層は,化石が産出しないので「時代が決定できない」.したがって,研究不可能=非・科学的=研究放棄.ということになります.プレカンブリアンという言葉は「こっから下は研究しませんよ」という宣言の言葉だったのでしょうね.少なくとも,英国ではそうでした.


そして1954年,カナダのガンフリント層(約19億年前とされる)から藍藻化石(現在ではシアノバクテリアと呼ばれるのが普通)をはじめとする顕微鏡的な微化石が発見***され,アーケアン(太古代)は,アーケオゾイック(始生代)と呼んでもいいことになるわけです.


ということは,「プレカンブリアン(先カンブリア)」という言葉は,すでに意味のない言葉になっているはずですね(なぜ,まだ生き延びてるんでしょう?;そもそも英国でしか役に立たない言葉だし(^^;).
俗語ならともかく,学術用語として使うのはやめてほしいものです.「英国が地質学の中心」伝説でもあるのでしょうかね(じつは地質学史を調べると…それは,ある).
英国では「無生代(Azoic)」,「先カンブリアン(Precambrian)」として研究放棄した地層・時代について,北米では研究できることが明らかにされ,地層名・時代名も提案されたわけですから,それを使うべきでしょう.
使うにしても「先カンブリア紀」ではなく,せいぜい「先カンブリア時代(Precambrian Age)」でしょうね.

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* Murchison, R. I., De Verneuil, E. and Keyserling, Von A., 1845, Geology of Russia in Europe and the Ural Mountains, 2 volumes, London.

** Dana, J. D., 1872, Green Mountain Geology. On the Quartzite.
The American Journal of Science and Arts. vol. 3, nos. 13-18, pp. 250-256.

*** Tyler, S. A. and Barghoorn, E. S., 1954. Occurrence of structurally preserved plants in Precambrian rocks of the Canadian Shield.
Science, 119: 606--608.