まだ生きてますので,ご心配はご無用に.(^^;
Mac OSのv. upとアプリ販売方法の変化により,ブログ投稿環境が急速に悪化したためです.それを乗り越えて...という根性が...
それと,Facebookの利用が増えたため,わたしの「しゃべる」が満足されているため.(^^;
ご心配な方はFBを通じて消息をご確認ください.
2017年1月17日火曜日
2016年7月4日月曜日
思いだしたこと
ここ半月くらいの間で,上川盆地関連の論文を数十単位で読んだ.
そこで思いだしたことがある.
それは,化石が産出したぐらいでは地層の時代は決まらないこと.
大げさにいえば,すでに時代は「生層序学の終焉」を迎えていたということ.
それで,多くの生層序屋が限界を感じたんだな.
「オリストストローム」,「メランジ」,「付加体」…,これらの概念が生層序学を吹っ飛ばした.
たとえば,「Aという地層の中に含まれている石灰岩からαという化石を産出した」…むかしは,そのαという化石が示す年代をそのまま,「Aという地層」の年代としていた.
ところが上記の概念によって,その石灰岩は「別なところから運ばれてきた」ものであり,地層の年代は示していないという厄介なことになったのだ.
結局,その石灰岩は異質な岩体であるから,石灰岩の「母岩となっている地層と同時代の化石」を探さなければならないのだ.それには,緻密な地質調査とある程度の実験施設が必要になった.母岩を破壊し,中の微化石を抽出しなければならないからだ.
母岩から僅かな微化石が産出したとしても,対比すべきスタンダードが「正しい」のか再検討・確認しなければならないし….模式地の検討が遅れていれば,それで終わり….海洋底堆積物に含まれる微化石がスタンダードとなったが,それはせいぜいジュラ紀ぐらいまでしか遡ることは出来ないし….
つまるところ化石学は,アマチュアにはつまらない学問と化した.むかしは,アマチュアでも発見すれば科学に貢献できたのだが….
科学の他の分野では「ビッグ・サイエンス化」に伴う一般人の科学離れがおこっていたが,それとおなじことが化石の世界でも起こっていたわけだ.
しかし,よく考えれば,かなり以前から「タービダイト」という概念はあった.大陸棚にいったん溜まった堆積物やそこに生息していた生き物が大陸斜面を滑り落ち,そこに落ち着いたわけだから,厳密には地層が溜まった時代と化石の示す時代は…すでに同じではなかったわけだ.
同様に「現地性化石」,「異地性化石」という概念もあった.まあ,この場合だって「ほとんどの化石は異地性」だったし….
とはいえ,地質学的には,ほぼ同時代で済ましていたんだな.
古生代の化石が石灰岩とともに,白亜紀の地層に紛れ込んでくるとなると「だいたい同じ」ではすまないし….
さて,一番の問題はそういうところも含めて「ジオパークは面白い」と見せる(魅せる)ことができるかなんだが…(^^;;;.
2016年5月13日金曜日
「北海道地質総論」の用語
ブログ更新,とどこおってますが,ちゃんと生きてます.(^^;
現在,來曼(1878)「北海道地質総論」をテキスト化中.で,忙しいのです.d(^^)
ほかに,この地方には雪解けとともに片付けたり,準備したりしなけりゃならないものがたくさんありますもので.(^^;;
de,「北海道地質総論」
その中に,見慣れない用語がたくさん出て来ますので,ちょっと紹介.
まずは,「煤炭」.これは,現代の言葉で「石炭」のこと.
日本では江戸時代から「石炭」という言葉が使われていましたが,明治にはいって「煤炭」が用いられるように.これは中国の「煤炭[méi-tàn]」の借用語.なぜ,明治期に入って使われるようになったのかは不明ですが,すでにライエルの「地質学の基礎」が「地学浅釈」として中国語訳されてますので,その影響かも知れません.
つぎは「骨状煤炭」.
これは「bony coal」の和訳.なぜbonyなのかは置いといて((^^;),これは「劣質炭」を意味します.
蛇足しておけば,これは英語ではなく米の地質屋スラング.
さて,普通に出てくる堆積岩.細かい方からいくと….
「舎兒」.中国語では「家の子」という意味らしいですが,この場合は違います.
「舎兒」=「シャー・エル」つまり「シェール[shale]」のこと.語源はチョットわかりません.調査中です.
つぎに「坭石」.「坭」は「泥」の旧字.すなわち「坭石」は「泥岩[clay stone]」のことです.
も少し粗くなって….
「沙石」.「沙」は「砂」のこと.なお,英語版のLyman (1877)では「sand rock」になってます.
さらに粗くなって….
「粗糙(そそう)沙石」.「粗」は普通につかいますが,「糙」とは「黒米」のことらしいです.でも,この場合は「粒」を表してるんだろうとおもいます.つまり,「粗粒砂岩」のこと.英語版では「coarse sand rock」になってますね.
もっと粗くなります….
「石子」.「石子」ってなんだろうと少し悩みましたが,英語版を見ると「pebble」になってました.「小礫」のことでした.
面白いのが,
「豆大豆子層」.なんじゃろうと思いましたが,英語版では「Bean size pebble rock」.なるほど((^^;).
で,堆積物の中に「雲母[mica]」が目立つと…「枚格状=micaceous」とありました((^^;).
さて,色の道はむつかしい…((^^;)と,いいますが….
「銷泐變棕色」.わかんね~((^^;).読み方も,どこで切るのかすら?((^^;).
では解析.
「銷」は音読みでは「ショウ」,訓読みでは「と・ける,け・す」と読みます.
「泐」は音読みでは「リョク,ロク」ですが,現代日本では使用しませんね.で,中国語辞典を見ると「石が筋に沿って割れる;書写する;彫る」など.
「變」は「変」の旧字です.
で,最後の「棕」ですが,「シュ」と読むらしいことはわかるのですが意味がわかりません((^^;).
でもなんとなく,「銷泐」が風化して脆くなったもの.「變棕色」は色らしい,ということは推測できます.
で,伝家の宝刀(でもないですが(^^;)を見ると該当する個所には「weathering brown」がありました.なるほど,“風化した茶色”ですか.
2016年3月30日水曜日
アラビア科学
以前から気になっていたアラビア科学ですが(実際に興味あるのは,歴史としての「イスラム地質学」ですが),チョットした取っ掛かりが見つかり,しばらくそこに没頭してました.
取っ掛かりとは,
伊東俊太郎(1978, 2007)近代科学の源流.
伊東俊太郎(1993, 2006)十二世紀ルネサンス.
伊東俊太郎・広重徹・村上陽一郎(1996, 2002)改訂新版 思想史の中の科学.
いろいろ興味深いことはありますが,まとめると….
「異文化は受け入れた方が発展するのであって,文化を守り始めるとあっという間に腐る.」
具体的にいうと,ギリシャ文化を受け入れ,ヨーロッパ・キリスト教世界で異端とされ,排除された耶蘇教各派を受け入れたアラビアは科学革命を起こす.アラビア世界はもちろん,当時,インドや中国とも交流があり,さらには日本にもそれらは輸入されている.
一方,ヨーロッパ・キリスト教団(カトリック)はどんどん硬直化し,ヨーロッパは中世暗黒時代を迎える.
その後,アラビアで発展した文化を受け入れたヨーロッパはルネサンスをおこし,一方の文化を守り始めたイスラムのためにアラビア世界は頑迷となる.で,現代に繋がるというのがアラビア科学史の顛末.
ということで,学校で「ルネサンス」を習ったときには,なんで「(文芸)復興(or 再生)」なのか,意味がわかりませんでしたが,「もともとギリシャにあった文化」がアラビア世界で発展し,ヨーロッパの一部まで拡大したアラビア世界から,ヨーロッパ世界がその文化を学び(つまり帰ってきた),ヨーロッパで更に発展したから「ルネサンス=再生」な訳ですね.
これらを読んで,入手したのが「アラビア科学」に関する”真面目な”研究の情報.
以前やってたときは,見つからなかったンですがねえ,
矢島祐利(1965)アラビア科学の話.
矢島祐利(1977)アラビア科学史序説.
1965は「岩波新書」で,1977は箱入りの立派な装丁です.
ちなみに,第一次オイルショックは1973年のこと.
それまで日本人はオイルをたくさん使いながら,そこから輸入しているアラブ世界のことなんか,これっぽちも考えていなかった.焦って研究者を探した結果が「立派な箱入り本」なのかな?
でも,1965も,1977も,アラビア科学に関する具体的な記述はほとんどなく,発見されてるラテン語本を英訳したもののリストに過ぎません.「アラビア地質学」までは,まったく到達しない.
まあ,「発見されたラテン語訳の本」,それを発見した「西欧の研究者の眼」さらに,それを研究しようとしている「日本人・科学史家の眼」,と,二重三重のフィルターを通しているわけで,”アラビア科学史”の概略すら「いまだに,わからない」のは,仕様がありません.ましてや,”地質学史”なんてね.(^^;;
そして,これ以降,アラビア科学史研究は,まるで見つからないのです.
オイルを断たれて真っ青になった日本人.その時だけは,アラブ世界に目を向けようとしましたが,オイルの安定供給が始まると,またすぐに「のど元過ぎれば…」だったようです.
日本人がアラビア世界を理解しようとしなかったことと(たぶん,同様に世界も),いま,イスラム過激派が世界を震撼させていることと,「関係がある」とはいえないでしょうけど,誤解がさらに悪い関係をまねくことは考えられることです.
さて,21世紀になってから,日本で出た本が一冊あります.それは…
ジャカール,D.(2005)アラビア科学の歴史(遠藤ゆかり,2006訳).
もちろん,日本人のオリジナルではありません.
「知の再発見シリーズ」のひとつとして創元社(大阪)が出版したものです.
2016年2月25日木曜日
2015年12月18日金曜日
「北海道鑛山畧記」:(八)統計
(八)統計
次に示す所の鑛産表*1は,明治廿二年五月の調査にして,之を印刷するに舊來の漢字を以て地名を記したれば讀書の必す讀み難き者多きを察し,左(下)に地名の讀み方を示す(總て斯の如き不便なる讀み難き地名書き方は速に改良して「かな」を以て之を記すヿ望む人多し).
○鑛産表中北海道地名ノ讀方
知床 シレトコ 恵山 エサン
一菱内 イチビシナイ 跡佐登 アトサノボリ
羅臼 ラウス 羅碓 ラウス
島登 シュマノボリ 岩雄登 イワオノボリ
幌内 ポロナイ 茅沼 カヤノマ
春烏 ハルトリ 郁春別 イクシユムベツ
茂岩 モイワ 尻岸内 シリキシナイ
椴法華 トドホッケ 遠音別 オン子ベッ
米戸賀 ペトカ 屈斜路 クッチャロ
秩苅別 チプカリベッ 虻田 アプタ
聚富 シュプ 望來 モーライ
東沸 卜ープッ 興志内 オキシナイ
木ノ子 キノコ 古宇郡 フルウ郡
国後郡 クナシリ郡 斜里郡 シャリ郡
擇捉郡 エトロフ郡 有珠郡 ウス郡
龜田部 カメダ郡 川上郡 カワカミ郡
厚田郡 アツタ郡 虻田郡 アプタ郡
空知郡 ソラチ郡 岩内郡 イワナイ郡
釧路郡 クシロ郡 茅部郡 カヤベ郡
檜山郡 ヒヤマ郡
---
*1:鑛産表:不詳.巻末綴じ込み(もしくは別紙)が紛失したか,”鑛産表”の示す意味が現在と異なるのかも知れない.
北海道鑛山畧記 終
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長かった〜.ようやく一通り.
略したところはありますが.(^^;
2015年12月9日水曜日
「北海道鑛山畧記」:(七)砂鐵
(七)砂鐵
(ハコダテ 近郷及び「ユーラプ」砂鐵)
休明光記に砂鐵に付左(下)の書記あり.
ハコダテ蝦夷地ニテ取計方品奉伺候書附
二月十二日 松平信濃守
石川左近將監
羽太庄右衛門
三橋藤右衛門
ハコダテ近郷トイ邊幷蝦夷地ユウラツプ等,鐵砂御座候塲所も有之.一年吹立仕候はヽ,蝦夷地幷「ハコダテ」にて日用に遣ひ候程は,鐵地金出來可仕候哉.其場所にても渡世に相成候義,其上「ハコタテ」町人共の内,右吹立の義品々,寄相願候者も可有御座.日用の品出來候はヽ土地調法にも可相成奉存候に付,取調彌用立候はヽ,吹立試爲仕候様仕度奉存候.先達て申立置候鐵砂の義,願人も御座候間,函舘付錢龜澤と申候處にて,吹立試仕候.煉鐵差越不申候得共,多分出來仕無程差出候義と奉存候.其外蝦夷地の鐵砂多き塲所も御座候に付,追て試候上申上候積に御座候.酉正月廿日,出雲守殿へ信濃守上の二月十二日伺の通取付御直に返上.(朱書)
砂鐵試に吹出候計,蝦夷松只今迄伐出し候高は伐出「ユーラプ」川材木當用は伐出山荒不申様心附.硫黄明礬の義は先無用可仕旨,其外伺の通被仰渡奉承知候.
(シノリ、ユノカフ砂鐵)
蝦夷實記に曰く,「シノリ」海邊に鐵あり.故に「ユノカワ」海邊,鐵砂多し.
●雑
●舊記
オコツナイ製鐵塲に就て,教師報文に載する所あり.砂鐵は時として海汀の細砂中に混在し,之か爲め數里間黒色を敷く如くなるものと雖も,此地の海汀に於ては,又更に此の如きの多量なる砂鐵を經看せず.然れとも「ハコダテ」の東方に方りたる半島の南岸,或は噴火港の西岸,又北島の西方「イソヤ」の側傍に於て多量ならずと雖も,間々此鑛物を經看したり.殊に「シオクビ」より「エサシ」の南岸及ひ「カックミ」川より北の方「ユーラプ」まて噴火港の海濱に於ては最も多く經看せり.而して此砂鐵は多く,満潮のときと雖も波濤の爲めに奪はれざる地に集在なすが故に間々之を製する爲め製造塲の設築するものなり.而て,此鐵砂の全數は算計なし難しと雖も「ニタナイ」に近つくに従ひ必ず多量を存すべし.如何となれば此地は只海汀のみならず堤[土覇]の上敷,艸の下にも亦存すればなり.
ライマン著「北海道地質總論」に曰く,本島鐵砂の採集に堪る者は大半島の南東端及ひ噴火灣の南西海岸にある砂鐵層のみ.該層は「ユーラプ」より「オコツナイ」及ひ「ヤマコシナイ」を経て「オトシベ」に至る長さ約英十里(四里)廣さ平均二十碼(十間)厚さ恐らく五寸なるへし.而て純鑛平均百分の八十とすれは大釣鑛十二萬噸を得へく云云.
大半島の南東端より出る鐵砂は「チタニユム」を含むヿ少きか如し.故に鎔解し易し.然れとも其産額多からす.重に「コブイ」(エサン附近の地)シリキシナイ(「コブイ」の南約一里)及其半途の地にあり.而して其中央の層最も大にして,其鐵砂に富める部分に於ては七百立方碼の砂中に純鑛五百立方碼.即ち一千噸を合有するなるへし.
堅實せる鐵鑛脉は本島中何れの地にも發見なすと雖も,「コマガタケ」の東側海岸を距る一里にして海面を抜く一千百五十尺,即ち山の表面より深さ七尺半の所に一坑あり.厚さ一尺なる鐵砂の一層ありて他の火山石と累疊定層をなす.上部は軟鬆の浮石なり.但其廣濱は未た之を調査せす.
本島中,澤鐵鑛「リモナイト」を産する地多し.「イシカリ」の北岸川口より上流一里なる「オヤフル」又夫より上流一里の南岸「ウツナイ」及び「バンナグロ(「ウツナイ」より一里上流の南岸にあり)にあり又ヒラギシ村(「サッポロ」の南英三四里)に二ヶ所あり.其内「オヤフル」を最とす.中畧.
開拓使事業報告に曰く,膽振國ヤマコン郡「ユーラプ」より「オトシベ」村に亘る海濱に磁石鐵あり.延長凡四里,廣十間,厚五寸.其積七千三百三十三立方坪云云.
開拓使事業報告に曰く,渡島國カヤベ郡シリキシナイ村支村コブイ海濱に磁石鐵あり.厚凡二尺より一寸に至る.積三十三立方坪.礦の總額四百噸.内二百九十噸の鐵を含有す.
開拓使事業報告に曰く,仝郡シリキシナイ村海岸に在り.長凡五十間,廣十二間半.其最厚は一尺三寸許.其積十三立方坪.礦總額百四十噸.純鐵一百噸を含む割合なり.
蝦夷國風俗人情沙汰中巻に曰く,緑礬「ハコダテ」にも澤山あり.又た「モリ」村,「イシザキ」村に銀山あり.
東蝦夷日誌に曰く,「シユツクシナイ」の奥「力子ラフ」川の水,鐵漿の如し.土人の話に水源に岩鐵あり.昔し最上某試掘せし所なりと云ふ.
蝦夷艸紙に曰く,鐵山「ハコダテ」在の「オーモリ」村,「イシザキ」村等にあり.その外,諸處に多し.
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