2011年2月15日火曜日

サヌシュベ根無地塊

 
 石狩炭田には,いわゆる“根無地塊”と呼ばれるものが点々してとあることが知られていました.

 でも,“根無地塊”という用語は「地学事典」(平凡社)にはありません.「根なし地塊>クリッペ」となっており,「クリッペ」を正式用語として採用しているようです.
 「地学事典」の記述を読むかぎりでは,「クリッペ」は「ナップ」の一部が「浸食され孤立した異地性の岩体」となっています.じゃあ,「ナップ」はなにかというと,原位置から(衝上断層や横臥褶曲などによって)押し出され,(別の)現地性基盤を覆う「シート状の大きな異地性岩体」のことだとなっています.つまるところ,「クリッペ」も「ナップ」も(衝上断層や横臥褶曲などによって)移動したあとの「異地性岩体」であることには変わりなく,のちの浸食による残存部の大きさによるちがいのようです.
 要するに,シート状の大きな岩体が「ナップ」で,シート状には見えない小さな岩体が「クリッペ」ということですね.しかし,「大きさによるちがい」が何を意味しているのかわかりませんし,ちがいで区分することにどんな意味があるのかもわかりません.
 ちなみに,「ナップ[nappe]」はフランス語で「テーブルクロス」を意味する言葉だそうです.現地性岩体の上にテーブルクロス状に乗った岩体という意味なんでしょうね.困ったことに,もともと,このことを記載したのはドイツ人のA. Escher (1841)という人で,ドイツ語の「デッケ[Decke]」を使用していた(意味はやはり「テーブルクロス」)そうですから,「デッケ」を使用するべきなんでしょうね.なぜ,フランス語?.

 一方,「クリッペ」は,G. Pusch (1829)が使用した語で,こちらもドイツ語.「クリッペ[Klippe]」は「崖」の意味だそうです.専門用語として,特別な意味を持たせるのは,かなり問題がありますね.だって,「崖」も「根無地塊」も同じ意味ではね.
 しかも,「デッケ」と「クリッペ」は大きさが違うだけで,成因は同じ.大きさが違うと,なにか,地質学的に意義が違うというのでもなければ,普通名詞と誤解されやすい「クリッペ」は使用すべきではないかもしれませんね.

 日本語の「根無地塊」には「異地性岩体」の意味があり,その大きさは関係ありませんので,適切な言葉と思えますが,なぜこれが採用されないのでしょうかね.
 「根無地塊(根無し地塊:根なし地塊)」=「デッケ[Decke]」でいいと思いますけどね.


 あ~~ぁ.前置きが長くなってしまった.

 これらのデッケ群のうち,最大級のものが,「サヌシュベ根無地塊」といわれているものです.
 穂別から夕張地域に抜ける峠の手前に「サヌシュベ川」と呼ばれる川があり,この名前を取ったものです.このあたりの国道を通ると,地辷り地形や妙な地形がよく見られるのはこのためです.

 この「根無地塊」の研究をおこなってきたのが,前の記事にある「大立目謙一郎」氏.
 前述したように,この根無地塊の研究は,石狩炭田の精密な地質図を作成することから始まっています.そして,その原因を求めるうちに,「日高山脈」の成立に結びついていったのでした.
 現在の地質学史では簡単に,アルプスで発見されているデッケと同じだから,アルプス造山運動の日本版として考えられた,と,あっさり片付けられていますけど,いいんかな~,それで.
 重要なのは,ライマン流の精密な地質図を作る地質学(アメリカ式実用地質学)は,民間の炭山開発の中で生き延びていたことで,地質図とかを重要視しない大学地質学(ドイツ式象牙の塔地質学)ではこういう研究に至らなかったということです.

 結局,大立目さんは北大に戻りますが,そのため,北大には精密な地質図にうるさい学風ができあがります.湊先生が1/5,000でルートマップを作れとか,地質が理解できなければ,もっと細かい地質図を作れとかいっていたのはこのことです.
 ただ,まあ,1/500で地質図を作ったからといって,複雑な地質が理解できるかというと疑問なんですが….結局は,露頭が良くないとね.


 ところで,「サヌシュベ根無地塊」という名前について.
 
 穂別から夕張へ出る峠付近にある川を「サヌシュベ川」と呼んでいます.
 地形図には「サヌシュベ川」とありますので,一般的にはまた地質学上の用語としても「サヌシュベ」が用いられています.しかし,アイヌ語の性質からは「サヌシュペ」と書くべきものです.[-pet]は普通に「川」の意味ですからね.
 また,知里真志保「アイヌ語入門」の記述からは,アイヌ語には「シュ[sh]」という発音はなく「シ[-s]」が正しいのだそうで,現在「サヌシュベ」と呼ばれている地名は,本来は「サヌシペ[san-us-pet]」らしいです.ただし,[san-]も[-us]も複数の用法・意味があり,この地名の意味はよくわかりません.
 

0 件のコメント: