2017年6月4日日曜日

アイヌの伝説と火山(3)

阿寒カルデラ




阿寒岳*と阿寒湖の創世
この世の中がまだ海ばかりであったとき,神様は海ばかりで面白くないからといって,色々の山をつくったが,阿寒もその時にできたものである.ところが一つだけでは淋しくて可哀想だというので,もう一つつくって夫婦にしたのが,今の雄阿寒岳(ピンネシリ)と雌阿寒岳(マチネシリ)である.なおその時出来た湖の中にも,休む場所がなくてはいけないというので,ところどころに島をつくったので,阿寒湖の中にはいくつもの島があるのだという.
(近藤直人氏輯)
(更科源蔵「アイヌ伝説集」

 阿寒カルデラをつくった“阿寒火山”がいつ頃から活動しているのか,地質学的な証拠はないようです.勝井(1951)は阿寒カルデラができる前には,いくつかの成層火山からできた「阿寒火山」を想定していました.南部のカルデラ壁をつくっている溶岩の測定値は約二百八十万年前(鮮新世末期)を示しているといいます.この報告書(新エネルギー・産業技術総合開発機構,1992)は関係者しか見られないようですので,その層位はわかりませんが,一応の目安ということで扱ってもいいでしょう.
 阿寒火山は知床グリーンタフ地域に含まれます.グリーンタフ地域とは中新世の海域に起きた広域な火山活動がもたらす緑色に変質した火山岩の分布する地域のことです.
 一方,アイヌの伝説は,阿寒岳(阿寒カルデラ)ができる前は,この地域は「海」であったと語っているわけで,事実そのとおりなわけです.ビックリですね.

 さてその後,阿寒火山は大規模な火山活動を開始し,「阿寒火砕流堆積物(勝井,1958)」を広い範囲にまき散らしました.阿寒火砕流堆積物は多くの研究者が調査した結果,約170万年前に活動を開始し,約21万年前ころまで続いたことがわかっています.

 そしてカルデラ形成後,カルデラ内に「フレベツ岳・フップシ岳・雌阿寒岳・雄阿寒岳」が誕生しました.
 フレベツ岳は約17~11万年前頃の活動,フップシ岳の活動は約7万年前以降と新エネルギー・産業技術総合開発機構(1992)に示されているようです.

 そしていよいよ雄阿寒・雌阿寒の誕生ですが,雄阿寒岳が14,000~2,500年前(玉田・中川,2009),雌阿寒岳は初期の活動は不明ですが,12,000年前,7,500~3,000年前,2,000~500年前頃に活発に活動し,現在に続いているようです(諸資料より編集).歴史時代の活動については,本州と違い文書記録がありませんので不明です.

 残念ながら,雄阿寒岳・雌阿寒岳の誕生は,アイヌの伝説と異なり,地質学では雄阿寒岳が先にできたと判定していますね.

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* 阿寒岳:“阿寒岳”という山は現存しない.俗に“阿寒岳”という場合には「雌阿寒岳」のことを指すようだ.地質学的には,阿寒カルデラができる前の,現在は存在しない火山のことを「阿寒火山」とよんでいる.


阿寒の青沼赤沼
雌阿寒岳頂上に達すると,旧河口の底に不気味な青沼と赤沼が見下ろされる.ここは昔から雷神の降りるところと言われており,青沼をカムイ・シンプイ(神様の井戸)といい,赤沼をフレ・トー(赤沼)といっているが,雷神が降りて遊ぶところであるからだと言われている.
(十勝足寄町・小谷地吉松老伝)
(更科源蔵「アイヌ伝説集」)

 雌阿寒岳の火口湖として「青沼」と「赤沼」が見られるのは有名なことのようです.
 しかし,なぜここで「雷神」がでてくるのでしょう.もしかして,これは有珠山の噴火の時に神々が争って「刀の光が雷光のようにピカピカ光ってみえた」ように,雷神が遊ぶ様子(つまり火山雷)が観測されたとアイヌ民族が記憶しているということなのでしょうかね.


阿寒岳と魔神
世界中を悪戯して歩く魔神が,雷神のカンナカムイ*に追われ逃げ回った末に,雌阿寒岳に来てやっと隠してもらった.そしてそこに一年半くらいも隠れていたが,いつも雷神がゴロゴロと廻って歩くのが不安で,たまりかねて又雌阿寒のふところから飛び出したところ,目早く雷神に見つかり,白い雲の様なものを頭からかぶって,それを翼にしてバタバタと羽搏いて逃げた.逃げて逃げてアプタヌプリ(虻田山現在の有珠岳)に隠してもらうつもりでアプタヌプリに頭を突っ込んだところ,後から雷神の投げつけた槍が飛んできて,それが魔神に当たらず,山に刺さったのでアプタヌプリが爆発してしまったのだという.
それから何年かたって,またまた魔神が阿寒の附近に現れたところ,こんども雷神のため発見されたので,あわてて阿寒川のルチシ(峠)というところから土の中に潜り,山の腰をくぐって阿寒湖の落口のオォコツに出てみると,なおも雷神の追って来る音がするので,雄阿寒の下に潜り込むつもりで行ったが岩が多くて頭を突込むことができず,まごまごしているところへ,後から雷神が槍を投げつけた.
然しこんども槍は魔神にあたらずに,傍にあった小山にささってしまった.不意に槍をさされた山は泣きながら,雄阿寒の上に大雨を降らせて,阿寒の山の見えない遠い西の方に飛び去り,北海道を離れた沖の中に行って立った.それが利尻島であるといい,山の抜けていったあとの沼はリクントーという,今のペンケ沼になってしまった.
そしてこのどさくさ騒ぎの間に,魔神はどこかの土の中にもぐって,わからなくなってしまったという.
(十勝足寄町・小谷地吉松老伝)
(更科源蔵「アイヌ伝説集」)

 相変わらずのスラップスティックな噴火劇ですが,今回は有珠山の噴火まで巻き起こしています.それにしてもダイナミックなアイヌの世界観ですね.
 沼が山の抜けた跡というパタンはいくつかの伝説に共通のようで,ほかにもしばしばでてきます.しかし,山がホイホイと移動して歩くというのは,よっぽどの理由がないといけないようで,アイヌは山に男の神と女の神を割り当て,さまざまな恋愛事情でドラマを作り出します.まるで,ギリシャ神話の恋愛劇を見ているよう.
 ところで,雄阿寒岳のアイヌ名は「ピンネシリ」で雌阿寒岳は「マチネシリ」.ピンネ(pinne)は「男の」で,マチネ(正確にはマッネ(matne))は「女の」であって,こちらも「男女の神」だったのです.

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* カンナカムイ:kanna-kamuy.  kanna=「上方にある」(知里,1956).つまり,「上方にある神」のこと.一般には「雷」を指すらしい.


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