2009年5月1日金曜日
砂鉄“研究”史(4)の付録
地質学分野の「砂鉄研究」(付録)
●マグネタイト系列とイルメナイト系列
「たたら研究者」が問題にする「真砂」と「赤目」は,実は,鉱床としては非常に特殊なものです.
花崗岩質岩類を源岩とする「真砂粉鉄」や「赤目粉鉄」は,通常は,採取しても採算が取れないので「鉱床」としては扱われないものなのです.源岩中の全鉄量は数%以下で鉄の値段を考えると,ここから鉄の原料を取り出しても,全く割の合うものではないからです.もともと,渡邊萬次郎(1935)が示したように,岩石全体の中でも,花崗岩中の鉄成分は塩基性岩中のものにくらべても相対的に少ないのです.
かろうじて,採算が取れるようにできるのは,花崗岩体の一部が「真砂化」していて,大量の「水」を使えば,比較的簡単に採算が合う程度にまで濃集可能だからです.
もっとも,人件費の高い現在の日本では不可能な相談でしょう.
地質屋が通常「砂鉄鉱床」と呼ぶものは源岩から(主に)「鉄」を多量に含む鉱物が風化・浸食作用によって取り出され,さらに堆積作用の過程で,同じようなサイズ・同じような比重の物質が濃集し,したがって,同じような鉱物が濃集して採集・分離・調整などの手間がほとんどいらず,手間をかけても経済的に成り立つようなものをいいます.
したがって,ほとんど大部分が堆積性の砂鉱床.
真砂化した花崗岩から直接人為的に“砂鉄”を取り出すということは,ほとんど頭にないわけです.したがって,「鉄穴流し」は「(人工的な)風化残留鉱床」というような分類しかできないわけです.もちろん,「鉄穴ながし」では,すでに沖積層に堆積している砂鉱床も段丘堆積物中の砂鉱床も区別せずに稼業しているでしょうから,「(人工的な)風化残留鉱床」だけではなく,「堆積性鉱床」も採掘していたことになります.だから,“赤目もどき”も混じってきます.
堆積性の砂鉱床の構成鉱物は,その鉱床の上流にある地質に左右されますので,日本のように地質が複雑な地域では,単純である方が少ないと思っていいでしょう.更に原鉱物に風化作用が加わりますので,さらに変化します.もともと一定な成分を要求する企業的な製鉄作業には,原則的に向いていないことが理解できると思います.
もちろん,そうだからこそ,比較的均質な原料を供給できる鉄穴流し(特に真砂)による人工的な風化残留鉱床を作り出し,たたら製鉄によって優秀な「鉄」を生産してきたわけですね.
地質屋の頭には「砂鉄鉱床」は複合的な鉱物組成を持つという先入観があります.だから,砂鉄鉱床は含有鉱物や鉱床の形態などの記載が進む一方で,砂鉄の持っている本質的な研究はなかなか進みませんでした.
一方で,1970年代の初め頃から,別な方面から,重要な論文が出始めます.
それは,日本列島全体という大きなスケールで,岩石中の鉄成分に大きな違いがあるというものでした.
石原舜三氏は花崗岩地帯に胚胎する各種金属鉱床について研究していました.
石原氏は,いくつかの金属鉱床が帯状に配列し,それらは花崗岩に大きく関係していることに気が付きました.
花崗岩の研究を続けるうちに,1974年頃には,「日本の花崗岩の帯磁率については,それが高低2群に分かれ,中間値があまりないこと,それぞれが見事な帯状配列を示すこと」がわかってきました.実験室では精密な帯磁率計を使いますが,フィールドでは,小型の磁石がくっつくかくっつかないかというような,目に見えて大きな違いがあります.
石原氏は1977年に,磁石にくっつく方をmagnetite series (マグネタイト系列:磁鉄鉱系列),くっつかない方をilmenite series (イルメナイト系列:チタン鉄鉱系列)として公表しました.(図)
ただし,石原氏によれば,マグネタイト系列の命名は問題ないのですが,イルメナイト系列の方は,イルメナイトを主とするというわけではなく,正確にはopaque oxide-free,もしくは,Fe-Ti oxide-free なのですが, これらがきれいな和文にならないからつけてしまったといっています.
以下,その違いについての関係分だけを示します.
項目 磁鉄鉱系列 チタン鉄鉱系列
不透明鉱物 磁鉄鉱(0.2~2容量%) チタン鉄鉱(0.2容量%以
チタン鉄鉱,赤鉄鉱 下)磁硫鉄鉱,(グラフ
黄鉄鉱(黄銅鉱) ァイト)
くさび石,緑れん石
黒雲母(角閃 Fe3+/Fe2+,Mg/Feが高 Fe3+/Fe2+,Mg/Feが
石)の性質 く,屈折率低い. 低く,屈折率高い.
ザクロ石-白雲母-黒雲母
花崗岩,白雲母花崗岩は
この系列.
簡易識別方法 研磨片,薄片上の低倍率観察による磁鉄鉱の有無.
野外における磁石鑑定法では,肉眼的に磁性を持つこ
とが分かれば磁鉄鉱系列としてよい.
産出位置 縁海側(大陸側)の産出. 大洋側の産出.
形成過程 上部マントルや地殻下部 大陸地殻の頁岩を含む岩
のような深所で発生し, 石の溶融により生成した
地殻物質と反応しにくい か,深所で発生したマグ
機構(割れ目を充填上昇 マが上昇過程で堆積岩類
するなど)で上昇固結し と反応した可能性が大き
たと予想される. い.
(このブログは表の表現に弱いので申し訳ない)
岩石としては同じ「花崗岩」ですが,マグマが地下深部から上昇する過程の違いによって,結果として帯磁率の違いにより二つの系列ができるわけです.これは図のように大きく分帯ができるわけですが,もちろん,小さなスケールでは,つまり地域によっては,混在していたりもするわけです.また,花崗岩体だけではなく,これに付随する火山岩類にも二つの系列の違いが認められるとされています.
見た目で同じ花崗岩でも,特に不透明鉱物にはこれだけの違いがあります.岩石学的な検討を伴った「真砂粉鉄」・「赤目粉鉄」の議論はほとんど見たことがありませんが,そういう議論は地質屋には全く理解できないものでした.
石原俊三(1974)は「真砂」と「赤目」を岩石学の言葉で語ろうとしていますが,すっきりしません.Fe-Ti比など話しが具体的になると特にそうなのですが,「真砂」と「赤目」についていわれてきたことは,ほとんどが根拠がないようなのです.
もともと定義が不十分なうえに好き勝手に解釈されて使われてきた用語なので,一つを否定しても「いやいや,それは実は真砂でない」などといわれれば,それまでということになります.
過去に「真砂粉鉄」を商品として売り出していた地域=鉱山を特定し,母岩の性質,鉄鉱物の性質などを特定し,一つ一つ虱潰しに検証すれば,なにか判って来るかもしれませんが,今時そんな研究をしても,好奇心は満足できても「業績」にはならんので,多分やる人はいないでしょう.
科学は真実を追究するためにあるのではなく,時代にマッチした業績を上げるためにあるのですからね.
登録:
コメントの投稿 (Atom)
7 件のコメント:
はじめまして。たたらの検索をしていて,たまたまたどり着きました。鉱物学者として,砂鉄について,特に,たたら製鉄における赤目砂鉄と真砂砂鉄についての疑問がいろいろと書かれておられますね。確かに,この問題は非常に大きな問題でありながら,曖昧に,というより,誰もその本質を解明できずに今日まで来たのだと思います。しかし,日本鉄鋼協会の社会鉄鋼工学部会「鉄の歴史ーその技術と文化ー」フォーラム 公開研究発表会で,たたら実験をしている研究者が,ここ数年,砂鉄中のチタン酸化物(イルメナイト)の役割について研究発表をしています。一度,講演要旨集を取り寄せて読んでみたらいかがでしょうか?赤目と真砂について,突っ込んだ研究をしています。参考になるかもしれません。
コメントありがとうございます.
また,アドバイスについても重ねてありがとうございます.
そのフォーラムでの成果が,早く公刊されるといいですね.
できれば,地質屋を入れた研究会であってほしいです.
こんばんは。
砂鉄の記述についてとても勉強になるので,何度か読ませてもらっています。
私が紹介したフォーラムでは,ここ数年,九大の井澤英二先生が砂鉄や鉄鉱石の話をしておられます。また,平成14年の第4回たたらサミットでは,高木哲一先生が「中国地方の花崗岩」というタイトルで講演をし,石原俊三先生の論文を紹介しています。
これまで,赤目砂鉄と真砂砂鉄は明確な定義もなしに使われてきましたが,私は,それらの違いは,ずばりイルメナイトの含有率だと考えています。
たたら さん,どーも.
やっぱり,放置されているわけではないですよね.研究が進んでいるようで安心しました.
ちょっと,入院してたので返事が送れました.もうしわけありませんでした.
おかげで,入院中に森嘉兵衛全集の関係分の全部と「史実大久保石見守長安」の一部を読むことができました.
陸奥の鉄産業はなぜ中国の鉄産業より評価が低いのでしょうかね.
森嘉兵衛さんがほとんど全部やってしまったからでしょうか.
これからそっちの方も,見てゆきたいと思ってます.
先日、別の項目にコメントを書かせて頂きましたT.Oで御座います。「鉄と鋼」の巻・号数を知りたいと申し上げましたが私の全くの早とちりで御座いました。今回、あなた様の記述内容を別紙にコピーさせて頂きました。記載の時系列を勘違いしていた為に大変失礼を致しました。これから時系列を並べ替えてじっくり勉強させて頂きます。
内容もさること乍ら、所感を述べられているご紹介の書論稿の情報は大変有り難いもので御座います。
当面、砂鉄製錬に関心を持っておりますが、「差別」の記述など感じ入るものが御座いました。
一人でも多くの方にお読み頂きたいものと願っております。
私のサイトは世間様から兎角誤解を受け易いことも御座いまして今回は匿名にて失礼を致します。
呉々も御身ご自愛下さいますように。
有り難う御座いました。
匿名さん(T.O.さん)(^^;
コメントありがとうございます.
貴HPを見させていただきました.
非常に面白いことが書かれていると思います.
ただ,残念なことに私の環境(Mac-Firefox, Mac-safariでも同じ)では,文章と文章,文章と図が重なって見えるとことが多く,全部読むことができません.
残念です.
話は変わりますが,
私としては,早くこの“たたら”にケリを付けて,主題の北海道の地質学史に戻りたいのですが,はまり込みすぎてます.
でも,読んでくれる人がいるとなれば,なかなか足抜けが難しいですね.(^^;
ボレアロブー様。お早う御座います。
私の様な素人は、どうしても考古学、協同される金属。冶金学の方々の論稿に目が向き勝ちで御座いました。
今回、「花崗岩」、「安山岩」、「粉鉄」という言葉、真砂と赤目の解釈が大変良く理解出来ました。
以後、注意して使わねばならないと思います。
曖昧な言葉は刀剣界にも御座いまして、「折返し鍛錬」はその典型かと思います。
語感が勝手な妄想を生みまして、単純肉体労働を特別貴重な作業のように錯覚しているのが現状で御座います。
想像逞しいナルシストとでも申しましょうか。
又、洋式製鉄は「鉄を造る」だが,日本のたたら製鉄は「鐵に成る」は言い得て妙なる表現と感心致しました。
私はたたら製鉄を「偶然性」としか表現出来ませんでした。以後、是非この的確なお言葉を引用させて頂き度く存知ます。
「そろそろ切り上げたい」との由。何故日本は原始製鉄から脱却出来なかったか・・・社会のニーズが無かったの一言かも知れませんがそのあたりのご見解もお聞かせ頂ければとの勝手な期待も膨らませております。
これから読み進めて行きますと素人の哀しさで理解し難い部分もあろうかと存知ます。
ご指導を賜りたく宜敷くお願い申し上げます。
又、弊サイトをご覧頂いたとは!!!!!。
貴サイトとは次元の違う三文小説並の内容に汗顔の至りでは御座いますが御礼申し上げます。
世界的にはMacユーザー様がかなり居られるのは承知しておりますものの、ホームページソフトの選択を最初に誤って仕舞いました。
如何ともし難い現状に御座います。パソコンも規格統一を望みたいところで御座います。
有り難う御座いました。
コメントを投稿