2009年7月5日日曜日
学名の悲劇
庭の「黄色いカタクリ」の葉が枯れたので,なにか手入れをする必要があるかなと思い,Googleしてみました.
ちょっと,球根が増えすぎて,混み混みしているので,間引きすると同時に,別な環境に植え替えを考えた方がいいようです.カタクリは落葉樹の下で,春先に日当たりがよく,夏の強い日差しは避けられるような場所の方がいいようで.
現在の場所は,真夏の直射日光が当たりますのでね.
ついでに,なにかの時のために,カタクリの情報を整理しておこうと,サーフィンしてたら,黄色いカタクリは我が国自生のものではなく,アメリカ・カタクリもしくはヨーロッパ・カタクリと呼ばれるものらしいことがわかりました.
では,学名で情報をフィックスしておこうと始めたのが運の尽き,「悲劇」が起きました((^^;).
我が国産であるカタクリの学名を,先にと,調べると…,
1)Erythronium japonicum Decne
2)Erythronium japonicum Decne.
3)Erythronium japonicum Dence.
4)Erythronium japonicum Dense.
5)Erythronium japonicum Decaisne
こ~んなにいっぱい「学名らしきもの」が出てきました((^^;).
何がどう違うかわかりますか?
どれも,最初の単語は属名[genus]で,二番目が種名[species].この二つは同じですね.いや,もちろん,ここから違うものは排除してあります((^^;).三番目は記載者名.本当はこのあとに記載年もつきます.
最近は,一般人のHPでも学名(らしきもの)を多用するようです.
ちょっと前までは,わけのわからん頁に当たるのを避けるために,学名を用いれば,かなりの率で排除できたもんですが,最近はその手が効かなくなりました((^^;).
「学名が普及してきた」と,喜ぶのは早いようで.
単にそれらしく見えるというので似たような頁から,なんの疑問も持たずに,コピペしているというのが実情のようです.
一方で,大学や研究所が公開している頁でも,かなり,いい加減な扱いをしているものも多いようで,この有様です.
コピペする段階で起きたと思われる間違いが,2)から1)ですね.
「.」が省略されてしまいました.「.」は,「長い名前だし,よく使われる名前なので[. ]の後は省略しましたよ」という意味.本当は人名なので,省略するのは「失礼」なんですが,最近の学者は先人に敬意を払わないので,しばしばやります.おまけに,「二回以上出てくる場合には省略してもいい」というのが原則なのに,たった一回しか出てこない場合でも,平気で省略されます.
こういったことを知らない人が,コピペすると1)が発生します.しかし,これはコピペ元が不親切きわまりないので,省略されていない名前が用いられるべきだと思いますね.
ただし,この人の場合は,自らこの省略形を使った形跡があります.植物学の世界では有名人らしく,こう書けば,この人「一人だけ(同名の別人ではなく)」を示すということらしいです.
3)は,たぶん,コピペではなく,タイプミス.もしくは,「Decne」という語は普通のモンじゃあないですからね.たぶん,「Dence」のほうがそれらしいと思ったのでしょう.
4)も同様のもんですが,「Dence」よりは「Dense」のほうが,より英語らしいですからね.
さて,5)が,どうやら一番正確なようです.
Decaisneはフルネームで,Joseph Decaisne (1807. 3. 7. - 1882.1.xx.).ベルギー生まれの植物学者で農学者(フランスで活躍).私は,フランス語もベルギー語もわからないので,発音を「カタカナ」に直せません.悪しからず.
日本産の植物もたくさん記載しているようです.どういう人なのか,そのうち調べてみましょう.
学名は定義がはっきりした「もの」を示す言葉ですから,いい加減な引用をすると,非常に困ったことになります.1字違っても別のものを示すことになることがあります.ま,たいていの場合は,“学名らしきもの”になるだけですが….
さて,先ほど,学名で検索しても,怪しい頁を排除できなくなったといいましたが,まだ方法があります.それは,記載者名も検索条件に入れることです.
ただし,これをやると,日本語のHPはほとんどなくなりますね.大学や公立研究所が運営している「頁」でも,学名の扱いが粗略だということの証明でしょう.
属-種からなる二名法は結構ポピュラーになり,属名と種名を並べれば,学名として必要十分であるとわかってきているようですが,より正確を期すならば,その学名の記載者名(+記載年),場合によってはその訂正者名(+訂正年)が必要なことは理解されていないようです.
そこで,それを調べると…,
1)Erythronium japonicum Decaisne, 1854
2)Erythronium japonicum Decaisne, 1864
3)Erythronium japonicum Decne., 1854
4)Erythronium japonicum Decne., 1864
5)Erythronium dens-canis Linnaeus, 1753 var. japonicum Baker, 1874
6)Erythronium dens-canis Linnaeus, 1753 var. japonicum Baker, 1875
と,こんなのがでてきます.
1)と3),2)と4)は実質的には同じものということですね.ただし,前述したとおり,「Decne.」を使うならば,どこかわかりやすいところに「Decne.」は「Decaisne」の省略形だと書くのが親切というもの(どうも,植物学者でも,これを知らないで使っている人がいるようなんですが…).
それでは,1),3)と2),4)とは,何が違うのか?
記載した論文の出版年が違いますね.これは,単なるタイプミスなのかもしれません.
別なことも考えられます.Decaisneが1854年と1864年にErythronium japonicumに関する若干定義の異なる論文を出していれば,このリストをあげた人が1854年の論文と1864年の論文を比較して,よりリーズナブルだと判断したほうを取り上げたとも考えられます.
現実には,ここまで記載しておきながら,原著の引用文献をあげていないことの方が多いので(特に,日本人研究者の書いた論文),「タイプミスか」あるいは「取捨選択か」の判断はできないことの方が多いです.
学名を記述するということには,結構,大変な背景があることがわかったでしょうか.
一字違いで大違い.知っていれば,別にどうってことはないんですけどね.
で,どちらが正しいかは曖昧なままで…(文句があったら,学名を疎略に扱っている日本の植物学者にいってくださいね.(^^;).
(もっとも,御國の方針はノーベル賞をもらえるような少数の学者を育成することなので,学問の基礎の基礎である分類学者の育成なんて彼らの頭の隅にもありません.こういうことをやろうという学者が育たないのは,仕方がないことかもしれません.)
で,まあ曖昧なままで…((^^;).
5)と6)はなんなんでしょう?
この一行で(実際には二行ですが,それはまあ置いといて),こんなドラマが生まれます.
ヨーロッパでは,今から250年以上も前に,“カタクリ”が現在と同じ方法でリンネ氏によって記載されました.それが,Erythronium dens-canis Linnaeus, 1753.ちなみに,リンナエウス[ Linnaeus ]は本名:リンネ[ Linne ]のラテン語風の綴り.リンネ氏は現代風な種の記載の創始者です.
また,種名は「犬の歯」を意味しています.“カタクリ”の花が「犬の歯」を連想させたのでしょうか.現地では「犬の歯スミレ」と呼ばれていたようです.“カタクリ”はスミレではなく,ユリの仲間なので,「スミレ」を抜いて,「犬の歯」が学名になったという次第(「-」ハイフンが使用されていますが,アルファベット以外の補助文字を使用するのは疑問です).
日本で最初に見つかった「カタクリ」は(正確には,植物を記載するということを知っている人に最初に見つかったとき),リンネが1753年に記載したErythronium dens-canisと同じものと見なされたでしょう.あるいは,少し違うなと思われたかもしれません(ちゃんと調べてないので,わかりません).
リンネ氏の記載の約100年後(1854と1864のどちらが正しいかわからないので),Decaisne氏が日本産の「カタクリ」はヨーロッパ産の“カタクリ”とは違う種としてErythronium japonicum Decaisneを提案しました.ここで,ようやく(日本語圏では),「カタクリ」と「ヨーロッパ・カタクリ(もしくはセイヨウ・カタクリ)」という言葉が成立するわけです.
その約20年後(1874と1875のどちらが正しいかわからないので),Bakerさんが「ヨーロッパ産のカタクリとは少し違うな」と思い,しかし,新種とするほどの違いではないと考えて,変種:Erythronium dens-canis Linnaeus, 1753 var. japonicum Bakerを提案したわけですね.
さて,では
Erythronium japonicum Decaisne, 18xxと
Erythronium dens-canis Linnaeus, 1753 var. japonicum Baker, 187xでは,
どちらが正しいのでしょう?
答えは…「どっちだっていい」です.
ただし,正確な記載年と,その引用文献を示さなければなりません.
そして,選んだ方でないほうを,シノニムとしてリストしておけばいいのです.
もっといえば,Erythronium nipponicum(とかあなたの好きな名前を書けばよろしい) +(あなたの名前+記載年)として,上の二つをシノニム(同物異名)としてリストして置いてください.それで新種のできあがりです.
理由として,上記二つの記載論文を読んで,あなたの見つけたカタクリと違うところを明記しておけばいいのです.
もっとも,誰もあなたの意見を支持しなければ,そのまま消えてしまいますけどね.
話が,少しずれちまいましたけど,学名の意味が少しは理解できたでしょうか?
属名と種名をコピペしておけばいいということではないということ.
たった一行に,たくさんの意味があるということ.
シノニムがきちんと記載してあれば,研究の歴史までわかるということ…など.
意味が忘れられて,ネット上を一人歩きしている学名は,悲しいですね.
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2 件のコメント:
初めまして。
黄色いカタクリの学名 Erythronium japonicum Decne についての説明を興味深く読ませていただきました。
私は日本の固有種のマメナシ Pyrus calleryana 'Decne' のdecne の読みについて調べていたらここにたどり着きました。
もしかしたら、このPyrus calleryana 'Decne' も誤記で、Pyrus calleryana 'Decaisne’なのかもしれませんね。
私はこのDecne のcの発音が、ラテン語のデケーネなのか、イタリア語のデチネなのか調べていたのですが、ベルギー生まれの植物学者の名前らしいということが分かって嬉しいです。
でも種小名の'Decne'/'Decaisne'が学名に記載した人の名前であるならば、Pyrus calleryana Decne/Pyrus calleryana Decaisneというように 'xxxxx' をはずして記載しなければおかしいですよね。
う~ん、難しいです。
KAI
お目にとまりまして光栄です.
というか,こんな話題に食い付いてくる人がいると思ってなかったので,ビックリです.
問題の'Decne'ですが,属名-種名ではないことの(イタリックが使えない場合の)表現として'xxxx'をつけてるのかもしれませんね.あまり見ないやり方ですけど.
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