2012年1月18日水曜日

動物名考(6) マガモ

マガモ(真鴨)


Anas platyrhynchos Linnaeus, 1758


(Mallard)


マガモの仲間を,一般的に「カモ」といいます.しかし,「カモ」という名称は必ずしも分類学的な単位とは一致していないので,注意が必要です.
ま,分類学的にも相当混乱していて,よくわからないことの方が多いみたいですが.探索もひどく大変でした((--;).

分類学的な記述をするときの,動物の名前を表記する慣習に従ってカタカナで「カモ」と書きますが,これは漢字の「鴨」の「読み」です.しかし,「カモ」は分類学的なグループをつくっていない名称なので,その定義は曖昧です.したがって,カタカナの「カモ」を使うと誤解をうけるかもしれません.

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「カモ」は,某辞典には「『カモ科』に属する鳥のうち,比較的小柄な水鳥をさす」とされていますが(後述するように「カモ科」という言葉は「おかしい」ので,この説明には意味がない),和語としては,語源をたどると「カモメ」や「カラス」と交差するところがあり,なかなか奥深いところがあります.

一説を紹介すると,「カモ」は「カモドリ(鴨鳥)」の略だそうです.
もともとは「浮かぶ鳥(うかぶとり)」だったものが「浮かむ鳥(うかむとり)」に転じ,「カモドリ」になったそうです.そのうちに,「浮かむ」の「浮」が略されて,「カム」となり,さらに「カモ」に転じたとされています.これは,中村浩(1998)「動物名の由来」(東京書籍)に書かれている説で,興味深いですが,出典が書かれていないので,なんとも.
これが本当だとすると,「カモ」は,単に水に浮かんでいる鳥を示す「一般名詞」だったことになり,ある「種」や「属」(もしくは「科」も含めて)などの狭い範囲のグループについていうべき「言葉」ではないということになりそうですね.

別な説では「カモ」は「カミ(神)」に関係あるとされ,これはとくに「地名」に関係があるとされているようです.
どちらにしても,出典もない説なので「曖昧」としかいえませんけどね.

漢字では「鴨」や「鳧」が使われています.
「鴨」は「カモ」でいいようですが,「鳧」(昔はこちらが本字だったらしい)は「カモ」とも読みますが「ケリ」とも読み,こちらは,「チドリ科」の一種を呼ぶ場合もあるので要注意です.

英名は「ダック(duck)」で,日本語のようにアヒルとカモの区別がなく,家鴨を[domestic duck],野鴨を[wild duck]と呼びます.
仏名は「カナール(canard)」,独名は「エンテ(Ente)」といい,どちらも飛行機の翼の形=中程が持ち上がった「へ」状の形を呼ぶ言葉に使われていますね.

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さて,マガモ属の上位分類について,見ておきましょう.

ordo: ANSERIFORMES Wagler, 1831
 familia: ANATIDAE Vigors, 1825
  subfamilia: ANATINAE Leach, 1820
   genus: Anas Linnaeus, 1758 [type: Anas platyrhynchos Linnaeus, 1758]

アンセリフォルメス目[ordo: ANSERIFORMES Wagler, 1831]は,ANSERIFORMES = anser-iformes=「ガチョウの類」+「形態」という合成語で,昔は「ガンカモ形類」が使われていたと記憶しますが,最近は「カモ目」というのがまかり通ってます.どこにも「カモ」を意味する言葉はないのですけどね.
語根ANSERI-はanser (= genus Anser Brisson, 1760)を接頭辞化したものなので,模式種「ハイイロガン」の名称を採用すべきなんだろうと思います.したがって,ANSERIFORMESの和訳(=和名)は「ハイイロガン形目」となるべきなんでしょう.一方で,genus Anser Brisson, 1760はgenus: Anas Linnaeus, 1758 と一緒にfamily ANATIDAE Vigors, 1825に入れられてますから,わけがわからないことになっています.
本来はorder ANATIFORMESが採用されるべきなんですが,ANSERIFORMES Wagler, 1831の「定義」が矛盾の無いものなので,採用されているのだと考えるべきなのでしょう.
それならば,科はfamily ANSERIDAE が採用されるべきなんですが,こちらも,familia: ANATIDAE Vigors, 1825の「定義」が修正の必要のないものなので,採用されているのだともいます.
おかしいですが,しょうがないですね.
だからといって,「カモ」という意味のないANSERIFORMESの訳に「カモ」を入れていいというものではないと思いますけどね.

アナティダエ[familia: ANATIDAE Vigors, 1825]は,ANATIDAE = anat-idae=「Anasの」+《科》という合成語です.anasはラテン語で「カモ・アヒルの類」を意味する言葉です.anasの《属格》はanatisなので《合成前綴》としては anat-, anato-が使用されます.一方で,familia: ANATIDAE Vigors, 1825の模式属はgenus: Anas Linnaeus, 1758なので,学術的な和訳としてはAnas=「マガモ属」を採用し,「マガモ科」とするのがいいでしょう.くどいようですが,「カモ」は自然語で,特定の分類群を示す言葉ではないので,学名に使うのはマズイでしょう.

分類に亜科を使用するときは,subfamily: ANATINAE Leach, 1820とsubfamily: ANSERINAE Vigors, 1825(のほか多数)に分かれています.したがって,
subfamily: ANATINAE Leach, 1820 (マガモ亜科)
subfamily: ANSERINAE Vigors, 1825(ハイイロガン亜科)
となりますので,ANSERIFORMESを「カモ目」と訳すと,ANATINAEも「カモ亜科」,ANSERINAEも「カモ亜科」になってしまいます.気をつけましょう.

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さて,「亜目」という単位に意味があるのかないのかわかりませんが,マガモ科は非常に複雑な様相を示していますので,以下に「亜目」分類を示しておきます.
ただ,分類名称は並べてありますが,その亜科分類にどういう意味があるのかが示されている論文・図鑑・解説書には行き当たらないので,あまり意味がないのだろうと思いますけどね.

subfamilia: ANATINAE Leach, 1820 [type: Anas Linnaeus, 1758]
subfamilia: ANSERINAE Vigors, 1825 [type: Anser Brisson, 1760]
subfamilia: DENDROCYGNINAE Reichenbach 1850 [type: Dendrocygna Swainson, 1837]
subfamilia: MERGINAE (Author unknown) [type: Mergus Linnaeus, 1758]
subfamilia: OXYURINAE (Author unknown) [type: Oxyura Bonaparte, 1828]
subfamilia: PLECTROPTERINAE (Author unknown) [type: Plectropterus Stephens, 1824]
subfamilia: STICTONETTINAE (Author unknown) [type: Stictonetta Reichenbach, 1853]
subfamilia: TADORNINAE (Author unknown) [type: Tadorna Oken, 1817]
subfamilia: THALASSORNINAE Livezey, 1986 [type: Thalassornis Eyton, 1838]

開いた口がふさがりませんね.半数以上の亜科に定義者が見つからない.本当に定義された亜科なのでしょうか.疑問に思ってしまう.
….
ざっと調べてみたのですが,信頼のおける情報にあたらないので,これ以上は無意味と判断.中略するしかありません.

しょうがないので,genus: Anas Linnaeus, 1758へ.

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genus: Anas Linnaeus, 1758 [type: Anas platyrhynchos Linnaeus, 1758](マガモ属)

Anasは,ラテン語のanas = 「カモ・アヒルの類」をそのまま属名としたものです.
genus: Anasの模式種はAnas platyrhynchos Linnaeus, 1758とされていて,これは和俗名としては「マガモ」とされていますので,genus Anasは「マガモ属」とされるべきですね.だいたいはそうなっていますが,しばしば,「カモ属」とされていることがありますので,要注意.「カモ」がマズイのはすでに記述しました.

platyrhynchos = platy-rhynchosはギリシャ語の[πλατύς]=「広い」と[τό ῥύγχος]=《中》「嘴,鼻,吻状突起,吸嘴」の合成語をラテン語綴り化したもの.意味は,もちろん「広い嘴」です.種名は形容詞か,名詞の属格であるべきなのですが,名詞もなぜか許容されています.あまりよろしくないと思うけど.
もっとまずいことに,属名Anasは《女性》なのに,platyrhynchosは《中性》です.修正しなくていいのでしょうかね.どこかに間違いがあるのかな.と,おもったらAnas platyrhynchaで記述してある論文もありますね.なんたること!.手に負えんなァ.

マガモ科の仲間は,だいたいが「広い嘴」をもっていますが,「マガモ」がとくに広い嘴を持っているのかどうかは,記述がないのでわかりません.
でも,属名とあわせた意味は「広い嘴のカモ」(強引に形容詞として訳しました).
和俗名は「マガモ(真鴨)」.「和漢三才図会」には,マガモは「真鳧」としてあります.これは「本草綱目」からの引用.「和名は『加毛』」とあります.
「鴨は『呷呷(こうこう)』と鳴く」からその名がついたと説明されています.一方で,「野鴨を鳧(かも),家鴨を鶩(あひる)としてこれを区別する」とありますから,アジアでは,やはり当初から区別していたことになりますね.
英俗名はMallardです.元は古いフランス語らしいですが,意味はどうも曖昧.

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以下,マガモ属に属するとされている種について記しておきます.
なお,旭山動物園キャラに「コールダック(Call Duck)」がリストアップされていますが,コールダックは,「マガモ(Anas)から家畜化された小型の品種.小型のアヒル」ということなので,略します.
なお,下記リストは日本鳥類学会(2000)から拾ったものなので,日本で見られないものについては入っていません.

genus: Anas Linnaeus, 1758 [type: Anas platyrhynchos Linnaeus, 1758](マガモ属)
 Anas platyrhynchos Linnaeus, 1758 [Mallard] (マガモ)
 Anas crecca Linnaeus 1758 [Teal](コガモ)
 Anas strepera Linnaeus, 1758 [Gadwall](オカヨシガモ)
 Anas penelope Linnaeus, 1758 [Eurasian Wigeon](ヒドリガモ)
 Anas acuta Linnaeus, 1758 [Northern Pintail](オナガガモ)
 Anas querquedula Linnaeus, 1758 [Garganey](シマアジ)
 Anas clypeata Linnaeus, 1758 [Northern Shoveler](ハシビロガモ)
 Anas formosa Georgi, 1775 [Baikal Teal](トモエガモ)
 Anas falcata Georgi, 1775 [Falcated Duck](ヨシガモ)
 Anas poecilorhyncha Forster, 1781 [Spot-billed Duck](カルガモ)
 Anas americana Gmelin, 1789 [American Wigeon](アメリカヒドリ)

creccaは,意味不明.
スウェーデン語の[kricka]から来ているという説があり,[kricka]はオスの鳴き声らしいのですが,よくわかりません.
和俗名は「コガモ(小鴨)」.
「和漢三才図会」では,「鸍」の字を示し「こがも,たかべ」と読んでいます.「和名は多加閉(たかべ)」とも.「鳧に似ているが小さい」という記述は,合っているともいます.しかし,色彩の記述がどうも(現在いわれている)「コガモ」と微妙に合いません.鳥類に詳しい人に判断してほしいものです.

種名streperaは不詳.
ラテン語のstrepoは「大きな雑音を立てる;困惑して叫ぶ;反響する」という意味で,これが変化したものらしいのですが,もちろんこんなことを説明している辞書は存在しないので,なんとも.
どうやらstreperus = streper-us=「雑音を立てる」+《形容詞》という構造らしいのですが,語根streper-の生成過程がわからない((^^;).ただ,streperaはstreperusの女性形とみることは可能ですので,「マガモ」であったような「性の不一致」は起きてませんね.

種名penelopeは,ギリシャ神話のオデッセウス[Ὀδυσσεύς, Odusseus]の妻,[ἡ Πηνελόπη]=《女》「ペーネロペー」のラテン語形.ペーネロペーは“貞淑な妻”という役割だそうです.この鳥にそういう性質があるのでしょうかね.「オシドリ」は仲がいい(らしい)ので有名ですが,この鳥の和俗名は「ヒドリガモ(緋鳥鴨)」です.
「和漢三才図会」では,「赤頭鳧(あかがしらがも)」と呼び,「俗に緋鳥(ひどり)と称する」としています.「赤頭」のほうが,特徴を捉えているような気がしますが….

種名acutaは,ラテン語で「尖った」を意味する形容詞の《女性形》.
和俗名は「オナガガモ(尾長鴨)」ですが,じつは,尾っぽが「長く尖っている」ということで,同じ意味.
「和漢三才図会」では,「尾長鳧」(一名は「佐木加毛(さぎかも)」)としています.

種名querquedulaは,ラテン語で「カモの一種(もちろん,欧米では「カモ」と「アヒル」は一緒のものです)」とあります.具体的になにをさすかは不明.
和俗名は「シマアジ(縞味)」というのが通用しているようですが,由来は不明.
「和漢三才図会」では,「味鳧(あじかも)」というのが,これにあたるようです.面白いことに「注」に「どうしてこういうのかよくわからない」とあります.西行法師が歌った和歌が引用されていますので,相当昔から「あぢ」と呼ばれていたことがわかります.なぜ,「あぢ」ではなく,「しまあじ」に変わったのでしょうね.

種名clypeataはclype-atusという合成語の《女性形》で「円楯を備えた」,つまり「円楯状の保護物をもった」という意味です.
和俗名「ハシビロガモ(嘴広鴨)」は,嘴が広く大きいという意味ですが,たぶん,種名の“円楯”は,この大きな嘴を意味しているのだと思います.
「和漢三才図会」には,該当しそうな記述のあるカモは見つかりませんでした.

種名formosaは,ラテン語で「美しい形の」という意味のformosusの《女性形》です.現在,台湾と呼ばれている島のポルトガル名が,このformosaですが,こちらは,単に「美しい」という意味.
和俗名は「トモエガモ(巴鴨)」といい,この鳥の頬にある模様が「巴」に見えるからだといいます.こんな特徴的な色彩・模様なのに,「和漢三才図会」には該当の鳥が見あたりません.

種名falcataは,ラテン語で「鎌状の,鎌を備えた」という意味のfalcatusの《女性形》です.風切り羽根が「鎌様」に見えるからだとされています.和俗名は「ヨシガモ(葦鴨)」とされています.「和漢三才図会」には,「葦鳧(よしがも)」のほか,「蘆鳧(あしがも)」もありますが,色の記載はどちらも微妙.本当に合っているのでしょうか.

種名poecilorhynchaは,poecilorhyncha = poecilo-rhynchaという構造のラテン語合成語.「色取り取りの嘴の《単女》」という意味です.しかし,カルガモの嘴を「色取り取り」という表現をする人はいないだろうと思いますが….
「和漢三才図会」にも「軽鳧(かるがも)」という項目はありますが,名称の由来については,なにもありません.

種名americanaは,合成語Americanusの《女性形》.Americanusは,インドと誤解されていた大陸を新大陸だと認識したといわれるAmerigo Vespucci の名 Amerigo のラテン語形がAmericusで,この語根americ-に形容詞語尾の-anusをつけて形容詞化したもの.
意味はもちろん「アメリカの」ですが,この鳥は,A. penelopeと雑種をつくることが知られており,和俗名も「アメリカヒドリ」だそうです.雑種というのがどのようなものかわからないですが,次の世代が生まれるなら,同一種でいいと思いますけどね.

あ~あ.「カモ」は難物でした((--;).
 

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