2012年1月22日日曜日

動物名考(7) コハクチョウ

コハクチョウ


Cygnus columbianus (Ord, 1815)


[Tundra swan]



「コハクチョウ」って,困った俗名ですね.
これは,われわれが,ふつう「白鳥」と呼んでいる種をさすのだそうです.では,別に「ハクチョウ」と呼ぶように推奨されている鳥はいるのかというと,ない.困ったものです.おい,学者先生!,横暴すぎるぞ!!((^^;)

上位分類は
ordo: ANSERIFORMES Wagler, 1831
 familia: ANATIDAE Vigors, 1825
  subfamilia: ANSERINAE Vigors, 1825
まで,「マガン属」と同じなので省略.

「和漢三才図会」に,「天鵞(はくちょう/テンゴウ)」という項目があるのですが,記述が混乱しているのでなんとも.
ただし,注に「思うに,天鵞〔一名は鵠〕とは俗にいう白鳥である」と,あります.寺島良安の時代以前に「白鳥」は俗名として使われていたことがわかります.一方,「鵠」のほうは,「鵠〔音は斛(こく)〕 皓皓とはっきりした声で鳴く.それで鵠という」とあります.白鳥が「コウ,コウ」と「はっきり」と鳴くのは聴いたことがあると思います.ですから,たぶん,「天鵞」は白鳥なのでしょう.

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Cygnus Bechstein, 1803について.
Cygnusは,1803年にBechstein がたてた属です.そのときはAnas olor Gmelin, 1789のみがこの属に入れられていたようです.
のちに,下記の種が,この属に入れられてゆきますが,困ったことに,のちにAnas cygnus Linnaeus, 1758も入れられていますね.
そもそもが,類似の,というよりはまったく同じ種名が,類似の動物に使われているのに,それを属名とするのは,混乱を引き起こす可能性があり,勧められたことではないのに,Bechsteinはやってしまったようですね.

さて,属名Cygnusはラテン語の《男性》名詞で「白鳥」を意味しています.元は,ギリシャ語の[ὁ κύκνος]=《男》「白鳥」をラテン語化したものでしょう.
ラテン語には,もう一つ「白鳥」を意味する言葉があり,それはolorです.そう,Anas olor Gmelin, 1789のolorですね.おや,anasは《女性》なのにolorは《男性》です.「性の不一致」ですね.マズイですね.命名年代が古いからいいのかな?
まあ,結果として一致したからいいか.Anas olorinaなら問題はなかったんですけどね.

さて,Cygnusの模式種はAnas olor Gmelin, 1789でした.Anas olor Gmelin, 1789の和俗名は「コブハクチョウ(瘤白鳥)」ですので,Cygnusの和俗名は「コブハクチョウ属」が適切ということになりますね.
ただし,コブハクチョウは日本には,自然状態では迷鳥としてしかあらわれない種であるそうです(しかし,例によって,人為的に持ち込まれたものを中心に,日本国内で繁殖しているそうです).つまるところ「コブハクチョウ」は学者が任意でつけた名称なんでしょう.それが属の代表というのは,しっくり来ないですね.でもしょうがない.
和俗名を「ハクチョウ属」としている場合もあります.この場合,日本で「ハクチョウ」と呼ばれているものは,後述する「コハクチョウ」のことですので,模式種がAnas columbianus Ord, 1815と混同される場合がでてきます.ハクチョウ属なのにハクチョウ種がいない.おまけに「(白鳥)ハクチョウ(属)」の中に「(黒鳥)コクチョウ(種)」がいたりする.どうして,こんな,わざわざ混乱を引き起こすような命名や改訂をおこなうのでしょうかね.

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以下に,コブハクチョウ属各種についてリストアップしておきます.

Cygnus olor (Gmelin, 1789)[コブハクチョウ, Mute Swan]
 syn. Anas olor Gmelin, 1789
Cygnus cygnus (Linnaeus, 1758)[オオハクチョウ, Whooper swan]
 syn. Anas cygnus Linnaeus, 1758
Cygnus melancoryphus (Molina, 1782)[クロエリハクチョウ, Black-necked Swan]
 syn. Anas melancoripha Molina, 1782
Cygnus atratus (Latham, 1790) [コクチョウ, Black Swan]
 syn. Anas atrata Latham, 1790
Cygnus columbianus (Ord, 1815)[コハクチョウ, Tundra swan]
 syn. Anas columbianus Ord, 1815
Cygnus buccinator Richardson, 1832[ナキハクチョウ, Trumpeter swan]

olorについては,上記しました.
Cygnus olorは「白鳥・白鳥」という意味になります.ユーラシア大陸に普通にいる白鳥だということで,ふさわしい命名なのかもしれません.しかし,やはり種名は形容詞にしてほしいものです.
英俗名[Mute Swan]は,「沈黙の白鳥」という意味.ほかの白鳥の仲間より鳴き声が静かだからといいます.なお,英語の[mute]には「鳥の糞」という意味もあるそうです.なんでだろ.

cygnusは,属名と同じですが,こちらの語尾は《形容詞》と考えた方がいいでしょう.
したがって,意味は「白鳥の白鳥」.同じ意味を重ねるのは学名ではよくあることです.
英俗名[Whooper swan]は,「大声を上げる白鳥」という意味.オオハクチョウが大きな声で「コォー(皓)」と鳴く様子を示しているようです.
おや?そうすると,「和漢三才図会」でいう「天鵞」はオオハクチョウのことなのかな.

melancoryphusは,melan-coryphusという構造で「黒い+頭の」という意味.どちらも元はギリシャ語でラテン語綴り化したものです.
この種は,頭というよりは(長~~い)頸から黒いので,どうもしっくりきません.和俗名は「クロエリハクチョウ」で,これは英俗名の[Black-necked Swan]の訳ですね.どちらも「頭はどうなの?」となるかもしれません.
まあ,どっちにしても,普通,日本にはいない種ですので,どうでもいいといえばどうでもいい.

atratusは,ラテン語のatratus =「暗い,黒い,黒ずんだ;黒衣の,喪に服している」の《男性》形です.
英俗名は[Black Swan]で,「黒い白鳥」.和俗名も「黒鳥」ですね.矛盾を含んでますが,これは今のところ,オーストラリア固有種ということで,日本は繁殖していませんので,あまり考えなくていいかと….
なお,旭山動物園でも,この「コクチョウ」は飼育されています.が,キャラとしては採用されていません.

columbianusは,日本では普通に見られる渡り鳥(冬鳥)です.つまり,これが「ハクチョウ」ということになりますか.しかし,寺島良安の時代では「コハクチョウ」・「オオハクチョウ」の区別はしていないようですね.ただ産地によっては,味に差があり,羽も良-不良の差があるとしていますので,何らかの違いがあることは認識していたのかもしれません.
英俗名は[Tundra Swan].生息地を示していますね.ところが,種名はcolumbianus.語根columb-が具体的になにを指しているかは不明ですが,これが主な生息地を代表しているとは思えないですね.Colombiaにも,いるのかもしれませんけど.
命名者が米国人なので「ハハン,なるほど」と思いますが,少し視野が狭すぎたようで.
 

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