クマタカ(角鷹,熊鷹)
Spizaetus nipalensis (Hodgson, 1836)
[Mountain Hawk-eagle]
タカ(鷹)はタカ目タカ科に属する鳥のうち,比較的小型のものを指すそうです(理系ではなく,国語辞典系の定義).逆に,比較的大型のものはワシ(鷲)と呼ばれています.クジラとイルカの関係に似ていますね.
ただし,昔のアジアでは,二つは区別していたようです(本草綱目および,それに準じている和漢三才図会など).
和漢三才図会に,「鷹」の字は,「ムネ(「鷹」の字の「鳥」を「月」に換えた字)で他の動物を撃つ.それでこう名づける」とあります.
クマタカについて考察する前に,クマタカの上位分類について整理しておこうと思ったのですが,困った現象が起きています.現代的な混乱です.リンネの分類法に従った古典的な分類(基本はこうあるべき)と,クラディズムの手法を利用した分類(実際には分類ではなくて,進化系統の筋道を表したもの),それとDNA分析による近縁関係を基本とした分類(絶滅種は無視せざるを得ない:こちらも類縁関係を表しているだけで,分類とはいいがたい),この三者が「ごった煮」になってしまっています.
この場合は,遺伝子学者がDNAの近縁関係によって再配列したようなのですが,リンネの記載法を無視しているので,分類になっていないのですね.食い散らかして放り出した.そんな感じです.
おまけに,日本の“学者”が原語の意味も考えずに学名を“和訳”したから,分類用語が錯綜して,ますます,わけがわからなくなっています.わたしの能力では解きほぐせそうにもありませんね.
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まずは,目ですが
order ACCIPITRES Linnaeus, 1758
order ACCIPITRIFORMES Vieillot, 1816
order FALCONIFORMES Sharpe, 1874
ざっと,こんなものが出てきます.もっとあるのかもしれないですが,少なくとも記載者の名前が明示されてるものだけです.
現世生物の記載にはありがちですが,分類名だけあって定義は明示されていないのが普通です.ひどい場合には(じつは普通ですが),その分類名の定義者名すら明示されていない.
その分類群名を採用した根拠も書かれていない.ま,ナイナイ尽くしで「記載」と称しているわけですね.
というわけで,これらのどれがリーズナブルなのかは,判断できないのです.
なお,“和名”(和訳)はもっとひどく,このどれにも“タカ目”の“和訳”((^^;)が与えられています.
FALCONIFORMESに“隼形目”という和訳が与えられている例も見たことがあります.falco-はラテン語としては「ハヤブサ」ですが,genus Falcoは「チゴハヤブサ属」ですから,和訳としては,「チゴハヤブサ形類」が正しいのですがね.“タカ目”よりはましでしょうけど((^^;).
ACCIPITRIFORMESも,ラテン語のaccipiterは,1)「タカのような捕食性の鳥」,2)「とくにAccipiter nisus (Linnaeus, 1758) =ハイタカ」を意味する言葉ですので,“タカ目”や“タカ形目”よりも「ハイタカ形類」がリーズナブル.
また,DNA分析からは,FALCONIFORMESはACCIPITRIFORMESから,かなり遠い位置にあるので,分離すべきという意見があり,実際にそれに従っている分類もあるようです.残念ですが,その「原著論文」が見つからないので,判断ができません.公表されているのかどうかも不明.
まあ,でも現世生物は古典的な形態分類よりもDNAの相違による分類に置き換わりつつあるので,時代の流れにしたがって,FALCONIFORMESは分離独立ということで考えた方がいいのかもしれません.
したがって,クマタカは,以下のように記述されます.
order ACCIPITRIFORMES Vieillot, 1816
familia: ACCIPITRIDAE Vieillot, 1816
genus: Nisaetus Blyth, 1845
Nisaetus nipalensis Hodgson, 1836
なお,“クマタカ”をSpizaetus nipalensis (Hodgson, 1836)としている場合がありますが,これは,古い分類体系(形態のみによる分類)とされています.
DNA分析の結果,アジア産の“クマタカ”類はNisaetus Blyth, 1845 に編入されています.DNA分析で分類をいじるのは引っかかるところがあるんですが,この場合は「動物地理区」とも調和的で「これでいい」のかもしれません.
なお,結果として genus: Spizaetus Vieillot, 1816に属する種は中南米産に,genus: Nisaetus Blyth, 1845に属する種はアジア産に統一されたようです.
しかし,どちらの属も模式種が見つからないのは,いじくり回された結果で(整理が終わっていないので)はないかと邪推するものですが.
こういうのは,シノニムをキッチリ記載している論文でも見つからないと手に負えません.
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さて,上記したように,genus: Nisaetus Blyth, 1845は模式種が不明ですので,なんと和訳するべきなのかわかりません.
何はともあれ,クマタカ[Nisaetus nipalensis Hodgson, 1836]に行き着いたこととしておきます((^^;).
属名Nisaetusは,Nis-aetusという構造で,「Nisusの鷲」という意味.このNisusは,ギリシャ神話に出てくる「ニースス王[Νῖσος]=[Nisus]」のことで,ある事件の後,王はハイタカに変えられたという伝説があります.-aetusは,ギリシャ語のアエトス[ὁ αετός]=《男》「鷲」で,あわせて「Nisus王のワシ」となります.
種名nipalensisは,nipal-ensisという構造の合成語で,「Nepal産の」という意味.
和俗名「クマタカ」は,和漢三才図会によれば,本草綱目を引用し「角鷹」と表記しています.元は中国語で,日本でも相当古くから使われていたことになりますね.
「角鷹」の「角」は,「角毛」のことで,耳を覆う毛が角のように立っているところから出た言葉.したがって,「熊鷹」と書くのは間違いということになります.“熊のように強いから”などというのは「後付け」じゃあないかと思います.少なくとも「(古典の)何々に書いてある」という記述は見あたらないです.
英俗名は「Mountain Hawk-Eagle」.Hawk-Eagleというのは,なにか不自然な単語です.英和辞典にも載っていない.最近の造語でしょう.そういえば,日本語でも「ワシタカ類」という不自然な言葉が使われていましたね.無視してもいいでしょう.
なお,genus: Nisaetus Blythに属するとされる種は7~8種あげられていますが,いずれも,日本には生息せず,和俗名も与えられていないようなので,割愛します.
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