タンチョウ(丹頂)
Grus japonensis (Muller, 1766)
[Japanese crane, Manchurian crane, Red-crowned crane]
タンチョウは,俗に「タンチョウヅル(丹頂鶴)」ともいうように,ツルの仲間です.一般にいうツルは分類学的はGRUIDAE(ツル科)に属するものをいい,大変に広い分類群が該当します.
タンチョウはもちろん,頭の頂が紅い(丹:通常は赤色顔料のことをいい,硫化水銀や鉛の酸化物=鉛丹などを指します)からですが,では「ツル」はどういう意味なんでしょう.
中村浩「動物名の由来」によれば,複数の説があるとし,代表的な四つの説を挙げています.
一つ目は,「ツルはツラナル也.多くつらなり飛ぶ鳥也」(日本釈名)
二つ目は,「ツルは鳴く声もて名づくなるべし」(和訓栞).同,「鶯,郭公,雁,鶴は我名を鳴くなり」(古今集註)
三つ目は,「ツルはすぐるの転也.諸鳥にすぐれて大なる鳥也」(引用不詳)
四つ目は,「ツルは朝鮮語に由来するもので,朝鮮語ではツルのことをツリという.ツリが転じてツルになった」(引用不詳)
しかし,中村氏は“中村説”とでもいうべきものを主張.
「ツルはつるむ」に由来する名ではないかといいます.「『ツルム』とは『交尾』のことで,古くは『ツルブ』といった」そうです.「『ツルブ』とは漢字で“婚”とかく.結婚とは“つるび結ばれる”ことである」そうです.
タンチョウの求愛ダンスは,広く映像で知られていますし,アイヌの民族舞踊「ツルの舞」なんかでも有名ですね.
タンチョウは明治に入ってすぐに絶滅したとされていました(殿様の狩り場がなくなってしまったために,狩りたい放題になったのが原因とか).それまでは,日本全国で普通に見られたらしいです.つまり,昔の人は「ツルの求愛ダンス」を普通に見ていたはずなのです.
蛇足しておけば,大正も終わりころになって,釧路原野で再発見されたときには,誰も知らなく巨大な鳥がいるということで,話題になったそうです.
絶滅したと思われていた生物が,じつは生きていたわけですから,つまり,タンチョウは“生きている化石”ということですね.
「田鶴」という言葉があります.使われている漢字から,これは「ツル」を指しているように思われていますけど,「タズ」は「多豆賀泥(たずかね)」が略されたもので,古語としては,ツルに限らず,「大きな鳥」を,すべて「タズ(多豆)」と「よんだと思われる」とされています.
「田鶴」がでてくる和歌に添えられた絵をよく見ると,ツルではなくコウノトリであることも多いとか.
タンチョウの学名は,後述しますが,Grus japonensisです.もちろん,「日本産のツル」という意味.ところが実際は,日本よりも中国北東部や朝鮮半島に多い鳥で,それを反映して,英俗名は「Manchurian crane(満洲鶴)」になっています.
しかし,中国政府にとっては「満洲」は「満洲国」を思い起こさせるということで「タブー」になっていて(「偽満」というらしい),英俗名にクレームがつき「Red-crowned crane」と呼ぶようにと圧力がかかっているそうです.
満洲は,古来からの中国の領土だと主張しているんですから,別に「Manchurian crane」でもかまわないようなモンですが….よくわかりません.
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さて,タンチョウの上位分類から.
ordo: GRUIFORMES Bonaparte, 1854
familia: GRUIDAE Vigors, 1825
subfamilia: GRUINAE Vigors, 1825
genus: Grus Brisson, 1760 [type: Ardea grus Linnæus, 1758]
きれいにそろってますね.
語根のgru-は,ラテン語のgrus=「ツル(鶴)」から.
したがって,鶴形類(鶴形目),ツル科,ツル亜科,ツル属です.
ツル属の模式種はArdea grus Linnæus, 1758ですから,種名のgrusは形容詞と見なして,「ツル(の中の)のツル」.原記載のArdeaはラテン語で,「サギの類」(とくに青鷺の類)を意味しますから,ツルとサギは近縁と考えられていたのでしょうね.
なお,希に,genus: Grus Pallas, 1766となっていることがありますが,これは異物同名でまったく別の鳥です.Pallasの方が後記載ですから,Grus Brisson, 1760が有効.
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続いて,genus: Grus Brisson, 1760に属するとされる種のリストを.
genus: Grus Brisson, 1760
Grus grus (Linnaeus, 1758)(クロヅル; Common crane)
Grus americana Linnaeus, 1758(アメリカシロヅル; Whooping crane)
Grus antigone Linnaeus, 1758(オオヅル; Sarus Crane)
Grus canadensis Linnaeus, 1758(カナダヅル; Sandhill Crane)
Grus leucogeranus Pallas, 1773(ソデグロヅル; Siberian crane)
Grus japonensis (P. L. S. Müller, 1776)(タンチョウ; Red-crowned crane)
Grus rubicunda (Perry, 1810)(オーストラリアヅル; Brolga)
Grus vipio (Pallas, 1811)(マナヅル; White-naped crane)
Grus monacha Temminck, 1835(ナベヅル; Hooded crane)
Grus nigricollis Przevalski, 1876(オグロヅル; Black-necked crane)
種grusは上述の通り.
和俗名は“クロヅル”と呼ばれているようですが,クロヅルというよりは“ハイヅル”のよう.現在の日本にはあまりあらわれないツルのようですが,「和漢三才図会」には「黒鶴」の名が見えています.でも,色彩の記述が微妙です.ただし,「色の淡いものがあり,薄墨と名づけるものがある」とありますので,こちらはあたっているかと.でも,そうすると,「クロヅル」に該当する鳥がいなくなります.この種のヨーロッパ産のものが,多少色が黒いといいますから,寺島良安の時代以前にはこれらも日本に来ていたのでしょうか(後出,「ナベヅル」参照).
英俗名は「フツウヅル[Common crane]」.ざっぱな命名ですが,分布範囲などを考慮すると,そうなのかな.日本で普通のツルは後述の「マナヅル」ということになりますけどね.
種americanaは,ラテン語で「Amerigo の」という意味.これは,Amerigo VespucciのAmerigoをラテン語化したAmericusの《女性形》ですが,ここでは,「人物;Amerigoの」ではなく,「地名;Americaの」という意味になりますね.
主な生息地は北米で,日本にはあらわれない模様.だから和俗名は必要ないのですが,こう呼ぶ人もいるようです.面白いのは,英俗名は単に「whooと鳴くツル」なのに,和俗名には「シロ」の文字が入ること.欧米人にとっては,普通のツルは「灰色」ですが,日本人にとっての普通のツルは「白色」という認識の違いが出たようです.
ただ,“アメリカクロヅル”というのがいないのに,わざわざ「シロ」を入れる必要があるのかという気がします.
種antigoneは,ギリシャ神話のオイディプスの娘の名前[ἡ Ἀντιγονη]=《女》「アンティゴネー」をラテン語化[Antigone]したもの.ちょっと,命名の趣旨が不明だったのですが,この鳥が「頸上部から頭部にかけて羽がなく,赤い皮膚が露出する」ということと,アンティゴネーが「首をつって自殺した」というのと関係があるのかもしれません.そうであれば,ちょっと命名者のセンスを疑いますね((--;).
和俗名は“オオヅル”というのがあるようです.英俗名が「湖のツル」ですが,これは英語ではなく,サンスクリット語が語源だそうです.サンスクリット語が語源ということは,この鳥の生息地はインド.おまけに,湖が生息地なので,う~~ん,なるほど.こちらは英俗名のセンスがいいのに対し,和俗名は悲しい((--;).
種canadensisは,ラテン語で「カナダ産の」という意味.ところで,Canadaの語源ですが,欧米人が侵出したときに,現地人に「ここは何処だ」と訊ねたら,原住民は「ここはkanada(=「村」だ)」と答えたので,地名と勘違いしたという話です.よくある話((^^;).
和俗名は,学名から引っ張った「カナダヅル」.英俗名は地名の「Sandhill」だそうです.
種名leucogeranusはleuco-geran-usという構造の合成語で,元はギリシャ語.
leuco-は,[λευκός]=「明るい,輝く,鮮やかな;白い」という形容詞をラテン語の語根化したもの.
geran-は,[ἡ/ὁ γερανός] =《女・男》「ツル (crane)」という名詞をラテン語の語根化したもの.
-usは,形容詞化語尾で,あわせて,「白いツルの」という意味になります.
和俗名が,「ソデグロヅル」で,風切り羽根が黒いのを表しているのに対し,学名が「白いツルの」なのは,やはり欧米では,「灰色~淡黒」のツルが“普通”だからだでしょうか.これに対し,英俗名はSiberian crane.これは,繁殖地を示しています.
種japonensisは,もちろん「日本産の」という意味.ただ,なぜ,日本のことをJaponというのかがわからない.
和俗名は「タンチョウ」.和漢三才図会には「丹頂鶴」がでていますから,相当古くからこの名称があったことになりますね.「本草綱目」の「鶴」の記載は「丹頂鶴」のことだと良安が解説しています.アジアでは,鶴の代表は「丹頂鶴」ということですね.
あまり英名のことを書いて,炎上されても困るので…略.
種rubicundaは,ラテン語の形容詞 rubicundus =「赤い」の《女性形》.つまり,属名と合わせて,「赤いツル」.ですが,「赤いツル」というほど,赤くありませんね.頭部の一部が「赤い」だけです.
和俗名「オーストラリアヅル」は生息地を示したものですが,英俗名の「Brolga」のほうが,アボリジニの言葉だということですから,こちらのほうが好きですね.和俗名でも「ブロルガ」とすればいいのに.
種vipioは,ラテン語で「小さなツルのある種」をさす言葉だそうですが,具体的にはどんなツルを指しているのかは不明です.
和俗名は「マナヅル(真鶴)」で,和漢三才図会に記述があります.古い時期から,ツルの典型として認識されてきた種です.
英俗名は「White-naped crane」.「エリジロヅル(襟白鶴)」とでも訳しておきましょうか.
種monachaは,ラテン語の《女性名詞》monacha で,意味は「尼僧,修道女」です.元が,ギリシャ語で[ἡ μοναχή]=《女》「尼僧,修道女」.
男性形のmonachusは,もちろん「僧侶」という意味.こちらは(も),元はギリシャ語で[ὁ μοναχός]=《男》「僧侶」です.本来は《形容詞》[μοναχός]=「単一の;孤独な」であり,「独りで生活するもの」の意味です.昔は,坊主も純粋だったんですねぇ. さて,この語は,たぶん,体幹部が「黒っぽい」ところからきているのでしょう.写真を見るかぎりでは,Grus grus (Linnaeus, 1758)=「クロヅル」よりも黒っぽく見えます.ひょっとしたら,和漢三才図会でいう「黒鶴」の黒っぽい方は,じつはこちらを指しているのかもしれません.和俗名をつけた人は,古語の知識が足りなかったのかな.
和俗名は「ナベヅル(鍋鶴)」.鍋鶴の意味は不詳ですが,和漢三才図会には,「肉の味も佳い」とあり,普通に食されていたようですから「鶴鍋」の「鍋鶴」なのかもしれませんね.
英俗名は「頭巾鶴 [Hooded crane]」です.ツル科の鳥は,多かれ少なかれ頭部に特徴があり,頭巾をかぶっているように見えるので,この名称が適当かどうかは疑問のところです.
種nigricollisは,nigri-collisという合成語で,意味は「黒い丘/高まり」です.ちょっと,意味がピンときません.もしかしたら,原著者はcollum =「頸」と勘違いしたのかもしれません.ちなみに英俗名は「首黒鶴[Black-necked crane]」になっています.
一方,和俗名は「オグロヅル」.英俗名と和俗名では,ぜんぜん違うように思えてしまいますが,じつは,この鳥は,首と尾が黒いのです(それと,風切り羽根も).困ったモンだなあ….
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