2008年2月25日月曜日

アンチセルという人

 “ライマン展”関連です.
 アンチセルはThomas Antisellなので,アンチセルと表記します.アンティセルでもいいかと思いますが,そういう表記をしているのは見あたりません.ところが,結構「アンチッセル」と表記しているのが目に付きます.

 さて,アンチセルの仕事として有名なのは,1)野生ホップの発見と2)札幌軟石の発見があるといわれています.

 このうち“野生ホップの発見”というのは,どうも眉唾のようですね.
 これを記録した文献はまだ見つけていません.しょうがないので,Googleしたら,結構たくさん出てきますが,「野生ホップを発見した」という記事には,たいてい「といわれている」と続き,引用文献などが出ているものにはまだ当りません.
 もう一つの記事は「アンチセルはカラハナソウが自生しているのを見出した」というものです.この記事にはその後,「アンチセルはこれを野生のホップと勘違いし,これでビールをつくったが失敗した」という記事が続くのが普通です.どうもこちらの方が真実のようです.と,いうのは,こちらの記事にはホップ(セイヨウカラハナソウというらしい)およびカラハナソウの学名がならび,裏付けがしっかりしているように思われるからです.
 続いて,「ホップに良くにたカラハナソウが生育するのだから,ホップも育つだろうと,ホップの苗が輸入され,北海道で本格的なビール製造が始まった」とされています.
 これを,アンチセルが勧めたものかどうかはチョット分かりませんが,どちらにしても「アンチセル」-「野生ホップ」は一種の伝説のようですね.

 もちろんこれ自体は,地質学史となんの関係もありません.でも,アンチセルに地質学的な業績があれば,+αとしてのエピソードには使えそうなんですが.

 それでは,2)の札幌軟石の発見についてはどうでしょう.
 こちらもなかなか,「アンチセルが発見した」という記録は見つけられません.原因はボスであるケプロン将軍がアシスタントとして連れてきたアンチセルを嫌い,アンチセルの業績を抹殺しようとした形跡があるからだといわれているようです.普通に見られるアンチセルの報告はさっぽろ文庫19「お雇い外国人」(札幌市教育委員会編)にしかないようです.
 それには,アンチセルは札幌に首都をつくるのは無謀だという意見を述べており,とても,石山辺りにいい石材があるから,それを使って町を造ろうと述べたことがあるとは思えませんね.
 こちらも“伝説”のようです.

 なお,アンチセルを地質学者だとしている記述がママ見られますが,アンチセルはワシントン化学会の初代会長をやっています.器用な人ではあるようですが,地質学者だというのは語弊があるようです.開拓使を追い出されてからは,造幣局でインクの研究をしていたとか.

 また,ケプロン将軍を囲んでいる四人(全部で五名)の写真が有名ですが,この写真の解説(人名)はしょっちゅうまちがっています.真ん中でそっぽを向いているのがアンチセルです.原因はたぶん,「新撰北海道史」での解説がまちがっているからだと思います.

 さて,なんにしろ,アンチセルにはまだまだ不明な部分が多いので,もっと調べる必要がありそうです.

「ライマンと北海道の地質」(仮称)

 四月下旬から,北海道大学博物館でおこなわれる予定の「ライマンと北海道の地質」展(仮称)のお手伝いをすることになってしまいました.
 あと,二ヶ月!
 何という過密スケジュールか!!

 一年くらいかけて組立ててゆくというなら,私にも勉強になるので,メリットはあるのですが,このスケジュールでは,ただのやっつけ仕事になってしまいそうです.

 私に任されたのは,テーマ2「北海道における鉱山開発関係」(なんちう題名だ(^^;.あとで考え直そうッと).
 すでにいくつかサブテーマがあがっていて,それらのうちで,「難題」になりそうなものから検討を始めています.地質学史ですが,いろいろ問題がありそうなので,ここで記録しとこうかと思います.

2008年2月22日金曜日

Mantelliceras

 マンテルは,医者を続けながら,たくさんの化石を集めていました.
 彼も生層序学の開発者の一人だったのです.

 ある時,それまで集めたたくさんの化石を,当時貝化石の目録を作成中だったジェームス=ソワビーに送りました.マンテルが送った標本に感激したソワビーはその中の一つにAmmonites mantelli J. Sowerby, 1814と名付けました.

 これに感激したマンテルは,さらに化石の収集を続け,やがてこれが世界で最初の恐龍の発見につながっていきます.

 マンテルの名が付けられたアンモナイトは,百数十年後,分類学的な再検討が行なわれ,Mantelliceras mantelli (J. Sowerby)と訂正されます.
 この仲間は,北海道の上部白亜系からも発見され,イングランドの海と日本の海が,約8千万年前にもつながっていたという証拠になります.

 このため,「化石による地層の対比」が可能になるわけです.

Mantellの言葉

「小川の岸で小石を一個拾っても」
「その石に絡む自然界の全てがきっと分かる」
Gideon Mantell (1849) Thought on a Pebble.

いいなあ,このフレーズ.
小石一ヶで,たくさん勉強が出来るのに,今は誰も気にも留めない.
がんばれ!小石!!

2008年2月10日日曜日

古生物学の歴史



 ようやっと,「わかり難い」・「回りくどい」と,文句をたれながらも,コーエン, C.(著)「マンモスの運命」を読み終えました.
 この本にも,前から気になっていたルドウィック, M.(著)「化石の意味=古生物学史挿話=」が参考文献として載っていました.こりゃあ読まざるを得ないベ.と,いうことで入手して,読むことにしました.



 「マンモスの運命」は,ほとんどすべてを,「化石の意味」に負っている(「化石の意味」を,マンモスを軸にして,再構成したというところでしょうか)ようです.苦労して「マンモスの運命」を読むよりは,最初から「化石の意味」を読んだ方がいいでしょう.こちらの方が,日本語もこなれています.
 ただし,非常に残念なことに,「化石の意味」は絶版あつかいなので,すでに入手不可.古書店でも,入手しづらくなっています.これは,是非とも復刊して欲しい本の一つですね.

 「化石の意味」は,古生物学を足場にしているので,我々にはよりわかりやすくなっています.
 しかし,この本の著者はヨーロッパ人であるために,“化石観”の進歩の背景にあるキリスト教の影響については説明不足の感が否めません.かれらにとっては常識だからでしょう.キリスト教が社会だけでなく人間の精神をも拘束していたということは,われわれ東洋人には,なかなか理解しがたいことなので,このあたりを理解するためには,松永俊男の“ダーウィンをめぐる世界”についての一連の著作の方がわれわれにはわかりやすいですね.

 「化石の意味」の発行は1981年でした.
 なんで,同時期に,この本を読んでいないのだろうと考えました.ちょうど,大学院・博士課程にはいったころで,個人的には精神的な余裕はあったはずです.ですが,教室内では,この本は話題にもならなかったですね(今考えると,その理由は何となくわかりますが).
 その後は?つまり,博物館に務めてからは?
 学芸員に勉強なんかするヒマはありませんよ.(^^;

2008年2月7日木曜日

「ハットン神話」と「ライエル神話」

 ハットンとライエルの業績とされていることに異議があることを知ったのは,都城秋穂「科学革命とは何か」を読んだ時でした.
 正直な話,学生時代にかれらが近代地質学をつくったという風に教えられた私は,その学生時代につくられた常識からなかなか離れることができませんでした.つまり,まあ,そのことが書かれている文章を読んでも,なかなか理解ができなかったわけですね.また,個々についての間違いが指摘されて,それを理解しても,つながりが理解できない.つまり,地質学史の中での位置付けが,頭の中でシックリこないというわけです.
 都城秋穂という人は「ホイッグ的歴史観」を否定するわりには,ホイッグ的に筆が滑る人ですから,「何だろうなあ」と思いながらも,読み棄てるしかなかった訳です.

 では,ハットンやライエルは実際に何をいい,どういうことをやっていたかを調べようとしましたが,まるで取っ掛かりがない.なにせ,有名な割りには本物は誰も見たことがないというありがちないわゆる“古典”なんですね.日本語のそれも抄訳がでたのが,2005年(大久保雅弘編)というわけで,たぶん地質学者を肩書きとする人たちは,ほとんど読んだことがないでしょう(「あんたもだろう」って言わないでください.なにせ,日本では大学あるいは国公立の研究所に勤めている人以外は科学者とはあつかわれませんから,もちろん,私は「地質学者」じゃあ無い).
 そんなわけで,なかなかなぜ「神話」だと言われるのかが理解できませんでした.では,原著を入手して読んでやろうかとも考えましたが,それじゃあ,まるで「学者」だ.そこまでする必要はないべ.
 ちなみに,この時に調べたら,海外ではまだ "Principles of Geology" by Lyell, C.が販売されていました.こんな時が,彼我の国力の差を感じる時ですね.

 話は変わりますが,化石の研究をしていると,どうしても進化論が気にかかります.
 で,ヒマな時に,関連の本を読むわけですが,ダーウィン(とダーウィン主義者)はどうも胡散臭くてかかわる気がしなかった.そんなわけで読んでいなかった本に,松永俊男さんの一連のダーウィン関連の本があります.ある時フと気が変わって,図書館から一冊取り寄せて読んでみました.

 自分の間違いに気がつきました.

 現在市販されているものは,すべてAmazonに注文し,それ以外のものも,古書店で入手できるものはすべて入手しました.「ハットン神話」・「ライエル神話」の歴史的位置付けが,明瞭に描かれているのです.残念なことに,松永さんは科学史家ではありますが,生物学に足場を置いているので,「地質学史」としては見ていません.でも,地質学史家よりはよっぽど,当時の地質学について理解しているようです.
 ありがたい.原著を読まずにすんだ(^^;.

 ようやっと,「ハットン神話」・「ライエル神話」が腑に落ちました.
 おかげで,これまでたくさん読んだ関連書籍の言いたいこともわかるようになってきました.
 ま.歳のせいで頭が悪くなってますから,このあとも間違えそうですが,ここに書いてあることは覚えておこう(^^;.

 それにしても,地学史(ローカル&グローバルを含めて)が気になって,調べてますが,歴史というヤツは簡単に偽造されてしまうんですね.怖いです.