2009年4月11日土曜日

砂鉄“研究”史(2)の2

 
・武信謙治(1918)「中國に於ける砂鐡精錬事業に就て」
 同じ年,同じ会誌「鉄と鋼」に,別の記事が載ります.武信謙治(1918)です.
 これは非常に短い記事で,著者は前記・山田賀一記事の補足であると称しています.関連部だけ引用します.

 著者は「真砂と称するもの」や「赤目と称するもの」は「砂鉄の方言」であるとしています.そのうえで,その違いは,以下….
 “真砂”:FeO=55%, Fe2O3=28%
 “赤目”:FeO=28%, Fe2O3=55%
 であり,ほかの成分は「二者殆と同一の成分」であり,ただ「燐の含有量」に差があるだけだといいます.

 そのあと,炉内での還元反応を精密に推測していますが,省略します.
 重要なことは,たたら炉内は(製鉄作業としては)低温なので,「柄實(説明がない特殊な用語ですが,鉱滓のことでしょうか?)」に不純物が吸収され,燐分の低い鉄が精製されるとしていることです.
 これも,のちの研究者によって「燐分の低い」ではなく,「不純物が少ない」と書き直されてゆきますが,「鉄」中の“不純物”である「炭素」は「鉄の性質」を決める重要な要素なので,「燐が少ない」なら「燐が少ない」と書くべきで,「不純物が少ない」という書き方は非常によろしくないと思います.


・長谷川熊彦(1921)「製鐵原料としての砂鐵鑛」
 三年後,長谷川熊彦(1921)が掲載されます.
 長谷川(1921)は,我が国の砂鉄には二種類あるといいます.
1)は,火成岩中の磁鉄鉱が母岩の風化・浸食によって流出し,現河床堆積物あるいは海浜堆積物となったもの.これには人力によって水洗淘汰したものも含む.
2)は,一つ目の堆積鉱床が時間の経過とともに,磁鉄鉱の一部が水酸化鉄に変じたものである.
 一般に利用されている製鉄原料としての砂鉄は,前者のみであり,後者は利用が困難であるため,放置されているとしています.

 長谷川は意識的に「真砂」・「赤目」,「山砂鉄」・「川砂鉄」・「浜砂鉄」という用語の使用をさけているようですが,前者が「真砂粉鉄」であり「山粉鉄」を意識しており,後者が「赤目粉鉄」であり「川粉鉄」・「浜粉鉄」を意識していることは明瞭です.さけたのは例外が多すぎるためでしょう.
 「たたら製鉄用語」・「村下用語」の不正確さ・あいまいさを回避しようとしたものと思われますが,要するに,前者は母岩中にあったとほぼ同じ状態の「鉄鉱物」であり,後者は前者が風化運搬過程で酸化が進んだ状態を意識しているものでしょう.
 名前を付けるとしたら,前者が「一次砂鉄鉱床」,後者が「二次砂鉄鉱床」でしょうか.しかし,これは砂鉄鉱床メカニズムを意識しているのではなく,含有する砂鉄の風化度・酸化度を意識しているもので,我々地質屋にはわかりにくいことです.


・井上克已・梅津七蔵(1922a)「砂鐵に対する磁力分離實驗」
・井上克已・梅津七蔵(1922b)「同,(承前)」
・井上克已・梅津七蔵(1922c)「砂鐵鑛の顯微鏡試驗」
 翌1922年,井上克已・梅津七蔵は上記三編の論文を公表します.
 井上・梅津は,鉱業的な見地から砂鉄中のチタン成分を除去するための実験をおこなっていましたが,チタン成分の実態について,重要な情報があるのでそれを採録しておきます.
 井上・梅津は砂鉄中のチタン成分の存在状態を以下の仮説を示しています.
1)チタン元素はイルメナイト(FeO・TiO2)として単体で存在し,これも単体として存在する磁鉄鉱(Fe3O4)と物理的に混在している.
2)単体イルメナイト,単体磁鉄鉱のほかに,両者の固溶体が混在する.

 もし,1)であれば両者は磁力による選鉱が容易ですが,2)であれば固溶体が多ければ多いほど磁力選鉱は有効ではないことになります.
 実験結果,磁力によってイルメナイトを分離することは不可能で,砂鉄中のチタン成分は固溶体:チタニフェラス・マグネタイトとして存在するとしています.

 磁力実験では五つの標本が使われています.
(イ)青森県久慈五番坑砂鉄
(ロ)同    二番坑砂鉄
(ハ)千葉県佐貫砂鉄
(ニ)島根県真砂砂鉄
(ホ)岩手県産の砂鉄

 いずれも,困ったことに詳しい産地・産状・母岩などの説明はありません.それでもいくつかの貴重な情報を提供しています.
 まず,粒度分析です.
 これらを40,60,80,100,120mesh の篩に通すと,いずれも100-120 mesh (0.150 ~ 0.125mm) のサイズが半分以上を占め,40 mesh (0.425 mm) 以上のサイズはほとんどありません.ただし,(ニ)の真砂とされるものだけは,100-120 mesh が37.00%で,40-60 mesh が27.30%となり,二つのピークを持つようです.
 同時に,おのおの篩を通してサイズ別に分離した“砂鉄”について,[チタン/鉄]比を出していますが,サイズによるチタン含有量にそれほど差があるようには思えません.ただし,[チタン/鉄]比は,ほかのものが10前後であるのに対し,真砂とされる資料については1前後と極端に少ないです.前述のように資料の由来については,なんの説明もないので,なにを反映しているのかについては言及できません.

 また,井上・梅津は「砂鉄鉱」は岩石中の磁鉄鉱粒が母岩の風化による変質崩壊に伴って生じたものと想定し,その磁鉄鉱は…,
1)母岩が塩基性岩の場合は酸化チタンや酸化クロームなどを共存することは,すでに鉱物学者が発見したことであるとし,
2)母岩が酸性岩の場合は上記酸化物は共存しないとする学者と,酸化チタンは共存するとする学者がいる
と,しています.

 1)は,ほぼ共通理解のものとしていますが,その研究論文は示されていません.2)は未だ議論の最中であるとしています.
 そのうえで,各地の砂鉄を顕微鏡で観察し,以下の結論を示しています.

1)砂鉄には磁鉄鉱,イルメナイト以外に両者の固溶体が存在する.
2)従来,砂鉄は磁鉄鉱がほとんどでイルメナイトおよび固溶体は少量であると考えられてきたが,90%以上は固溶体=チタニフェラス・マグネタイトであり,単体の磁鉄鉱・イルメナイトはほとんど存在しない.
3)日本産(1資料朝鮮産を含む)の砂鉄は母岩が酸性岩であろうと塩基性岩であろうとチタニフェラス・マグネタイトを含む.
4)チタニフェラス・マグネタイトは強磁性であるので,磁力選鉱によるチタン分の除去は不可能である.


 井上・梅津の結論は重要ではありますが,観察した砂鉄の産地・量が限られていて,上記結論を言い切るのは危険ではないかと思われます.また,3)については,論文中で何のデータも示されていず,また議論もされていないために,なぜ結論中にこれが出てきたのか不可解です.


・梅津七蔵(1924)「砂鐵鑛の研究に就て」
 二年後,前記著者の一人・梅津七蔵は,上記論文を公表します.
 この論文は,論文というよりは講演録のようで,主に井上・梅津(1922a, b, c)の知見に基づいています.内容は,砂鉄が磁鉄鉱とイルメナイトの混合物ならば,磁力選鉱ができるはずであるが,それが困難なのは磁鉄鉱とイルメナイトは固溶体であり,共晶をつくっているためであるという話しです.
 この中で,注意すべき記述がいくつかあります.なお,これは「神保博士」の調べによることだと断っています.神保博士とは神保小虎東大教授ことだと思われます.

1)「日本産の砂鉄は主に塩基性岩石から来たものが多くて,酸性岩石から来たものはわずかに山陰山陽のものだけでありました」,「その他はほとんど全部が塩基性岩石から出来ましたところの砂鉄であり」,
2)「塩基性岩石から来た砂鉄粒はそのサイズが非常に区々である」,しかし,「酸性岩石から来たのは比較的自然粒が平均しているようである」
3)「一般に酸性岩石から来たものは黒色で」,「塩基性岩石から来たものは褐色あるいは黒褐色などの色をしている」ようだ


 1)の記述は非常に限定的にいっている.山陰山陽の砂鉄は花崗岩類を源岩としているのはよく知られていているが,その他の砂鉄の源岩が塩基性岩石であるといっているのは初めての指摘です.井上・梅津(1922c)で「母岩が鹽基性岩たる場合に於ては酸化チタニウム或は酸化クローム等を共存するものなる事は已に鑛物學者の發見する所なりとす」という記述は,この事を示しているのでしょう.
 2)はその粒度の性格について述べたことですが,山陰山陽の砂鉄は粒度がそろっており,それ以外の地域のものは粒度がそろっていないということです.また,
 3)は前者は真砂粉鉄を,後者は赤目粉鉄を意識しているようですが,そう明確には書いていません.
 いずれにしても,実例や具体的なデータあるいはそのことが書かれた論文の引用があるわけではなく,根拠はまったく示されていません.神保は著者に口頭でいっただけで,論文を残さずに亡くなったものでしょう.
 蛇足しておけば,山陰山陽の砂鉄は人為的に直接源岩から水で洗い出したもので,その他のものは地質学的時間の中で風化浸食堆積したものですから,サイズがバラバラなのは何の不思議もないことだと思われます.

 梅津は結論として,日本産の砂鉄はチタニフェラス・マグネタイトであり,母岩が塩基性・酸性のどちらからも産出し,それらは多少に関わらずチタンを含んでいる,としている.


・長谷川熊吉(1926)「砂鉄研究」
 長谷川熊吉(1921)から五年後,長谷川は上記論文を「鉄と鋼」に掲載します.これは,大正十四年十月十八日 日本鉄鋼協会創立第十周年紀念大会講演とあります.
 砂鉄精錬の実用化についての話しですが,特に含有するチタン成分の影響について詳しいものです.
 話しの本筋の方はあまり興味を引きませんが,いくつか重要な文言があるので,これに注意を喚起したいと思います.

 長谷川(1926)は,「古来本邦砂鐵は『真砂』(マサ)及び『赤目』(アカメ)と稱せり」といいます.長谷川(1921)では使用をさけていた「真砂」・「赤目」を使用しているわけです.
 武信謙治(1918)は「真砂」・「赤目(アコメ)」は方言であるとし,梅津七蔵(1924)は神保小虎の話しとして「真砂」・「赤目」といわれるような酸性岩=花崗岩を母岩とする砂鉄は山陰山陽のみに産するものだとしていますが,これに対する反論は特にありません.強いていえば,「古来」といっているので,昔からそういっていたので使うという意味でしょうか.

 長谷川は続けていいます.
「(真砂は)磁鉄鉱よりなり,不純物少なき優良品にして良鉄製造の原料とされたり,前掲極端なる低チタニューム砂鉄も亦此種に属す.」,「(赤目)は磁鉄鉱粒に小部分の赤鉄鉱粒又は褐鉄鉱粒を混じ,比較的不純物多く下等品にて優良鉄製造原料となし得ず,チタニューム含有も亦少なからず.」
 「真砂」・「赤目」という用語の使用法,またその主成分や微量成分について,山田(1918),武信(1918),井上・梅津(1922),梅津(1924)は微妙に,また大きく異なることがわかると思います.
 思うに,彼らの研究材料は非常にローカルなもので,全体を反映していないのも関わらず,いくつかの資料の分析のみで「一般に…」としているものでしょう.
 また,使用している基礎的な用語に共通性がないのにも関わらず,調整した様子もないのは不思議です.お互いに別の言語でしゃべっていたのでは,議論が成立しないでしょう.

 長谷川(1918)は「真砂は不純物が少ない」といいますが,なにに比して少ないのか.また,その不純物とはなにを示しているのでしょうか.一つの論文内でも議論は非常にあいまいです.

 長谷川はさらに奇妙な論理を展開します.
 長谷川は「砂鉄を塩基性及酸性の両種に分類」しました.定義は「塩基性母岩に胚胎せらるるものを塩基性砂鉄と称し,酸性母岩に出発せるものを酸性砂鉄と称せんとす.」です.
 砂鉄を分類する試みは結構ですが,砂鉄そのものの性質ではなく,母岩の性質で分けるのは意味があるのでしょうか? 結果として出てきた砂鉄に違いがなければ意味がないと思われるのですが….しかし,1980年代後半に至っても産業考古学者が使っていた意味不明な言葉「塩基性砂鉄」・「酸性砂鉄」のルーツがここにあることがわかりました.

 長谷川は続けていいます.
「前者(塩基性砂鉄)は塩基性鉱物結晶粒を,後者(酸性砂鉄)は酸性鉱物結晶粒を含む.」
「酸性母岩とは純花崗岩にして塩基性母岩とは輝石又は角閃石花岩崗,閃緑岩,安山岩等なり.」
「前者中には主として硅砂にして少量の輝石,長石粒をも混ず,後者は輝石族,就中紫蘇輝石を主要とし其他硅砂,長石を混ぜり.」

 「塩基性砂鉄」・「酸性砂鉄」のみならず,「純花崗岩」という語のルーツもここにあったようです.
 しかし,なんということでしょうか!
 「砂鉄」に「磁鉄鉱」・「赤鉄鉱」・「褐鉄鉱」・「チタン鉄鉱」などが含まれるというのならまだわかりますが,珪砂・輝石・長石を含んでいるのならば,それは「砂鉄」ではなくて,「砂鉄」をたくさん含む(ただの)「砂」でいいのではないでしょうか?

 また,「塩基性鉱物結晶」・「酸性鉱物結晶」も聞きなれない言葉で,言葉自体が矛盾を含んでいるような気がしまするが,「塩基性鉱物」は現代岩石鉱物学用語で「マフィック鉱物(=有色鉱物)」,「酸性鉱物」は同「フェルシック鉱物(=無色鉱物)」で翻訳が可能のようです.しかし,おのおの反対の性質の鉱物を少量づつ含むというのは定義としてはまずいし,「砂鉄」にマフィック鉱物やフェルシック鉱物が含まれるというのは,そもそも矛盾しています.

 さらに,「純花崗岩」(という言葉は地質学にはないが,あとに続く言葉からマフィック鉱物を含まない花崗岩を示しているらしい)のみが酸性母岩であり,輝石花崗岩・角閃石花崗岩・閃緑岩・安山岩などが塩基性母岩であるとなると,地質学の素養があるものは議論に入れません.なぜなら,この「酸性岩」・「塩基性岩」の分類は,地質学の基本である岩石学の分類を無視しているからです.岩石学では,花崗岩は酸性岩であり,閃緑岩・安山岩は中性岩です.

 総じて,長谷川がここで提示している「用語」は,類似の用語が類似の学問分野で使われていて,しかも定義が全く異なり,混乱を助長するだけだと思われます.実際に砂鉄に関する議論は常に混乱がまとわりついています.
 したがって,これらの用語は使うべきではないと思われますが,どうしても使用したい向きには,必ず長谷川熊彦(1926)に使用された用語であると断りをいれるべきでしょう.


・梅津七蔵・前田六郎(1930)「砂鐵鑛の顯微鏡的組織」
 梅津・前田(1930)は,井上・梅津(1922),梅津(1924)の続編として国内12カ所産の砂鉄の顕微鏡的観察について述べていますが,その中で,前記,長谷川(1926)の考え方を受けたものか,以下のように記しています.

「花崗岩・花崗斑岩・石英粗面岩・長石等を母岩とするものを酸性砂鉄といい,閃緑岩,玢岩,安山岩,斑糲岩,輝緑岩,玄武岩等より将来せられたるものを塩基性砂鉄と称するを便とする」
 「酸性砂鉄」・「塩基性砂鉄」の用語は長谷川(1926)の用語を引き継いでいるようですが,中身は全く異なります.
 再度記しますが,どうしても「酸性砂鉄」・「塩基性砂鉄」の用語を使用したい向きには,それが長谷川(1926)の定義なのか,梅津・前田(1930)の定義なのか明らかにしてから,使用すべきでしょう.


・俵国一(1933)「古来の砂鉄精錬法ーたたら吹製鉄法」
 現在では,「たたら製鉄論のバイブル」といわれる俵国一著「古来の砂鉄精錬法ーたたら吹製鉄法」が丸善から出版されました.これは,この時期の「たたら製鉄」関連の集大成といっていいものなのでしょう.
 残念ながら,このバイブルは,現在ではほとんど入手不可能なので,2007年に出された「復刻・解説版」によるしかありません.さらに残念なことには,同書に併載されていた「鉄山秘書(鉄山必要記事)」は「割愛」されたのだそうで,掲載されていません.全く残念なことです.
 さて,この俵国一(1933,2007)にも砂鉄に関する概説があります.

「砂鉄をその性質上大別して二種となす.即ち真砂小鉄及び赤目小鉄とす.中国地方にありては砂鉄を小鉄と俗称す.」
 文脈からは,「鉄山必要記事」からの引用だと思われます.
 俵は勘違いしているのだと思いますが,下原重仲はそういう記録はしていません.現在の我々が読むことのできる三枝版(1944編)でも,館版(2001,現代語訳)でも,「播州・但馬・美作にては鉄砂と申し,備国(備中・備後・安芸)・伯耆・出雲・因幡・石見では粉鉄という」となっています.下原重仲は伯耆国(現在の鳥取県)の出身であり,当然本人は「こがね」といい,「粉鉄」と書いたでしょう.これまでのところ「小鉄」と表したのは俵がはじめてであり,ほかには見られません.もし,過去の著述から引用しているのであれば,そう書かなければいけないのですが,「バイブル」と化しているような本では,致し方ないのでしょうか.

 下原重仲が使用している「粉鉄」には,現在使用されている言葉と同じ意味での「砂鉄」が含まれていますが,その他にも構成成分として「珪酸塩」を必要としています(ちなみに,下原重仲は砂鉄をほとんど含まない有色鉱物・重鉱物がほとんどの粉鉄も“下品”ではありますが粉鉄と呼んでいます).したがって,これに「砂鉄」という言葉をつけるのは,ただ誤解を招くだけなので,不適切でしょう.

 さらに,下原重仲は中国地方の住人であり,彼は伯耆国での粉鉄の話しを中心に,中国地方全体の話しを聞き書きで記しているだけなので,この話しをもって日本全国の「砂鉄」の分類に使うのはナンセンスきわまりないです.下原重仲が関東地方や蝦夷地,あるいは薩摩の粉鉄のことを知っていたとは思えないからです.
 あとでわかりますが,「真砂粉鉄」は山陰地方の山麓部のごく一部からしか産出しません.さらに村下によっては,さらにごく狭い範囲のものしか「真砂粉鉄」と認めません.そのような分類を日本全国の砂鉄の分類に当てはめるのは,全く意味がありません.もともと花崗岩地帯でのみ,しかも真砂化の進んだ花崗岩地帯でのみ通用する分類なのです.なぜなら,真砂化していない,しっかりした花崗岩にはいくら水をかけても粉鉄は採取できないからです.
 これは他地域の他岩石でも同じことで,玄武岩や安山岩の溶岩にいくら磁鉄鉱やチタン鉄鉱が含まれていても,そこから砂鉄を取り出そうと考えるのは意味がありません.すべて,地質学時間を経て,風化浸食され,堆積鉱床として成立したものでなければ,砂鉄は取り出せません.堆積鉱床中の砂鉄は,源岩中にあった砂鉄とは多かれ少なかれ異なったものになっていると考えるべきで,もともと様々なもので,さらに変質してしまったものを,ほぼ源岩から出たばかりの「真砂粉鉄」と比較してどうしようというのでしょうか.理解できません.

同地方一般に発達せる岩石は噴出岩にして主に花崗岩,閃緑岩等より成る.
 花崗岩・閃緑岩は噴出岩ではありません.どちらも深成岩です.当時は火成岩のことを噴出岩といったらしく,これを現在そのまま引用すると,非常におかしなことになります.

「花崗岩内に角閃石を混ぜるものと然らざるものとあり,又著しく斑理を呈して花崗質斑岩と称すべきものあり.而して概ね純花崗岩中には粗粒なる磁鉄鉱を含むこと多く,之より得たる砂鉄には粗粒の珪石を混じ,他物を含むこと少なし.所謂真砂小鉄と称し,鉧押の原料に使用するものとす.」
 “純花崗岩”という言葉は,岩石学にはありません.
 この部分は長谷川(1918)を書き写しているようです.引用したとは書いてありませんが.
 普通,花崗岩には角閃石は含まれていません.花崗岩が角閃石を含むようになると,かなり中性岩に近い成分を持つことになります.雲母よりも角閃石が多くなったら,花崗岩ではなく閃緑岩といった方が早い.この変化は連続で,分類は人為的なので,我々地質屋は「花崗閃緑岩」といって誤魔化します.この境目の違いは,たいして意味がないと地質屋は思っています.
 これに比べて,「花崗斑岩」であるか「花崗岩」であるかは,見た目に違うので少し意味があります(花崗岩質マグマと同成分のマグマが地表に噴出すると,流紋岩の溶岩になります.いわゆる黒曜石はこれ.粘性が高いので,しばしば爆発して様々な火山噴出物になる場合もあります).流紋岩と花崗岩の中間で,斑晶鉱物と石基鉱物の違いがはっきりしているものを花崗斑岩といいます.この場合は,だから,完晶質であることを“純花崗岩”といっているのかもしれません.
 地質学の言葉に翻訳しようとしても,なんにしても,これだけ“たたら学”とは言語が違うので,非常に疲れます.

 後半部は語るに落ちるで「之より得たる“砂鉄”には粗粒の珪石を混じ」といっています.珪石が混じていることが明らかなものを“砂鉄”と呼ぶのは不適切です.
 また,「真砂粉鉄」は鉧押しにも銑押しにも用いられるし,通常銑押しに用いられるといわれる「赤目粉鉄」は,鉧押しでも「籠り粉鉄」としても用いられます.

「然るに他方角閃石を混有せる花崗岩又は閃緑岩等を原岩石とする場合,…」
 ここでようやく,前記“純花崗岩”というのは,どうやら角閃石を含まない花崗岩のことをいっているらしいということがわかります.

「…原岩石とする場合,…(中略)…其の砂鉄粒の大きさ概ね小にして磁鉄鉱の外赤鉄鉱,珪酸鉄又は多量のチタン鉄鉱を含む.之を赤目小鉄と通称し専ら銑押の原料に供せり.」
 面倒くさいから,もう言ってしまいますが,赤目だからチタン鉄鉱を含むのではありません.「砂鉄“研究”史(3)もしくは(4)」で明らかにするつもりでしたが,地質学的には山陰側の花崗岩はマグネタイト系列に属するから磁鉄鉱が多く,山陽側の花崗岩はイルメナイト系列に属するからチタン分が多いのです.詳しくは(3)もしくは(4)でする予定.
 また,通常,銑押しに用いられるといわれる「赤目粉鉄」は,鉧押しでも「籠り粉鉄」としても用いられます.「真砂粉鉄」も鉧押しにも銑押しにも用いられるし,こういう誤解を招くようなことを繰り返し書くのは不適切であると思います.

 中国地方で,大山付近の海岸に“赤目粉鉄”が出るように見えるのは,大山火山が花崗岩ではなく石英安山岩質の火山噴出物からできているからです.比較しようとしている真砂化花崗岩類からの砂鉄は直接岩石から水洗したもので,沖積平野や段丘堆積物,あるいは海浜堆積物中の「砂鉄」(つまり大山付近の“赤目粉鉄”)は地表に出てから地質学的な時間の経過と風化・浸食・堆積作用を受けているものです.もともと発生源が違うし,その後の経過も違うものを比べようというのは,もともと無理があるのではないでしょうか.

 これまで,「鉄と鋼」に掲載された論文(?記事)を中心に研究の歴史的を追ってきましたが,「たたら製鉄」研究者間に共通な言語があることが疑わしいし,類似・近接の学問との間にも共通の言語を持っていないことは明らかだろうと思います.
 共通な言語を持っていないと議論は成り立たないし,議論が成立しないものを科学と呼ぶには相当な問題があります.

 このあと,「鉄と鋼」中には,話しが噛み合ないまま,砂鉄の分類に関する話題は急速に姿を消し,話題の中心はチタンを含有する砂鉄の精錬法に移ってゆきます.
 「砂鉄“研究”史(2)」のおわりに付録として,1971年に日本鉄鋼協会が編集した「たたら製鉄の復元とその鉧について」を紹介しておこうと思います.
 

5 件のコメント:

T.O さんのコメント...

大変興味深く拝読させて戴いております。
1.古代製鉄関連で「含銅磁鉄鉱」という呼称がよく使われますが、鉱物の呼称として如何なものでしょうか。
2.日本でも、銅と磁鉄鉱が共に採掘される箇所がありますが、その場合、磁鉄鉱の中に銅が混在しているものなのでしょうか。
これを製練した場合、銅を含む所詮「含銅磁鉄鉱」ということなのでしょうか。
若しご教示戴ければ深甚に存じます。

又、貴サイトを勝手にリンクさせて戴きました。ご容赦戴ければ幸いです。
http://ohmura-study.net/199.html
何卒宜敷くお願い申し上げます。
              敬具

ボレアロプーさん さんのコメント...

リンクありがとうございます.また,拙ブログを読んでいただいて,まことにありがとうございます.
「含銅磁鉄鉱」という言葉は,昔聞いた鉱床学の授業では出てこなかったと思います.似た言葉で「含銅硫化鉄鉱床」というのなら,ありますが.
時間ができたら調べてみようと思います.が,今ちょっと忙しくて,and/or,情報処理能力が落ちてて(老化です(^^;),なかなか今やってることも進みません.
最近ブログ更新が疎らなのもそのせいです.
いずれにしろ少し時間をください.

T.O さんのコメント...

早速のご連絡を有り難う御座いました。
ご多忙のところ大変恐縮に存じます。
お手すきになられてで結構ですから宜敷くお願い申し上げます。

ボレアロプーさん さんのコメント...

「含銅磁鉄鉱」に関する私なりの見解を
http://borealoarctos.blogspot.jp/2014/04/t.html
に書いてみました.
あまり参考にならないかもしれません.

T.O さんのコメント...

ご多忙にも拘わりませず、早速のご教示を有り難う御座いました。
これから拝読させて戴きます。
ご指定戴きました新項目のページにて改めてコメントをさせて戴きます。
篤く御礼申し上げます。