2009年10月21日水曜日

辞書の展開(19)

 
 つぎは熊小目[parvorder URSIDA Tedford, 1976]の姉妹群である鼬小目[parvorder MUSTELIDA Tedford, 1976]です.

 鼬小目は三つの科に別けられています.

parvorder MUSTELIDA Tedford, 1976(イタチ小目)
├ family MUSTELIDAE (Fischer, 1817) Swainson, 1835 (イタチ科)
├ family MEPHITIDAE Bonaparte, 1845(スカンク科)
└ family PROCYONIDAE (Gray, 1825) Bonaparte, 1850 (アライグマ科)

 いずれも,現生種が多く含まれているかですから,イメージはしやすいことでしょう.
 特にイタチ科は絶滅種(化石種)も含めると,実に巨大なグループで,大成功した仲間であることが実感できます.


●イタチ科[family MUSTELIDAE (Fischer, 1817) Swainson, 1835]
 イタチ科は絶滅グループも含めると,以下の6科(+1)に別けられています.

family MUSTELIDAE (Fischer, 1817) Swainson, 1835 (イタチ科)
├ MUSTELIDAE incertae sedis
├ subfamily LUTRINAE (Bonaparte, 1838) Baird, 1857(カワウソ亜科)
├ subfamily MUSTELINAE (Fischer, 1817) Gill, 1872(イタチ亜科)
├ subfamily †LEPTARCTINAE Gazin, 1936(レプタルクトゥス亜科)
├ subfamily MELLIVORINAE (Gray, 1865) Gill, 1872(メッリウォラ亜科;ラーテル亜科)
├ subfamily GULONINAE (Gray, 1825) Miller, 1912(クズリ亜科)
└ subfamily MELINAE (Bonaparte, 1838) Burmeister, 1850(アナグマ亜科)

 MUSTELIDAE incertae sedisは,ほかの6科を成立させるための“ゴミ捨て場”的存在.
 たぶん,ほかの6科にはない,多様な特徴もしくは原始的な特徴を持っているのでしょう.ここに含められている Genus †Potamotherium Saint-Hilaire, 1833(後期漸新世~前期中新世のヨーロッパ,中新世の北米に生息)はカワウソ亜科の先祖形と考えられていたものです(Pickford, 2007).

・カワウソ亜科[subfamily LUTRINAE (Bonaparte, 1838) Baird, 1857]
 「獺・川獺(かわうそ)」は,もともと日本産のLutra lutra (Linnaeus, 1758)もしくはLutra lutra whiteleyi Gray, 1867あるいはLutra lutra nippon Imaizumi et Yoshiyuki, 1989を呼ぶ日本語の俗称でした.これら三亜種が,どういう関係にあるのかは,判断材料を持ち合わせていませんし,ほぼ絶滅したと考えられる現在あまり意味もありませんので,置いておきます.
 民俗学的な記載による「かわうそ」は,ほぼ妖怪といってよく,カワウソ類の愛らしい外見や行動,それらを見たときに起こすであろう日本人の感情から考えれば,“かわうそ”とLutra sp.とは本当に同じものか疑問を生じてしまいますが,縄文-弥生期の遺跡からはLutra lutra (Linnaeus, 1758)とされる遺体が産出していますので,過去にLutra sp.が生息していたのは事実のようです.

 それで,少なくとも一時期は,「カワウソ」は日本在来のLutra sp.を示す言葉であったはずですが,日本国内での絶滅を背景に,カワウソ類全体を表す言葉に変化してきているようです.
 ところで,カワウソ亜科は以下の三つの族(+1)に区分されていますが,tribe LUTRINIを「カワウソ族」と訳すのは,まあいいのですが,これに含まれている一種であるLontra felina (Molina, 1782)はカワウソとはいいながら,海域も生息域としていて,英名は「marine otter」.なぜこれが問題かというと,もっぱら海域に生息しているラッコ[sea otter]は,ラッコ族[tribe ENHYDRINI (Gray, 1825) Sokolov, 1973]として別の「族」を形成していると考えられているのです.ま,系統的に違うと考えられているので,生息域が海域か陸水域かは,あまり意味がありませんが.
 一方で,tribe AONYCHINI (Sokolov, 1973) Davis, 1978は適当な訳語がありません.原則からいえば,ツメナシカワウソ属[genus Aonyx Lesson, 1827]をtypeにしてますから“ツメナシカワウソ族”であるべきですが,“ツメナシカワウソ”は英名の「clawless otters」の直訳で,otter自体は“カワウソ”も“ラッコ”も含んでいますから,「~カワウソ」と訳すこと自体が不自然なのです.
 
subfamily LUTRINAE (Bonaparte, 1838) Baird, 1857 (カワウソ亜科)
├ LUTRINAE tribe incertae sedis
├ tribe LUTRINI (Bonaparte, 1838) Sokolov, 1973(カワウソ族)
├ tribe AONYCHINI (Sokolov, 1973) Davis, 1978(アオニュクス族)“ツメナシカワウソ”,“コツメカワウソ”
└ tribe ENHYDRINI (Gray, 1825) Sokolov, 1973(ラッコ族)

 これらは,みな,生息域の中心を陸上から水域に移したことによって成功したグループですね.胴長短足の愛らしい姿は,水中生活への適応を現しています.

・イタチ亜科[subfamily MUSTELINAE (Fischer, 1817) Gill, 1872]
 イタチの仲間は結構猛烈なファイターなんですが,その外見は「愛らしい」のが普通です.
 イタチというと,長めの胴体と短い足,立派な毛皮をイメージしますね.この特徴はラッコと同じ水中生活への適応だと思うんですが,そういう話には,まだ,であっていません.ひょっとして,私オリジナルの仮説?

 The taxonomiconの「イタチ亜科」は,記述が間違っているようで,理解ができません.
 tribe †ICTONYCHINIが絶滅グループとして扱われ,その他の属はすべて独立したグループとしておかれています.その中には,「ゾリラ[genus Ictonyx Kaup, 1835]」もありますから,矛盾していることは一目でわかります.理解不能ですので,略します.


・レプタルクトゥス亜科[subfamily †LEPTARCTINAE Gazin, 1936]
 レプタルクトゥス亜科は絶滅三属からなるグループ.情報があまりに少ないので省略.


・メッリウォラ亜科(ラーテル亜科)[subfamily MELLIVORINAE (Gray, 1865) Gill, 1872]
 このグループには10属あまりの化石種が知られていますが,現生種はMellivora capensis (Schreber, 1776)のみ.各属は並置しておかれており,系統関係はよくわからないらしい.亜科そのものは,イタチ科の中では,非常に原始的なグループのようです(Bininda-Emonds et al., 1999).
 ラーテル[Ratel]という呼び名は,南アフリカの所謂アフリカーンスらしい.
 以前は英名「honey badger」をそのまま和訳した「ミツアナグマ(蜜穴熊)」という和名が用いられていたようです.アナグマの仲間ではないので,「~アナグマ」という言葉を使わなくなったのはいい傾向ですね.現地語を使うというのは,さらにいい傾向と思います.しかし,採用するならネイティブ・アフリカンの言葉を使ってほしいものです.


・クズリ亜科[subfamily GULONINAE (Gray, 1825) Miller, 1912]
 「クズリ」はシベリア原住民の言葉らしい.これはいい傾向ですね.
 日本語では,これに「屈狸」という当て字をしています.英語では「ウルヴァリン[Wolverine]」.映画「X-MEN ZERO」の「ウルヴァリン」ですね.
 この亜科の現生種は「クズリ[Gulo gulo (Linnaeus, 1758)]」のみ.化石種も発見例が少なく,化石による類縁関係はよくわかりません.遺伝子の分析では,イタチよりはテンに近いグループで,テン類の祖先形とされているようです.

 ここで一つ疑問.
 「クズリ」は日本付近には生息していないのに,なぜ「屈狸」という当て字が必要だったのでしょうね.機会があったら,調べてみましょう.


・アナグマ亜科[subfamily MELINAE (Bonaparte, 1838) Burmeister, 1850]
 アナグマ亜科に属する化石は10を越える属が発見されています.
 ここで,現生種を含む属は以下の三つ.

├ genus Meles Brisson, 1762 (アナグマ:Old World badger)
├ genus Arctonyx F. G. Cuvier, 1825 (ブタアナグマ:hog badger)
└ genus Melogale Saint-Hilaire, 1831 (イタチアナグマ:ferret-badgers)

 日本産の「アナクマ」は「メレス属[Meles]」に属し,「タイリクアナグマ[Meles meles meles (Linnaeus, 1758)]」の亜種「ニホンアナグマ[Meles meles anakuma Temminck, 1844]」とされる場合と,同属別種とされる場合があるようです.遺伝子的にはどうなんでしょうかね.
 なお,上記の通り,英語の「badger」は異なる属にも使われており,「badger」を「アナグマ」と訳すことには違和感があります.Arctonyxの“和名”も,“和名”とはいいながら,単に英名の直訳に過ぎません.生息地は東南アジアなのですから,現地名を使用すべきと思いますね.「ブタアナグマ」は無神経すぎますね.
 それは Melogale についても,まったく同じです.使用する名前は現地名を探索すべきで,「イタチアナグマ」は無神経すぎます.

 また,「アナグマ」は,欧米人にとっては「Old World badger」でもいいのでしょうが,非-欧米人にとっては「Old World」-「New world」は不快な言葉です.この語の使用は人種差別の臭いがプンプンするのにもかかわらず,平気であちこちに使われているのが不思議です.
 さらに,Meles meles meles (Linnaeus, 1758)の英名も,「Europian badger」であり,ヨーロッパ人がそう呼ぶのはかってですが,シベリアを除くアジア大陸のほぼ全域に生息してるのですから,「Asian badger」であるべきですね(シベリアも歴史経過を考えればロシアのものじゃあないです).百歩譲っても,「Eurasian badger」でしょうね(漢字圏で使うときには「亞細亞大陸産」を主張しましょう;こういう無神経な差別用語の使用が無くなるまでは…).


●スカンク科[family MEPHITIDAE Bonaparte, 1845]
 スカンク科には,絶滅種を除くと,四属が入れられています.

family MEPHITIDAE Bonaparte, 1845(スカンク科)
├ 絶滅属を省略
├ genus Mydaus Cuvier, 1821 (スカンクアナグマ属:Stink badger)
├ genus Spilogale Gray, 1865 (マダラスカンク属:Spotted Skunk)
├ genus Mephitis Saint-Hilaire et Cuvier, 1795 (スカンク属:Skunk)
└ genus Conepatus Gray, 1837 (ブタバナスカンク属:Hog-nose Skunk)

 このうち,「スカンクアナグマ属(酷い命名!)[genus Mydaus]」はイタチ科アナグマ亜科に入れられている場合もあるようです.
 “和名”は酷すぎて,触れる気もおきません((- -;).
 日本にはいない動物たちですから,放っておきますか.


●アライグマ科[family PROCYONIDAE (Gray, 1825) Bonaparte, 1850]
 アライグマ科には,ゴミ捨て場的にいろんな動物が含まれているような気配があります.とくに,南アジアの山岳地帯を住処にしているグループは,発見が遅かったものが多く,そう感じるのかもしれません.どれも,日本には生息していない種であることもあるのでしょう.

family PROCYONIDAE (Gray, 1825) Bonaparte, 1850
├ PROCYONIDAE subfamily incertae sedis (アライグマ科所属位置不詳)
├ subfamily BASSARISCINAE (Gray, 1869) Pocock, 1921(カコミスル,オリンゴ,キンカジュー)
├ subfamily PROCYONINAE (Gray, 1825) Gill, 1872(ハナグマ,アライグマ,ヤマハナグマ)
├ subfamily †SIMOCYONINAE (Dawkins, 1868) Zittel, 1893(絶滅グループ)
└ subfamily AILURINAE (Gray, 1843) Trouessart, 1885(レッドパンダ)

 アライグマ亜科[subfamily PROCYONINAE]は,南米-北米の熱帯から温帯までの広い範囲に分布し,北米ではカナダ南部まで達しています.アライグマは世界各地に移入され,とくに日本では爆発的に増えていますね.
 バッサリスクス亜科[subfamily BASSARISCINAE]も,中南米を中心に広い範囲に分布しています.
 一方で,残りのアライグマ科のメンバーであるレッドパンダ[Ailurus fulgens Cuvier, 1825]は,南アジアの山岳地帯のみに生き延びています.アライグマ科でひとくくりにするのは,なんか違和感があります.

 「レッドパンダ」は,日本では「レッサーパンダ」と呼ばれています.
 英語の「レッサー[lesser]」には,「小さい」という意味と同時に「劣るもの」という意味がつよくあり,英語圏では「レッドパンダ[Red Panda]」が使用されるようになってきているそうです.
 日本人は結構無神経? 
 そういえば,いわゆる和名でも,小さくてカワイければ「ヒメ~」とよばれ,カワイくなければ「チビ~」と無神経に呼び分けられていますね.
 ある生物学者がいってましたが,カワイかったり,キレイだったりすれば,すでに国内では絶滅しているのにもかかわらず,海外から輸入してでも,膨大な予算をかけて復活劇を演じますが,彼らが喰うカエルやイモリは絶滅が心配されていても,誰も見向きもしないんだそうです.
 カワイくないのでね.

 そういえば,移入種は,カワイくなかったり,繁殖力が旺盛だったりすれば,「遺伝子汚染」とも呼ばれてますね.「自然保護」やら「野生生物保護」という標語に,素直に賛成できない理由の一つですね.あいまいな,人間の価値判断基準が,優劣の無いはずの野生生物たちの運命の明暗を分けているような気がするからです.
 アライグマだって,カワイいと思われたから輸入されたのに,思いのほか,頑固で気の荒いヤツだったので,「害獣」に落とされてしまいました.すべて,人間の側の都合ですね….

 「パンダ」は,もともと,「レッドパンダ」のことを示すネパール語だったそうです.
 のちに,いわゆる「(ジャイアント)パンダ」が発見されて,元々のパンダは「レッサー~」をつけられるようになってしまいました.そのうち,「パンダ」といえば,「G-パンダ」を示すことになってしまい,元々のパンダは忘れ去られてしまいました.G-パンダよりカワイくなかったのでね.
 原産地のパンダ外交があまりにも露骨だったからかどうかわかりませんが,分家パンダ熱が少し冷めたら,本家パンダのカワイさが再評価されるようになってきました.
 それまで,片隅の小屋に閉じ込められてた本家パンダは,少しいい部屋に移動しましたね.
 それでも,まだ,日本ではいまだに「劣る-パンダ」と呼ばれています.カワイそ.


 バッサリスクス亜科の「カコミスル[cacomistle]」や「オリンゴ[olingo]」は,現地語のようですね.いい傾向だと思います.
 ところが,同亜科の「キンカジュー」は,北米原住民の「クズリ」を示す言葉をフランス人が勘違いして,「キンカジュー[quincajou]」(仏語)と呼び,それを英語化して「キンカジュー[kinkajou]」となったという説があります.あるTV番組のテロップで「金華獣」とかでてたので,てっきりアジア産の生物かと思っていたら,まったく違いました.マスコミももう少し考えてほしいよね.
 ちなみに,キンカジューは中南米の熱帯産の動物です.現地ではなんと呼ばれているのか,知りたいところですね.

 

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