2013年9月29日日曜日

iPod化

 
Macで作ったKeynoteファイルをiPodでプレゼンすることを考えて実行中.
マニュアルが付属していないので,全くの悪戦苦闘.操作方法すらわからない.

ファイルはAppleがいうほど互換性が無い.
iCloud経由でiMacからiPod touchに転送すると,「一部の画像ファイルは表現できません」って,それがなんなのか書いてない.
フォントも変更されてしまう.複数だとなにが変更されたのかもわからない.
だいたい,どんなフォントがiPodに実装されているのかもわからない.

還暦の頭には,無理かも~~(--;
目はショボクなるし,頭はガンガン.知恵熱が出そう.って,その前に血圧がだいぶあがってるなあ…(^^;

結果,


画像ファイルは,Photoshopファイルは受け付けない模様.
Mac上のkeynoteは受け付けるから気をつけなければ.

案の定,jpegとpngは受け付けるようだ.
ファイル名が日本語だとダメなのかなと思ったが,それは関係ないようだ.

せっかくいろいろフォントがあるのに,英数字しか反映しないようだ.
こういうのは「日本語化できている」とはいわないはずだが,これを有料で売っている.「アップル商売」と呼ばれっぞ~~(^^;

+++


今朝,TVに繋いで実験.手元にはHDMIしかないので,それで実験.実際に使うには,VGAで再度やってみなければね.
結果,ケーブルを繋いで実行すると,編集画面とは違う絵があらわれることがわかった.
こんなこと,マニュアルがないとわからんじゃろうが….

残念だが,日本語フォントは,ほとんど役にあったない.みなゴシックになってしまうようだ.
まあ,使えないこともないという程度か.

もう一つ.
文字入力の際は,横位置にするとキーボードが拡大するとかあったが,ほとんどの場合,それはないようだ.キーが小さいので,かなりの確率で隣のキーを押してしまう.
これで,iPod上で編集なんて不可能だろう.
改善を望む.実用化されたとは言いがたいと思う.

大学では,ノートPCから投影するのが当たり前になってるから,しょうがないのかな~~.
 

2013年9月5日木曜日

地学雑誌にみる蝦夷地質学

 
まずは,グラフをご覧ください.
地学雑誌の創刊,1889(明治22)年.初巻からたくさんの北海道関連の記事が載っています.
でも論文数(記事)は,ときどき突出する巻があるものの,急激にその数は減少し,10年ちょっとで,その数は0となっています.



後発の地質学雑誌の創刊は1893(明治26)年であすから,そちらに論文が移っていったのかとも考えられますが,減少傾向はほぼ一定で,地質学雑誌の創刊が,地学雑誌上の記事数に影響を与えているわけではない様に思えます.
実際,地質学雑誌の創刊号から数巻の目次を見てみましたが,北海道関連の地質論文は見あたりませんでした.
1904(明治37)年あたりから,神保小虎が散発的にトピックスを掲載しているだけですね.

これは,いったいなにを意味しているのでしょう.
ひとつには,それは神保小虎の動向に大きく関係しています.初期論文のほとんどすべては,神保の手になるものだからです.

神保は1887(明治20)年,(東京)帝国大学地質学科を卒業し,北海道庁技師になりました.
わずか二年で北海道の地質を総括し,翌(1890)年には,道庁から「北海道地質略論」を出版します.
しかし,その二年後(1892:明治25)には,ドイツ・ベルリン大学に留学することになり,北海道を離れました.
以後,北海道の地質に関する論文は,石川貞治や横山壮次郎が中心となってゆきます.

しかし,それにしても,急激に論文の数は減っています.
それは,なぜか….
それには,時代が大きく関係していると思われます.

神保小虎の略年譜をまとめると,
1867(慶応三)年,幕臣の家に生まれる.
1887(明治20)年,東京帝国大学地質学科卒業.北海道庁技師として,地質調査.
1892(明治25)年,ドイツ・ベルリン大学留学.
1894(明治27)年,東京大学の鉱物学助教授菊池安が急死.このため,急遽鉱物学に転じ,シベリア経由で帰国.11月には,菊池安の後任として助教授となる.
1895(明治28)年,理学博士.遼東半島,地質調査.
1896(明治29)年,東京帝国大学教授.
1897(明治30)年,南支那,鉱産物調査.
1899(明治32)年,ジャワ島ボルネオ島,石油調査.
1907(明治40)年,東京帝国大学,鉱物学科の独立と共に,主任教授となる.

これを加えるとわかりやすいかな.
1894(明治27)年:日清戦争
1895(明治28)年:下関条約締結(台湾・澎湖諸島・遼東半島,日本に割譲)
同:三国干渉により,遼東半島を返還


では,石川貞治の略年表を
1864(元治元)年12月20日:島根県浜田市に旧浜田藩士・石川文治の四男として生まれる
1888(明治21)年7月:札幌農学校卒業
1892(明治25)年1月:札幌農学校の嘱託教師(地質学)となる
1892(明治25)年2月:札幌農学校の兼任助教授となる
1896(明治39)年6月:札幌農学校の兼任助教授を離任,拓殖務省(台湾統治)に転出する
1898(明治41)年:官を辞し,実業界に転身.以後,炭鉱・金属鉱山・油田の開発に従事する.
1932(昭和07)年3月11日:東京鉄道病院にて死去(69歳).

もう一つ.横山壮次郎の略年表を
1869年8月10日(明治2年7月3日):鹿児島県に生まれる.
1889(明治22)年07月:札幌農学校卒業,北海道庁技師となる.
1892(明治25)年02月:札幌農学校の兼任助教授となる
1895(明治28)年05月:札幌農学校の兼任助教授を離任する
1895(明治28)年06月18日:台湾総督府民政局殖産部勤務
1898(明治31)年06月:台北県技師.
1906(明治39)年:清国政府の招聘により満洲にわたる
1908(明治41)年:帰国.郷里の鹿児島で死去(脳充血)
詳しくは「北海道・地質・古生物」へ


もちろん,石川貞治や横山壮次郎の進路にも,下関条約は大きくかかわっています.
のみならず地質屋の運命は,日本の帝国主義(植民地主義,拡張主義:なんでもいいけど)に左右されることになります.
それは,第二次世界大戦(大東亜戦争or 太平洋戦争)終了まで続くわけです.
地質屋は,植民地主義の先兵だったとはいえないにしても,地下資源収奪の猟犬だったのですね.

内地植民地だった蝦夷地=北海道は幕末から明治初めにかけては,重要な地下資源収奪地として位置付けられていましたが,明治中期以降の侵略によって,開発は後回しとなり,地質屋の多くは外地へと送り込まれていったわけです.
それが,この「地学雑誌上の北海道関連論文数に如実に表れている」と考えることが可能なのでしょう.


我が師,故・湊正雄北大名誉教授は,いわゆる南方の石油資源調査(新歓コンパの時の「ブンガワン・ソロ」は湊先生の十八番でした)から帰国したとき,傍目には半狂乱のようになって,先輩教授から預かったデスモスチルスの骨格などを理学部の庭に埋めたといいます.
湊先生は,そのことについては何一つ記録を残していないようですが,日本はすぐにも戦争に負けるであろうこと,札幌にも爆撃があるであろうこと,占領軍はなにもかも収奪してゆくであろうことを恐怖したものと思われます.
はるか南方の地で,日本および日本軍がやっていることを,占領軍もやるであろうことに恐怖したのでしょう.

敗戦後,湊先生は,地質屋が戦争の先兵となることが無いように,科学者が戦争の先兵となることがないように,ある科学運動の中心人物になってゆきます.
しかし,その運動は開始当初から,ある勢力の目の敵でした.
現在では,その運動は,ほとんど息絶えています.科学者の多くは理想や倫理よりも研究費の方を優先する人が多かったというだけのことです.
 

Kindle

 
衝動的に,Kindleを買ってみた.
届いた次の日,新型が発表された.
私の人生こんなもの(-.-;

    

それはともかく,子どもの頃読んだいわゆる古典的な小説や評論,随筆:漱石や賢治,龍之介や久作,熊楠や寅彦,(これはちょっと大人になってからかな(^^;)などなど,また読みたいと思っていた本があるのだが(折口信夫なども),みな著作権切れなので,適当なCPで読めるようだ.
さっそく,DLしてみた.
確かに,実本(文庫本)では目が疲れて,すぐにイヤになるところだが,一息つくまで読んでいても,目は疲れていない(「我が猫」読書中(^.^)).
ちょっと,バックライトにムラがあるのが気になるが.

何よりも,本棚がいっぱいで置き場所がないので,新しい実本を買わなくて済むのがうれしい.
寅彦全集,売っぱらってしまうかな(^^;
 

2013年8月31日土曜日

「…ゲン」その後.

 
「はだしのゲン」の売り上げが伸びているとか.
なんだかなあ….子どもに読ませたい本なら,もっといろいろあると思うがなあ.

てなことで,サーフィンしてたら,いまだに閲覧制限支持(というよりは焚書的だが)のマスコミ関係者が多いことに驚かされる.色分けできるね.
相手の言い分など聞かずに「見せるな」という単純な論調がほとんどだ.
主な論理は,「首切り」や「強姦」など子どもに見せたくないシーンがあるので「制限」せよというもの.教育的配慮だと(「作品としては稚拙だから,ほっとけ」というのもあった.それはそうかもしれない).
主たるテーマの「原爆」や「戦争」そのものについての是非はない.ウソを書いてるとかもない.

政府の政策に反対のデモをしているのに,道路交通法で逮捕するようなものですね.
同じ論理でたくさんの本が「禁書」になってきた歴史に興味があるものとしては,見たくないという人に強制的に見せたり,見たいという人から見る自由を奪うのは,生理的に拒否感が先に出てしまう.

首切りといえば,我が母校(母校とはいいたくない学校ではあるが)には,「中国人の首を切ってきた」というのが脅し文句の体育凶師(剣道専門)がいました.ほかにも,体格がいいのに柔道部に入らない学生を相手に,授業中に絞め技のデモと称して「落とす」ので有名な体育恐師も居ました(私も危うくやられかけた).まあ,とんでもない高校だった訳ですね.

日本では,敗戦後何十年経っても,そういう連中が野放しになっていたわけです.
そのくせ進学校なんだから,わけがわからない.理科教師も?な連中ばかりでした.正確には「受験理科教師」なんだから.公式と穴埋め問題しか知らない(^^;.
かれらのおかげで,理科大好き少年だった私は,しばらくの間,生物・化学・物理が大嫌いになってしまった.地球と星だけは相変わらず好きでしたが(^^;.
話がずれた(^^;

首切りや強姦などは,実際にあったし,もっと非道い人体実験などもあった.それには日本兵も日本の科学者も関係していたわけです.
しかし,平和憲法のおかげで,敗戦以後,日本人は海外でそのようなことをした歴史はない.
事実を隠せば,それを見たがる人がでてきて当然.みんな見よう.誰かが覆い隠そうとしているものを.そこには真実がある.
てか.(^^;
 

2013年8月28日水曜日

宮武外骨伝

 
ただいま読書中.

慶応三(≒1867)年十二月二十五日:宮武亀四郎,誕生.後に「宮武外骨」を名乗る.
その前年,親幕派・孝明天皇急死(三十六才):岩倉具視による毒殺説流れる.

翌慶応四年三月十四日:睦仁(むつひと:後の明治天皇)「五箇条の誓文」を発す.
同年九月八日:明治と改元.

明治22(1889)年2月11日:大日本帝国憲法,公布.
「大日本帝国憲法」は「五箇条の誓文」を裏切り,薩長閥のための憲法でしかなかった.
国民は憲法の中身を知らず,マスコミは批判を忘れて絶賛した.

外骨は,薩長閥の官僚,マスコミに愛想を尽かし,以後,叛骨・反権力の人として著述に励む.
筆禍による入獄四回,罰金・発禁など二十九回におよぶ.

「蝦夷地質学・明治編」の背景である.

    
 

2013年8月22日木曜日

勉強中

 
「蝦夷地質学」続編のために,近現代史を勉強中.
岩波新書の「シリーズ日本近現代史」①~⑩を読みなおしている.少なくともシリーズ前半数冊は読んだはずなのに,ほとんど憶えていないのが悲しい((--;).
    

なぜか,昔読んだSFを思いだす.
確か,宇宙を漂流するアストロノートが事故で頭を怪我をし,そのおかげでたった一冊あった本を毎回新鮮な気持ちで読めるようになったという話だ.そう,彼は短期の記憶しか保てなくなったのだ.
そのうち,そうなっちゃうのかなあ…((--;)

それはさておき,このシリーズの記述が正しいとすれば(たぶん正しいのだろうけど),このところの中韓の言い分はまったく正しいことになる.日本が非道をおこなったのだ.日本がというよりは,天皇を看板に頂いた薩長土肥・野合集団がといったほうが正確なのだろうけど.
ただし,アンパンマンとばいきんまんみたいな単純な関係ではない.

当時の世界情勢を考えれば,欧米がアジアの植民地化を進めていることに恐怖した日本が,追い詰められた結果,欧米の論理を身につけて(そのため,欧米は日本をアジアのなかで唯一欧米諸国と同等の国と認めた:世界戦略に組み入れた),“脱亜”した,せざるを得なかったといえる.
だからといって,中国・朝鮮半島,東南アジアに対して「やった」ことが正当化できるわけではないが.
欧米に対してやったことは,非難される筋合いではないような気がする(マズイかな?この発言(^^;)

(いってみれば,毎回毎回ばいきんまんをそそのかしているドキンちゃんが欧米だったのね)

さて,そんな世相を背景として,蝦夷地質学はいかなる運命をたどったのか.
どう展開するか方針を固めなきゃ.
 

2013年8月3日土曜日

人類進化の神話

 
エルドリッジ, N.・タッターソル, I.(1982)「人類進化の神話(浦本昌紀,1986訳)」を読んだ.
古書店から入手後,かなり長期間,積ん読状態だったヤツ.

断続平衡説の解説かと思っていたら,確かにそうなんだが,表題通り「人類進化」の話だった.
人類進化の話としては面白いが,そのせいで,底流にある「断続平衡説」がわかりづらくなってるような気がする.
断続平衡説の話をすればいいのに.

また,人類進化の話は,新しい標本が見つかると,それまでとはまったく話が変わったりするので,こんな古いデータではあまり意味が無いのでは….題材がマズイと思う.
やっぱり,断続平衡説の話をすればよいのにと思う.

よくわからないのが,共著者の「タッターソル, I.」.日本訳版には共著者としてでているのに,原著にはない.いったいどういう役割なんだろう.
不思議な本.まあ,ダーウィニズムをバッサリ切っているのは,面白いですが.