2008年6月21日土曜日

ネメシス

ミューラー, R. A.(1987)「恐竜はネメシスを見たか(手塚治虫,1987訳)」集英社

ゴールドスミス, D.(1985)「暗黒星ネメシス(加藤 珪,1986訳)」サンケイ出版

 どちらもほぼ同じ内容.
 08.06.07.の記事「コスミック・カタストロフィー」に似ていますが,こちらは,地球上に落ちた隕石がメインではなく,何がそれを落としたのかというのが中心.
 無の空間で踊り続ける「シバ神」.シバが踊り続けることによって,「無」を拒否し,そこで繰り返される「生と死のリズム」.シバが踊ると,「無の空間」に乱れが生じ,「生と死のドラマ」が生じます.我々小さな人間には目前の「生と死」しか理解できませんが,少し頭のいい人間には,別のことが見えるらしい.

 「コズミック・ダンス」,「踊るシバ神」といえば,

カプラ, F.(1975)「タオ自然学(日本語版,1979)」工作舎

を,思い浮かべてしまいますが,こちらはミクロの物理学で,ロマンあふれるものだったのに対し,「ネメシス」は,なにかドロドロしています.

 我々の太陽には,未だ未発見の伴星「ネメシス」があって,約2600万年の周期で太陽の周りを回っています.ネメシスが公転の途中で彗星群(オールト雲)を刺激し,活発化した彗星がたまたま地球を襲う.そして,地球表面に生息する生物たちには,約2600万年に一度の悲劇が襲うわけです.恐竜はちょっと大きめの悲劇に襲われただけのこと.
 かくて,ダーウィンのお世話にならずとも,日々営みを続ける生命の大部分が失われ,空白のニッチに侵入した生命によって一大進化のドラマが繰り広げられる.

 と,いうわけです.

 なにか,表面だけ聞いていると,“衝突するベリコフスキー”と何ら変わらないような気もしますが.ベリコフスキーは有史時代(伝説の時代)に火星や金星の公転軌道が変わったというから,底が割れてしまうのですね.

 さて,ミューラー(1987)には,巻頭に「主な登場人物」のリストが掲げられ,ゴールドスミス(1985)にも,「まえがき」に謝辞の形で人名のリストがあげられています.この名簿を見た瞬間に,あるグループのリストとイメージがダブってしまったのですが,それについてはあとにしましょう.

 さて,その「ネメシス騒動」を,より地質学・古生物学に近い形(もちろん,その素養がある人には判りやすい形で)で紹介しているのが,

ラウプ(1986)「ネメシス騒動=恐竜絶滅をめぐる物語と科学のあり方=(渡辺政隆, 1990訳)」平河出版

です.「ネメシス」と「シバ」の違いも明確です.やっぱり,「激変説vs.斉一説」がでてくる((^^;).

 さて,チチュルブ・クレーターが発見されてから(というよりも,チチュルブ・クレーターが証拠であると見なされるようになってから),いよいよ「真打ち登場」で,

アルヴァレズ, W.(1997)「絶滅のクレーター=T・レックス最後の日=(月森左知,1997訳)」新評論

が発行されます.
 ウォルター=アルヴァレズはいわずと知れた,ルイス=アルヴァレズの息子.二人が「隕石衝突説」の中心人物です.
 隕石衝突説のエピローグを語る重要な本のはずですが,正直な話,あまり興味深い内容ではありません.


 息子・アルヴァレズの方は地質学者ですが,親父・アルヴァレズの方は核物理学者.親父はノーベル賞を受賞しています.ノーベル賞受賞者といえば,それだけで「天才」というレッテルがつきますが,親父は核物理学者なのに,畑違いの地球科学で大発見をしたということで,天才の上に「大」がつきます.


 実は,親父アルヴァレズの方は,私は昔から知っていました.
 科学史のある一断面で,昔から登場していた人物だったのです.

 1945年8月6日,午前8時15分,広島市上空570mで,人工の太陽が輝きます.

 その数時間前,テニアン島から三機のB29が飛び立っています.一機は,日本人なら誰でも知っている「エノラ=ゲイ」号.その腹には「リトル=ボーイ」と名付けられた,ウラン爆弾が収まっていました.
 後続の二機については,ほとんどの日本人は知らないでしょう.二番機の機長はチャック=スウィーニー少佐.「グレート=アーティスト」と名付けられていました.機には十五人の搭乗員と三人の科学者,そして多くの観測機器が積まれていました.
 三番機は,「ビッグ=スティンク」と呼ばれ,カメラが山のように積まれていたそうです.(戦史研究会;1980編「原爆投下前夜=ベルリン,ワシントン,モスクワ,そして東京=」角川書店)


 二番機機長スウィーニー少佐は,テニアン島に帰還すると,「ボックス=カー」号に機を乗り換えて,長崎に向います.その腹には,「ファットマン」と名付けられたプルトニウム爆弾が積まれていました.
 ボックスカーは二番機の観測機「グレート=アーティスト」を従えて,長崎へ(三番機の「ビッグ=スティンク」とは途中ではぐれてしまったそうです).

 さて,ご想像の通り,「グレート=アーティスト」に乗って,人工の太陽が炸裂する様子を観測していた科学者の一人は親父・アルヴァレズでした.
 親父・アルヴァレズは,長崎に落とされたウラニウム爆弾の(インプロージョン)発火装置の開発者として,その名を記録しています(詳細に書きたい気もするのですが,長くなるので割愛:山崎正勝・日野川静枝;1990編「原爆はこうして開発された」青木書店など参照のこと).

 親父・アルヴァレズの活躍はそれだけでは終わりません.第二次世界大戦が終わると,米ソ冷戦の時代に入りますが,彼はJASONの中心メンバーとして活動し始めます.

 JASONの話をすると,ほとんど総ての人が,「ゴルゴ13の見過ぎじゃあない?」と感じるようですが,JASONは空想上の機関ではありません.
 JASONについては,

佐藤文隆(1995)「科学と幸福」岩波書店
柴谷篤弘(1973)「反科学論」みすず書房
名和小太郎(1998)「科学書乱読術」朝日新聞社
池内 了(1996)「転回の時代=科学のいまを考える=」岩波書店

などに,ほんのわずかづつですが,記されています.

大江健三郎(1974)「状況へ」岩波書店

では,「破滅するジェイソン」という,一章を設けて論じていますが,JASONはまだ破滅もせずに,生き延びているようです.

 このJASONのメンバーだとされる人たちのリストが,最初にあげたミューラーやゴールドスミスのあげたリストと奇妙に一致する部分が多いのです.なお,ミューラー自身もJASONのメンバーだと思われます.「恐竜はネメシスを見たか」の表紙裏の著者紹介には「国防総省の科学諮問機関のメンバーでもある」と書かれています.

ダイソン, F. J.(1984)「核兵器と人間(大塚ほか,1986訳)」みすず書房

 JASONは,米国防総省の中の一部局であるとされていますが,メンバーはみなノーベル賞受賞者クラスの天才ばかり.先ほどまで,フリーマン=ダイソンの「核兵器と人間」を読み直していたのですが,彼はこの「序文」でJASONのメンバーであることを告白しています.


 JASONは何をやったか?

 もちろん,JASONの素性からは,その全貌が明らかになることはまずないと思いますが,いくつかは知られています.米国がなにか戦争遂行の上で,不都合なことがあると,集まってきて,効率的に戦争を終わらせるアイディアを話し合い,いいアイディアが生まれると国防省に売り込み,莫大な報酬を得るというわけです.
 そういうアイデアには,グラベル(砂利)爆弾という対人爆弾のアイディアや対人地雷,レーザー爆弾などがあげられています.グラベル爆弾は現在,クラスター爆弾と呼ばれ,対人地雷と同様に,憎むべき兵器として,これを禁止する条約が結ばれようとしています.効率のいい対人兵器として造られたものですが,戦争が終わってからも,一般市民とくに子供に大きな犠牲を強いているからです.

 隕石衝突説のアイディアのもとになったイリジウムの含有量は,非常に微小なもので,当時は普通の研究所では分析できるようなものではありませんでした.そういう高度な分析機器を(海のものとも山のものとも判らない状態のK-T境界の資料の分析に)使えたのも,彼がそういう立場にあったからではないと誰がいえるでしょうか.

 前述したように,気をつけてみていれば,JASONのことはたくさんの人が話題にしています.それなのに,日本のマスコミは「天才科学者」として持ち上げるばかりです(もちろん,天才であることは事実なんでしょうけど).
 ある日本の地質学の教授が,「彼の人格攻撃にまで発展した」という表現で(もちろん,JASONであることは触れずに),この話題をつまらないことのようにいいました.

 日本の科学者は,太平洋戦争に負けた時,科学を戦争の道具にしてはならないと反省したはずです.私が学生だった頃は,まだベトナムで戦争が続いていて,JASONのメンバーは「戦争教授[War Professor]」と呼ばれ,世界中で糾弾されていました.
 平和ボケした日本では,科学を戦争の道具にしてはならないどころか,法人化が進む中で,研究予算獲得の為に,かなりの割合の大学の研究室が軍事研究に関わっているのではないかと心配になります.

 うう.嫌なことをしゃべりすぎてしまいました.別な記事で「若者に夢を持たせたい」と言ったばかりなのに.(-_-;


….

 そういえば,シバ神は「ただ踊っている」だけだそうですが,ネメシスは「度をこえた繁栄や高慢などに天罰を下す」復讐の神なんだそうです.JASONやその支持者が安泰である以上,ネメシスは存在していないようですね.

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