2011年2月27日日曜日

造山帯

 
 「造山帯」とは orogen に与えられた日本語訳です.
 orogen は oro+gen の合成語.

 oro-は,ギリシャ語の「オロス[ὄρος]」=「山」からつくられたラテン語の語根.「山の」を意味します(例えば,Orosaurus Huxley, 1867).
 -gen は,ギリシャ語の「ギグノマイ[γίγνομαι]」=「成る.成長する;生まれた」もしくは「ゲンナオー[γεννάω]」 =「生む,生産する」からつくられた(とされる現代科学用)ラテン語の語根で,1)「…を生じるもの.発生させるもの」もしくは2)「…からの産物」の意味で使われています.
 例えば,hydro-genは「水の(を)」+「つくり出すもの」=「水素」で,carcino-gen は「カニの,癌の(を)」+「つくり出すもの」=「発ガン物質」として使用されています.

 と,いうことで,orogenは「山をつくり出すもの」の意味.日本語訳で「帯」がついているのは,たぶん,「地向斜造山運動」とセットで輸入されてきたからでしょう.原語には「帯[zone]」の意味は入っていませんからね.


 さて,では orogen という言葉は,だれがつくったのか,または,どういう経緯で使われるようになったのか,ということに関しては,諸説あります.

 歌代ほか(1978)「地学の語源をさぐる」には,「造山運動[orogénie]」について「最初フランス語で orogénie としたのが各国語に用いられた」とし,「もともと,単に土地が高くなり,山の形ができること一般をさす言葉」とあります.しかし,ヨーロッパでは「地球は神が造ったもの」というのが疑ってはならない常識であった期間が長く,「山ができる」などという概念・言葉が「もともと」あったとは考えにくいものです.
 早くても,ド・ソシュール[Saussure, H. B. de]のアルプス(モンブラン)探検(1787)あたりまでしか遡れないでしょう.しかも,実際にアルプスの地質が知られるようになって(神がいなくても「山」ができたかもしれないと考えられるようになった),もっと後のことになりますしね.


 ほかにも,Orogeny(造山運動)として,Amanz Gressly(1840)によって用いられているという説があります.残念ながら,これには引用文献が示されていないので,追跡不可能です.
 日本では,グレスリーが造山運動について言及したことなんてことが,かかれている地学史の本なんて存在していないと思います.

 もう一人,山の形成に関する用語として,Jules Thurmann (1854)が「orogenic(造山運動の)」という言葉を使っているという説もありますが,こちらも引用文献が不明.日本では,ほとんど知られていない人物です.


 ほかには,コーベル(L. Kober, 1921)が「クラトン[craton](安定地塊:元はKratogenとして)」を定義したときに,これに対照する言葉として「オロゲン[orogen]」(造山帯)を定義したという説があります(Wikipedia;今井・片田, 1978).

 どれも,ほとんど追跡不可能です(地質学史が熟成していない証拠の一つ).
 なお,出自はともかく,orogenは地向斜造山運動と関係して使用されてきた経緯があり,その使用はタブー化しています.

 プレートテクトニクスには「山ができる」という概念はなく,プレート相互の関係によって「中央海嶺」・「海溝」・「トランスフォーム断層」と判断されてるので,「造山帯」ではなく「変動帯」が用いられます.
 まれに,プレート論で解説しているのにもかかわらず,(不用意に)「造山運動」・「造山帯」などの言葉が用いられることがありますが,これは明らかな誤用です.
 

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