2010年12月18日土曜日

石炭の名前(8)

 
 前回までに,我が国では(読み方は別として)江戸時代には(公式には)「石炭」と書かれており,その名称は明の李時珍(1518-1593)が編纂した「本草綱目」に由来することが判明しました.

 「本草綱目」には,昔は「石墨」と記述されていましたが,現在では俗称の「煤炭」が使われているとも解説されていました.つまり,現代中国で使われている「煤炭」は元々は俗称だったわけです.
 江戸時代の本草学者が使っていた「石炭」は,明治時代の公文書などでは中国での俗称であった「煤炭」に変わり,昭和にはまた「石炭」にもどっています.

 さて,「江戸時代には(公式には)」という回りくどい書き方をしました.本草学者のようなインテリは,もちろん,土人の言葉など下賤であり使いたくありません.だから,高級な学術用語である「漢語」の「石炭」を使ったわけですね(ここで,「土人」という言葉を使いましたが,江戸時代の「土人」は「現地住民=土着民」の意味であって,和人にたいしても使われていました.現代のような「民族差別語」の意味はありません.マスコミ界のタブー語でもありませんので勘違いの無いように).

 閑話休題
 ただ,漢語としての「石炭」という文字はいいとして,どのように読むか(つまり「和語」として)となると,千差万別ということになります.

 インテリとしては,漢語の読み方を使いたい.だから,和漢三才図会では「石炭[shí-tàn]」をひらがな化した「しつたん」を使っています.これがのちに「せきたん」という呼び方に変わってゆくわけですが,和語としての呼称は一般人を中心に普通に生き延びていたようです.

 なぜなら,“石炭”を薪代わりに使うのは,「木炭」を買うことのできない貧民階級だったからです.当時の貧民階級は,もちろん「漢語」など理解できませんからね.
 蛇足しておくと,経済的に余裕のある階級が“石炭”を使わないのは,“石炭”を焚くと「臭い」からだそうです.

 すでにあげた,各本草本には,たくさんの現地語が収録されてあります.その名称は,もちろん,「燃える」ことからきたもの,「色が黒い」ことからきたもの,「木炭の代わりに使う」ことからきたもの,などさまざまです.その地方だけで通じるローカルネームが多いことも特徴です.
 これは,当然で「あるから使う」だけで,わざわざ「遠くまで運んで使うもの」ではないことを示しています.産業としては成立していなかったので,全国的に通用する名前は不用だったわけですね.

 これに対し,中華圏では,用途別の名称,たとえば,「墨」の代わりに使う「石墨」,鉄を融かすために使う「鉄炭」のほか,粒度分類に由来する煤炭の名称もあり,日本よりははるかに広範囲に使用されていたようです.「烏金石」なんてのは,ただの「烏石(からすいし)」でもいいようなものですが,細工物に使うということで「烏金石」と呼ばれたのでしょうね.

 しかし日本では,日本の産業・産物を紹介した「日本山海名物図会」(1754:宝暦四),「日本山海名産図会」(1799:寛政十一)には,石炭のことなどまったく触れられていません.
 それが,なぜ,江戸時代末期から急速に注目されるようになったのでしょう.
 それは,「蝦夷地質学」を読んでください((^^;).
 

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