2012年1月12日木曜日

動物名考(4) ジェンツーペンギン

ジェンツーペンギン(オンジュンペンギン)


Pygoscelis papua (Forster, 1781)


[Gentoo penguin]



ジェンツーペンギンはジェンツーペンギン属の模式種ですね.
俗称である「ジェンツー」については,諸説あるようで,英和辞典によって説明がバラバラ.異教徒(とくにヒンズー教徒)をあらわすポルトガル語[gentio]が原語だという説が有力のようですが,あまりしっくり来ないです.ターバンのようにも見えないし.
“和名”として「オンジュンペンギン(温順ペンギンらしい)」というのもあるそうですが,なんだかなあ….

以下に,ジェンツーペンギン属に属するとされる種を示しておきます.

genus: Pygoscelis Wagler, 1832 [type: Aptenodytes papua Forster, 1781]
 Pygoscelis papua (Forster, 1781) [Gentoo Penguin]
 Pygoscelis antarcticus (Forster, 1781) [Chinstrap Penguin]
 Pygoscelis adeliae (Hombron and Jacquinot, 1841) [Adélie Penguin]
以下,化石種
Pygoscelis tyreei Simpson, 1972 [Tyree's Gentoo]: L. Plioc. (New Zealand)
Pygoscelis calderensis Hospitaleche et al., 2006: M. Mioc.-Plioc. (Chile)
Pygoscelis grandis Walsh and Suarez, 2006: Plioc. (Chile)


属名のPygoscelisは,ギリシャ語の [ἡ πῡγή]=《女》「尻,臀部」と[τό σκέλος]=《中》「脚,脛」の合成語.あわせて「尻の脚」という意味.大きな「尾」が体を支える「足」のように見えるから,らしい.
本来は Pygoscelos Pygoscelus だと思いますが,この語に関する誤記は頻繁にあるようです.
たぶん,ギリシャ語を素直にラテン語化したscelusは,ラテン語にオリジナルで存在するscelus=「犯罪,邪悪な行為;不幸」になってしまうために,意図的に換えられているのかもしれません.でも,scelisはギリシャ語の [ἡ σκελίς]=《女》「牛の脇腹;ベーコン」の意味があり,まったく不似合いな言葉になってしまいます.
ほかの例として,恐龍に Scelidosaurus というのがあり,これは「脛の龍」という意味だとされています.しかし,ギリシャ語の[σκέλος]は《属格》[σκέλιδος]という変化はしないので,scelido-という語根はあり得ません.混乱の多い「語」です.

種名papua,たぶん…,Papua = New Guineaのことだと思いますが,パプア=ニューギニアまで,このペンギンが生息範囲を持つとは思えませんので,地名に由来するものではないのでしょう.パプアはマレー語で「羊毛のような毛をもつ」という意味だという説が辞書に書かれていますが,これならペンギンの羽毛のことを表現しているのかなと思いますが(なんで,マレー語?),別な説もあり,どうも曖昧.よくわかりません.
模式種papuaは最初の記載ではAptenodytesになっていますから,キングペンギン属に入れられていたわけですね.DNA分析でも近縁(しかし,属として分けてもかまわないぐらい)と判断されているようです.

種名antarcticusは,ギリシャ語の[ἀνταρκτικός]=「南極の」を,ラテン語綴り化したもので「南極の;南の」を意味します.あわせて「南極の尻足」.
《英語の俗称》の[Chinstrap Penguin]は「あごひもペンギン」で,顎紐みたいに見える模様のことを示しています.

種名adeliaeは,フランス人探検家デュモン・デュルヴィル(Dumont d'Urville)が1840年南極大陸に上陸し,上陸地点に妻アデリー(Adélie)の名をとってアデリーランド(Adelieland: Terre Adélie)と名づけました.こういう命名の仕方は希にあることですが,妻への愛情が感じられて好ましいと考える人と,公的なことに対し私的な名前をつけることへの“いやらしさ”を感じる人と意見の分かれるところだと思います.
アデリーペンギンは,この地で発見されたので,同じく"アデリー"の名がつけられたといわれています.地名「Adélie」からの命名であればadeli-ensisとなるはずですが,語尾[-ae]がついているのは女性人名「Adélie」が語源ということになります.命名者Hombron と Jacquinotがどういう人たちなのかわかりませんが,命名の経緯には「なにか」があったはずですね.
また,本来はadelie-aeになるのですが,欧米圏の(われわれには理解できない)習慣により,女性名が語源の場合は「語呂を整えるために」[-e]を略していいという取り決めがあるようです.だからadeliaeになっています.
ついでにいっておけば,仏国は「南極条約」に反し,この地の「領有権」を主張しているそうですから,科学的な探検があったというより,なにか映画にでもなりそうな「ドラマがあった」ような気がします.調べてみると面白そうですが,たぶんにドロドロしていることでしょう((^^;).

種名tyreeiは,ニュージーランド南島の住人Peter Tyreeの名前を採ったもの.
ペーターはPygoscelis tyreei Simpson, 1972の模式標本の発見者.当時,11歳の少年.1967年のクリスマスの日にMontunau Beach(ニュージーランド南島)で発見したとあります.かれは,標本の重要性を認識しており,発見直後にクライストチャーチ[Christchurch]のカンタベリー博物館[the Canterbury Museum]に寄贈しました.
adeliae 命名の経緯とは,ずいぶん違いますね((^^;).

種名 calderensis は,模式地の近くにあるチリ中央部の海岸にある都市(Caldera, Atacama, Chile)の名前からとったものです.日本語化している「カルデラ(caldera)」と同じ綴りですが,たしかに大釜状の湾があります.でも,火山によるものかどうかはわかりませんでした.
《合成語》《種名》calderensis = calder-ensis=「Caldera産の」

種名 grandisは,ラテン語の形容詞 grandis =「十分に成長した.大型の,大きい,偉大な」です.余程大きい標本だったと思われます.
 

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