2009年3月17日火曜日
「真砂粉鉄」・「赤目粉鉄」
土井作治(1983)「近世たたら製鉄の技術」*では,「山砂鉄」が「真砂小鉄」と「赤目(あこめ)小鉄」からなるとしています.それがなんであるか,明瞭な解説は行っていませんが,「赤目を銑,真砂を釼に適する」としています.
ここで,「銑」は「ずく(もしくは「づく」)」といい,銑鉄のことです.「釼」は,本来は「けん(もしくは「つるぎ」)」なんですが,ここでは「釼」=「金」+「刃」で「刃金」=「はがね」=「鋼」の意味になっています.
「真砂小鉄」からいきなり「鋼」になるわけではなく,「真砂小鉄」からは「鉧(けら)」とよばれる多層構造の鉄隗ができます.通常は海綿状の粗鋼の周りに鉱滓を伴った塊ですが,中心に玉鋼とよばれる良質の「刃金」=「鋼」ができていることもあります.
*土井作治(1983)「近世たたら製鉄の技術」.69-103頁,永原慶二・山口啓二(1983編)「採鉱と冶金」(講座・日本技術の社会史5,日本評論社)
一方,窪田蔵郎(1987)「改訂 鉄の考古学」(考古学選書9:雄山閣出版)では,「D 外観分類(たたら場独特の分類法である)」として,以下のように解説しています.
真砂(まさ)光沢強く,磁鉄鉱を主体とするもので,酸性砂鉄に属する.(分析値からみると赤目よりT. Feが若干高く六〇前後のパーセントを示す.真砂粒子六〇メッシュピーク.TiO2は平均二パーセント程度である.)
赤目(あこめ)赤鉄鉱,褐鉄鉱が混じっているもので,塩基性砂鉄に属する.(T. Feは五〇~五三パーセント程度であり,真砂より若干低い.赤目粒子一〇〇メッシュピーク.TiO2は五パーセント程度を示す)
意味不明な言葉および文が多いのですが,どうやら「真砂(粉鉄)は磁鉄鉱を主体」とし,「赤目(粉鉄)は赤鉄鉱,褐鉄鉱が混在している」といっているらしいです.しかし,「磁鉄鉱を主体として,赤鉄鉱や褐鉄鉱が混在している」砂鉄が存在しても不思議はないので,この違い>分類は理解ができません.
「酸性砂鉄」と「塩基性砂鉄」は地質学用語ではないので理解ができませんが,窪田氏は一応「C 成分別分類」として以下のように解説しています.
「酸性砂鉄・母岩が花崗岩系のもの.チタン・クロームの含有が少ない.」
「塩基性砂鉄・安山岩系のもの.チタン分が多い.輝石,角閃石を多く含み,特に紫蘇輝石を伴うことが多いのでマグネシウム分に富む場合が多い.」
これも難解な文章ですが,どうやらリトマス試験紙で区別がつくようなものではないようですね.ちなみに,地質学では,「花崗岩は深成岩」であり,「安山岩は火山岩」です.また,「花崗岩はいわゆる酸性岩」ですが,安山岩は塩基性岩ではありません.「安山岩は中性岩」になります.こちらもリトマス試験紙で区別がつくものではありません.
しかし,これはどう読んでも,「酸性砂鉄」や「塩基性砂鉄」の成分を説明している文章ではないので,どう解釈しても無意味なような気がします.
ちなみに,窪田氏は以前は,以下のようにいっていました.
「真砂」┬荒真砂:純花崗岩のもので粒度大
└真砂:純花崗岩のもので粒度やや小
「赤目」┬赤目:角閃花崗岩のもので褐鉄鉱を含む
└紅葉:角閃花崗岩,特に色彩の赤色なもの
窪田蔵郎(1966)「鉄の生活史」より
こちらの方がよりすっきりしていますが,よく見るとやはり意味不明のところが多いですね.
「荒真砂」と「真砂」は粒度に違いはあるようですが,“純花崗岩”を母岩とする「砂鉄」ということですね(粒度の違いとはどの程度のことか知りたいところですが,そんなことは,ほかのことに比べればたいしたことではないようです).
「赤目」は「褐鉄鉱」を含むようですが,主体がなんなのかが書いてありません.たぶん「砂鉄」なのでしょうけど,「砂鉄」はもともと「鉄の酸化物」をも含んでいますから,ここで「褐鉄鉱」を含むとあえて書くのはおかしなことです.
また,「赤目」と「紅葉」の違いは「赤目」は「粉鉄」で「紅葉」は“角閃花崗岩”そのもののことのようです.そんなバカなと思いますが,そう書いてあります.
“純花崗岩”と“角閃花崗岩”
さて,地質学には“純花崗岩”という言葉はありません.また“角閃花崗岩”という言葉もありません.
なぜこういう不正確な言葉を使うのか分かりませんが,翻訳してみることにしましょう.
“角閃花崗岩”とは,「角閃石花崗岩」のことだと思われます.花崗岩は花崗岩なので,とくに角閃石という語をつける必要はないのですが,花崗岩中に有色鉱物がある場合で,それに意味を持たせたい場合には,その有色鉱物の名称を付加する場合があります.それにしても,“角閃”という鉱物はないので「角閃石」です.
通常,有色鉱物が含まれている場合には,有色鉱物が多ければ多いほど,酸性岩より中性岩に近い組成を持っていることになります.この場合,「角閃石」が出る前に「雲母」が出ているのが普通です.だから,「花崗岩」-「(白/黒)雲母花崗岩」-「角閃石-黒雲母花崗岩」-「黒雲母-角閃石花崗岩」の順に酸性岩から中性岩に近づくことになります.もっとも,「黒雲母-角閃石花崗岩」になると「閃緑岩」といってしまった方が早いです.
これを前提に考えると,窪田氏は「真砂粉鉄」と「赤目粉鉄」の違いは「母岩の酸性度の違いに由来すると考えていた」と考えると理解が可能です.しかし,酸性度が下がればそれに伴って花崗岩中に「褐鉄鉱」が増えるという話は聞いたことがありません.
なお,蛇足しておけば,窪田氏は最初,「真砂」も「赤目」も「山粉鉄」に属すると考えていたのに,後には,「真砂」のみが「山粉鉄」に属すると考えていたことになります.なぜなら,安山岩は(通常)真砂化することがなく,「山粉鉄」になることはないからです.
話を,「鉄の考古学」の分類に戻します.
T. Feというのは,たぶん,Total Feのことだと思いますが,「真砂粉鉄」のT. Feが60%前後で,「赤目粉鉄」のT. Feが50~53%程度とのこと.この違いがどの程度のことなのか,私にはわかりませんが,「鉄穴流し」=水簸(比重選鉱)の良否・優劣によって,また場所(あるいは源岩)によって,そのくらいの差はあっても不思議はないような気がします.T. Feが40%ぐらいの砂鉄はなんというんでしょうかね?
さらに,これも意味不明ですが,「真砂粒子六〇メッシュピーク」および「赤目粒子一〇〇メッシュピーク」とあります.たぶん,粒度分布を調べると「真砂粉鉄」は60メッシュをピークとする分布を示し,「赤目粉鉄」は100メッシュをピークとする分布を示すということを言いたいのだろうと思います.もしかしたら,いくつか粒度メッシュの違う篩を重ねて,これに通したら「真砂粉鉄」は60meshの篩に一番たくさん残り,「赤目粉鉄」は100meshの篩に一番残ったというだけの話かも知れません.この場合は何meshの篩を重ねたのかを示してくれなければ意味がないですね.
ちなみに,60mesh篩の開口は0.250mmで,100mesh篩の開口は0.150mmです.要するに「真砂粉鉄」のほうがわずかに大きいということを示したいらしいのですが,この違いが何を意味するのかはわかりません.ちなみに,地質学では60mshに残るサイズも100meshに残るサイズも,ともに「細砂」として分類されています.また,服部(1962)には「中国山地の現地残留砂鉄の粒度組成」が示されていますが,60mesh(服部では65meshを採用しています)と100meshで何か違いがあるようには見えません.
もう一つ,TiO2の含有量についても,違いがあるように書いてありますが,2%と5%の違いが何を意味するのかはわかりません.これはついては別の機会に議論したいと思います.
なんにしろ,「真砂粉鉄」と「赤目粉鉄」の違いを地質学的に理解するのは大変なことのようです.というか,(これ以外のことを含めて)考古学者や文学者の言葉を地質学でわかる言葉に翻訳するのは,本当に大変です(好きでやってるんですけどね).
蛇足しておきます.
某地球科学者のHPで,「地質屋がいう『真砂』と考古学者(この場合は古代製鉄をテーマとしている考古学者のこと)がいう『真砂』とは違うようだ」とか書いている人をみました.こういう人が「地球科学者」を自称しているのは悲しいことです.
地質学というのは本当に滅びてしまったんですねえ(悲しい(-_-;).
「真砂」はもともと中国・四国地方の花崗岩地帯で原岩の構造を残したまま風化が進んだものに対して現地の人が使っていた言葉で,そういう特殊な風化の進行を表すのに,「真砂化」という地質学用語が生まれたものです(地質用語になってからは,同様の風化なら,別に原岩が花崗岩でなくても,かまわなくなりました).
一方,たたら師が使う“真砂”は,その「真砂」から鉄穴流しで採集できる「粉鉄」に対して「真砂から出る粉鉄」だから「真砂粉鉄」とよんでいたものを,符丁としてあるいは省略形として「真砂」と表現しているもので,本来の真砂は「真砂化した花崗岩」のことです.つまり,同じものでした.
閑話休題
さて,「真砂(粉鉄)」は「真砂から出たから真砂粉鉄」として,その由来を示しているのに対し「赤目(粉鉄)」という名称は別に由来を示してるものではありません.若干赤みがかった「粉鉄」のことをいっているだけです.
「鐵山必要記事」では「備中の國にては、赤土の中より流し取粉鐵あり、あこめ粉鐵と申」とされています.備中の國とは現在の岡山県西部のこと.続けて「伯州も日野郡の内備中え近き所は取越て吹也」とあります.伯州は伯耆国のことで鳥取県中西部のこと.島根県日野郡も岡山県に近いあたりは,この「赤目粉鉄」を採集しているということです.
「鐵山必要記事」では,このように,岡山県西部や鳥取県中西部では「赤目粉鉄」として採集していると書いてあるだけですが,いつの間にか「粉鉄」には「真砂(粉鉄)と赤目(粉鉄)がある」などということが平気で語られるようになります.ほかの地域では,特に「粉鉄は真砂(粉鉄)と赤目(粉鉄)がある」とか書かれた古文書が見つかっているという話は見当たりませんのですが….
ひどく混乱しているようです.
たとえば,前出の九州地方の砂鉄について論じた原田種也(1966)「黒い砂」には,「赤目粉鉄」どころか「真砂粉鉄」という言葉も出てきません.ローカルな名前をいつの間にかグローバルな名前に取り違えて,しかも分類用語として誤用してしまったものでしょう(しかし,「赤い」ということには,何か意味を見いだせるかもしれません).
話は変わりますが,
「鉱山必要記事」では,もう一つ「こもり粉鉄」という言葉が出てきます.不思議なことに,これを「真砂(粉鉄)」や「赤目(粉鉄)」のように,分類用語として取り扱われたことはない(どころか,あまり説明されることもない)ようです.なぜでしょうね.
「こもり粉鉄」とは,たたら製鉄を始める最初の過程を「こもり」といい,そのときに使われる「粉鉄」だと書いてあります.非常に重要なものという書き方です.しかし,その実態については,延々と解説(のようなもの)が書いてありますが,相互に矛盾するような表現も多く,私の能力では解読できそうにありません.
なんにしろ,「真砂(粉鉄)」,「赤目(粉鉄)」は「こもり粉鉄」を含めて「分類用語」としては,まだ熟成していないようです.
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